第73話 小さな畑の王、レグとラス
「お、王様と女王様って、もしかして……?」
私はハリネズミ――畑の
「あらあら、驚かせたかしら?」
「勝手にお邪魔してるぜ!」
フヨフヨと、私の顔の高さまで浮かんだ二匹――いや、
「アイリス~こっちが王様でこっちが女王様だよぉ~!」
「はじめまして、見習い錬金術師さん。わたしはラスですわ」
「はじめてだな! 見習い錬金術師っ子! おれはレグだ!」
二人は同じくらいの大きさで、お顔もそっくり。
背中の針が銀色っぽいのがラス。女の子――いや、イグニスが言うには……女王様? それからこっちの金色っぽい針をしているのがレグ。威勢の良い彼は王様らしい。
「はじめまして、アイリスです。あの、畑の面倒を見てくださってありがとうございます!」
「あらあら、喜んでもらえたかしら?」
「後輩たちのいい修行にもなってっからな!」
後輩たちというのは、もしかして他のハリネズミ型の
「アイリス、その二人がいつも、ハリネズミたちを指揮して畑仕事をしてくれてるんにゃよ」
「野菜がいっぱいできたのも~二人のおかげでなんだよ~! えっと~畑は学校なんだよねぇ~?」
「ええ、そうよ。次代の
「練習ですか?」
意外なことを聞いた。精霊というのは自然発生して、個人で好きに生きてる者が多いと思っていたのだけど……この森ではどうやら違うらしい。
「おれたちは『小さな畑の王と女王』だからな!」
「うふふ、アイリスはよく分からないってお顔してるわね?」
「あ、はい。お話を聞かせていただけますか? ラス女王様」
「ええ。この森に住む私たち
「で、今年の春生まれの奴らの研修をな! 見習いを見にきたついでにココでやるかー! ってなったんだぜ! あー……でも、どうだ? 邪魔しちまってたか?」
ラスとレグはそんなことを語った。この森には他にも精霊は色々いるはずだけど、もしかして皆もこんな風に
「いいえ! 邪魔なんて全然ないです! レグ王様、ラス女王様、工房の畑を研修場所に選んでくださってありがとうございます。とっても美味しい野菜が沢山収穫できて、私には良いことしかないです!」
ちょっと心配そうな顔を見せていたレグ王様も、ホッとしたようでにぱーっとお口を開いて笑っている。ああっ、お鼻がヒクヒクしていて可愛い……!
「そうだ、これ、お二人が美味しくしてくれた野菜で作ったスープなんです。よかったら召し上がっていきませんか?」
私は色鮮やかに仕上がったミネストローネ鍋の蓋を開け、この『小さな畑の王様たち』を食卓へ招待した。
テーブルには、薄くカットしたパンとオリーブのピクルス。それから
「んん~……!
「んにゃ~~ 味濃いにゃ~! 美味しいにゃ~!」
「ぼくねじねじのマカロニ入り好き~!」
ルルススくんはよくフーフーしてから、イグニスは小さな舌でチロチロとスープを食べている。
そしてレグとラスの二人は――。
「あらあら~! とっても美味しくてよ!?」
「へいへい! おれの野菜から作って美味しくないわけねーっつーの! うまっ!!」
好評で何よりです!!
「よかった~……」
私はフフッと、思わず笑みを零してしまう。
イグニス以外の精霊さんと接するのは久しぶりで、実はすごく緊張していたのだ。精霊は皆、結構自由で気まぐれで、万が一怒らせてしまったりすると大変だったりする。
それに加えて、これはレグとラスが世話をしてくれた野菜で作ったスープだ。もしこれが美味しくなかったら……きっと怒るだけじゃ済まなかっただろうなぁ~と思ってしまう。
もし失敗していたら……しばらく森での採取が上手くいかなくなっていたかもしれない。恐ろしい!!
「そうそう、アイリス? あなた森のタワーで面白いことを言っていたでしょう?」
「酵母をください! ってなぁ! ププーッ」
「あ、はい……」
そんなこともありました。お恥ずかしい限りです……。
「ねぇねぇ~レグとラスはさ~あ? アイリスにまだ何か用なのぉ〜?」
さっきまでは機嫌も良く、レグとラスとも仲良くしていたはずのイグニスなのに、何故か今はぷぅっと膨れっ面で、ちょっと二人を睨んでいる……?
「あらあら、炎の精霊はやっぱり怒りんぼさんなのかしら?」
「へいへい! カッカしちゃ良くないぜ! 心は広く持つもんだ!」
「むぅ~……ぼくの心は熱いからいいんだもんねぇ~!」
まだ少し膨れてるけど仲違いをしたわけではなさそう……かな?
それにレグとラスの方が大人なのか、一枚上手なのか。イグニスがぷぅっと頬を膨らましていても、二人は可愛い子供を相手にする様に上手くあしらっていて、喧嘩にはならなそうだ。
私はホッとして、
ああ、美味しい……。
「アイリス」
「アイリス!」
ごちそうさま……と言おうとしたその時だった。レグとラスが揃って私の名を呼んだ。
「……はい?」
「私たちね、畑から観察してましたのよ。あなたのこと」
「良い精霊と良いケットシーもいていいな! ココ!」
「あぁ~やっぱりぃ~~!」
――どういうこと?
「ミネストローネスープ、とっても美味しかったわ」
「おれたちの野菜を美味しく料理してくれてアリガトな!」
二人はフワリと浮き上がり、私の目の前へ。
そしてその胸から、透き通った緑色をした魔石を差し出した。
「え……」
キラキラと輝くその中央には、古い文字で『小さな王レグ』『小さな女王ラス』と書かれていた。
「わたしたち、アイリスの事が気に入ったの」
「勿論、お前の力量も認めたんだぜ! スープ、美味かった!」
「うそ……」
――契約だ。
身体の中央を、嬉しさで震えが突き上ってきた。全く予想していなかった彼らからの申し出に、一瞬頭が真っ白になってしまったくらいだ。
だって、私――本当にスープしかあげてない!
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