第74話 契約
「あの、本当に? 二人ともが私と契約してくれるん……ですか?」
「ええ、そうよ。だってわたしたちは二人で一人ですもの」
「おれたちは双子だからな! 二人で力を合わせれば二倍になる、偉大な王だ!」
精霊との契約には、自分の力を見せて気に入ってもらうことが必要なのだ。だから普通はみんな、自分に作れる一番難しくて高価なアイテムを差し出し契約を申し込むのだ。私もこれまでそうしてきて、残念ながら全敗だったけど。
それが――。
「スープ一杯で……? 確かにイグニスに手伝ってもらったから少しの回復効果は付いてるけど……」
それって、私の力では――無くない?
「あらあら、何を難しく考えちゃってますの?」
「言っただろ! お前を観察してたって!」
そして二人はフフッと笑い、黒ずんだ【なりそこないのスライム容器】を指差した。
「わたし反省できる子は好きよ?」
「パン作りも、乾燥スライムを砕いてたのも、チョコ作りも全部見てたんだぜ! 畑で遊びながらな!」
「……そう言えばいつも視線を感じていたのにゃ。王様たちにゃったんにゃね」
「むぅ~……ぼくのアイリスなのにぃ~」
イグニスのその言葉で、私はその不機嫌の理由をやっと察した。
「イグニス」
「なぁにぃ~?」
「イグニスは……私が二人と契約するの嫌?」
私はイグニスの目をじっと見て言った。
もしもイグニスが嫌だと言うのなら、契約は諦めてもいい。だって、今まで私を支えてきてくれたのはイグニスだ。
私は、イグニスを一番に考えてあげたい。
「……ぼくのせいで契約しない方が嫌ぁ~~!」
「え?」
「……新しい契約精霊がくると~前からの精霊のことあんまり頼らなくなっちゃう子いたでしょ~? だから……アイリスがそうなったらぼく嫌だなぁ~って思って……。でも~! ぼくのせいでアイリスが強くなれないのはもっと嫌~! 一人前になるにはぁ~もっと契約精霊が必要なんでしょぉ~?」
イグニスはそう一気に言い切って、ペトン! と私の頬に抱き着いた。
「もぉ~! アイリスはぼくのことぉ……これからも頼ってくれるよねぇ~?」
「当たり前でしょう!? イグニスがいなくちゃ私なんて何もできなかったんだからね!? もう! 何言ってるの!?」
ああ、イグニスのことを一番に思って信頼しているのなら、「イグニスが嫌なら契約しない」なんて思っちゃいけなかったんだ。
それこそイグニスの信頼を裏切るような、傷つけるようなことだった。
――だってイグニスは、こんなにも私の成長を願ってくれている。
こんな風にヤキモチと不安を抱えながら、『契約精霊』としての役割もちゃんと果たしてくれている。
「イグニス大好き。ありがとね。それから、これからもよろしく……!」
「わ〜〜ん! ぼくも大好き〜!!」
私はそう言い、イグニスの背中をそうっと撫でた。
「ではでは、契約しましょうね! わたしのことはラスって呼んでね」
「よろしくな! アイリス! オレのことはレグって呼べよな!」
私は二人の魔石を指で触れ、その中に魔力を注入していく。すると新緑色だった魔石に青紫色が混じり、マーブル模様を刻む。そして最後に『アイリス』の名前を古語で書き入れ――。
「契約完了……! レグ、ラス、これからよろしくお願いします!」
私の中に新しい力が宿った瞬間だった。
「そうそう、わたしたちもずっと顕現していたいのだけど~よいかしら?」
「基本的には畑にいるつもりだぜ! でもアイリスのごはんは食べたい!」
「もちろん! 私は二人の好きなように暮らしてほしいと思ってるので……色々お願いすることもあると思うけど、よろしくね!」
「よろしく~~」
「よろしくにゃ!」
イグニスのご機嫌も直り、レグとラスもそんな姿を微笑ましく見てくれていた。きっとみんなで上手くやっていけるだろう。
先生から試験の為に必要と言われていた、契約精霊の問題もこれで解決。私の契約精霊は一人から一気に三人となり、工房の仲間もイグニス、ルルススくん、レグとラス、そして私――五人となり、食卓も益々賑やかになりそうで……。楽しみ!
◆
「アイリスは偉いわよね。前のあの子はなかなか失敗を認められなくて、わたしたちの姉に叱られましたのよ。そしたらね、わんわん泣いちゃって! フフ」
「お料理も下手だったよな! あの子! がんばってたけどな!」
食後のお茶を楽しんでいた時だった。二人はふとそんな昔話をはじめたのだ。
「……前の? 二人は昔からここに?」
「ええ! 一族はずっとこの森に住んでますの!」
「へぇ……ずっとこの森を見守ってくださってるんですね。ありがとうございます」
「あらあら、いい子!」
「いい子だな! ペネロープちゃんと同じ、いい子だ!」
「……ぺ、ペネロープ
「そうそう。わたしたちの姉の契約者、ペネロープちゃん!」
「前にここで修行してただろ? ちょっと帰って来てまたすぐいなくなっちゃったけど……あの子って料理下手なんだよな! アイリス知ってたか?」
「い、いえ……」
「あの子ね、お料理は煮込めば良いと思ってるのか……何でも大鍋でグツグツ煮ますのよ?」
「ミネストローネ作る姿なんてな! 昔話の悪い魔女みたいだったよな!」
「フフフ! 美味しく出来ないから鬼気迫ってましたね!」
「姉ちゃんがいっつも手伝ってやってたけどさ! 姉ちゃん味オンチなんだよな! アハハハ!」
「へぇー……」
ペネロープ先生……お料理苦手だったんだ。そっか。
他の二人もお料理は苦手って言うか、ほとんどしたことないって言ってたし……。
「だから私を食事係に指名したのかー」
押し付けられたなぁ~と思っていたけど、そんな理由だったとは。
もう……ペネロープ先生って――。
「意外と可愛らしい人なんだ……フフッ」
恩師の意外な素顔を知り、私はボソッと呟いた。
「あ、ねえ? レグとラスはお部屋どうする? 二人で一部屋がいいかな?」
ずっと顕現しているつもりなら、やっぱり落ち着けるお部屋が必要だろう。
「いらない、いらない! おれたちは畑の王だから!」
「そうそう、わたしたちは緑の中にいるのが一番心地が良いの。だからお部屋は森で良いわ」
「そう? ……あっ、じゃあ畑の横に小さなお部屋を作っても良い? ベッドくらいは欲しくない?」
工房の一部屋では、大きすぎて落ち着かないかもしれないけど、二人のサイズに合ったベッドのある小屋? なら……。
「ああでも、緑の中が気持ち良いなら要らないかな?」
「んー……あっても良いわね? フカフカのクッションも良いものよね」
「緑と日の光を感じられるオレたち専用の小部屋なら……いいな!」
「にゃるほど〜じゃあ……ドールハウスみたいにパカッと開いてるタイプのお部屋はどうにゃ? それにゃら森を感じにゃがらくつろげるにゃ!」
「あっ、それ良さそうだね! レグとラスはどう?」
二人はコソコソ、コソコソ、と鼻を揺らしながらひと言ふた言。何やら頷いて「頼んだわ!」「頼んだぜ!」と言った。
「新しい籠編んでさ〜ベッドにしようよ〜! きっと気持ちいいよ〜!」
「いいわね! フカフカのクッションもよ!」
「毎日新しい干し草のベッドもいいよな!」
くふふ、フフフ、アハハ! と、小さな小さなイグニスと、小さな二人は楽しそうにお部屋の希望を話し合っていた。
……ていうか、イグニスのベッドは私の枕元にあるでしょう!? 小さいお人形さん用のミニチュアベッド!
「あれ? もしかして新調のおねだり……?」
家具工房にドールハウスだけじゃなくてベッドもお願いしなきゃかな……?
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