第72話 夏野菜スープと畑の小さな王
「あー……ダメだったかぁ〜」
【ふしぎ袋】の染色液から【スライム容器】を取り出して、私はガクリと項垂れた。
「にゃ~。でも元々ダメ元にゃったんにゃよね?」
「きっと明日にはさ〜? ツーさんたちが【ふしぎ容器】作って持ってきてくれるよ〜」
イグニス、ツーさんて……。
まぁ確かに「ツィツィさん」ってイグニスにはめちゃくちゃ言い難そうだもんね。
「そうだねー……【ふしぎ袋】は無事作れたんだし、欲張りはいけないよね……」
【ふしぎ袋】はレシピ通り、一晩浸けて一晩乾かしたら無事に完成した。でもお試しで……と浸けた【スライム容器】は、二晩浸けても、もう半日浸けてみてもダメだった。
「はぁ。上手くいくかなーって思ったんだけどなぁ……」
私は変色してしまった染色液を樽に捨て、浄化剤を振り掛け混ぜて、同じく変色してしまっただけのスライム容器を水で洗う。ああ、水で流しても、ほんのり薄水色だった容器がだいぶ黒ずんでしまっている。
色は入ったのに効果は入らないのかー……。
「最近調子良かったのになぁ……。失敗も全然なかったのに……あーあ……」
「アイリスはまだ
ポフポフ、と、しゃがみ込んだ私の頭をルルススくんが軽く叩く。
これは励ましてくれてるのかな?
「……ルルススくん」
「そうだよ〜! ぼくだってパン焼きの新技ができるまでは失敗もあったんだからぁ〜」
「イグニス」
「そんにゃ簡単に成功するにゃら、レシピにゃんて要らにゃいのにゃ。アイリスの頭にあるレシピは、錬金術師の歴史にゃんにゃよね」
「……そうだね」
ああ、先生みたい。
イリーナ先生だったら「失敗の原因と思われる事を自分なりに書き出してみなさいな。それも蓄積されれば糧となりますよ」、ペネロープ先生だったら「いつまでも落ち込まないで、さっさと片付けて次のレシピを試しなさい! 見習いの時間は有効に使わなければ無駄よ」と、そんな風に言われてきた。
――私、ちょっと調子に乗ってた……?
そうかも。最近失敗が無かったと思ってたけど、まず最初に食料を切らすっていう大失敗をしている。それから少し気を付ける様にして……。パン作りだって、焼くのもポーション効果も、酵母だってイグニスとルルススくんのお世話になってる。ダンジョンでだってそうだ。私だけじゃきっと失敗ばかりして、ペネロープ先生の手紙で心配されていた通りになっていただろう。
「……うん。そうだね」
私は薄灰色になってしまった【なりそこないのスライム容器】をキュキュッと拭いて、ついで冷たい水で顔も洗ってのぼせた頭をスッキリさせた。
「よし。私にできることをちゃんとやろう!」
「そうにゃね~」
「くふ~何を焼く~?」
「まずは畑で今日の収穫!」
◆
「わ、今日もすごいね!?」
工房の裏手に作ったお試し農園は、ここ数日大盛況となっていた。
鈴生りの野菜は大きく艶々に育っていて、収穫までの速度もやけに早い。それから、いつの間にかここに住み着いた可愛い動物と――
「今日もいっぱい来てるにゃねー」
「くふふ~! この畑、居心地が良いんだって~! ぼくもお世話してくる~!」
「ハリネズミさんたち、ありがとうございます」
そう。住み着いたのは何故かハリネズミたち。
最初は、森に元々住んでいる野生のハリネズミだと思っていたのだが、どうやらみんな
ただ、普通サイズの何倍も大きくて、たまに浮いたり飛んだりしているハリネズミもいる。きっと彼らは小さなハリネズミよりも魔力が強い精霊さんなのだろう。
最初に見た時はびっくりした。だって、大きいし、畑の害虫を取ったり作物の余計な葉を取ったり、適度に間引いたり、昨日なんてどこからか新しい野菜の苗を持って来て、小さなハリネズミたちを指揮して植えてくれていた。
まだ私はお話ししてもらった事はないけど、ルルススくんやイグニスは仲良く一緒にお世話をしているらしい。
お話をしてもらえないのはちょっと寂しいけど、きっとまだ私は彼らにとっては未熟すぎて相手にしてもらえないのだろう。それでも、この畑を気に入ってもらえて、住み着いてもらえたのはとても嬉しい。
と、ニマニマ彼らを眺めていると、五匹ほどのハリネズミが列になって籠を運んで来てくれた。勿論それは
収穫籠だ。ああ、すっごく大きい艶々プリプリの
「ありがとう!」
イグニスとルルススくんとハリネズミたちと、皆で収穫したら、私はキッチンで今日の予定――スープ作りだ!
キッチンには既に煮込んでいる大鍋が二つ。それから空の鍋が一つ。
煮込んでいる方の蓋を開けると、ふわ~っと芳醇な匂いが広がった。
「うん、いい感じ! 綺麗な琥珀色になってる~!」
沢山採れた夏野菜を、昨日からコトコト煮込んでコンソメスープを作っていたのだ。
「んわわ~! いい匂いだ~!」
「でしょう? イグニス、こっちの鍋だけもっと煮詰めてくれるかな? ボソボソのフレーク状になるまで煮詰めちゃってほしいの」
「いいよ~! 焦がさないように~少しじっくりコトコトだねぇ!」
「うん!」
「んん~~……こっとこと~!」
キラキラとイグニスの炎の熱が鍋を包み込む。いつもは一瞬だけど、今日はちょっと調節が難しいのかゆっくりの様だ。面倒な事をお願いしてしまったかな? と窺ってみたら「じっくりコトコト~んふふ~」と歌っていた。楽しんでやってもらえてるみたいで良かった。
イグニスにお願いしているのは、携帯食用のスープになる予定。フレーク状にまで煮詰まったら、角砂糖より少し大きめの四角い型で固め、スープキューブを作る。これかならお湯で溶かすだけで簡単にスープが飲める。きっとまだ在庫があるだろう、固いパンもこれで美味しく食べられるはず!
「さてさて、私はもう一つの鍋を……っと」
鍋に水を入れ、今日収穫した
「色と形が残るくらいにね」
灰汁を取ったらそこに、もう一つの鍋で作っていたコンソメスープを入れて、塩胡椒で味を調えたら……。
「うん! ミネストローネの出来上がり~!」
「
「い~い香り~!! ね、ね~ぼくの方ももうちょっとだよぉ~! 見てみて、いい感じでしょぉ~?」
「うん――」
「あらあら、ミネストローネね! 何だかあの子みたいで懐かしいですわ!」
「へいへい、オレたちの
「 ……――えっ!? だ、だれっ!?」
そこに居たのは、両手でも余る大きさの、二匹の大きなハリネズミ。
喋っているっていうことは――。
「あ、王様にゃ」
「女王さまも~!」
王様に、女王様……!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます