第71話 アイリス特製【ふしぎ袋】
「えーっと……確かここだったよね?」
私は保管庫の奥、滅多に使わない鍵付きの硝子戸棚の鍵を捻り、魔力を通す。
『カチ』と解錠音を立てた扉を開くと、奥の方に『
「こんなに早く使うと思わなかったけど……でも本番はまだ先なんだよね」
私は厳重に封印された小さな箱を抱え、調合室へ向かった。
「あ、アイリス~こんにゃ感じでいいかにゃ? 」
ルルススくんの手元には、薬草をすり潰す為の
「うん! いい感じ! ありがとう~」
「これ楽しいにゃね! ルルススすり潰し屋さんやってもいいのにゃ」
「ほんと? じゃあまたお願いしちゃおうかな?」
「そうにゃね~お手伝いにゃにゃい時はー……一回五百ルカでどうにゃ? ニャッニャッ」
さすがルルススくん、しっかりしてる……!
「アイリス~ぼくのほうも見て~」
ふよよ、と飛び寄ってきたイグニスにお願いしていたのは『
作業場所を覗いてみると、そこには綺麗に外され輝く『白銀茨の棘』が。
「わ、本当にすごい良い棘……ありがとうイグニス!」
「簡単だったよ~燃やすだけだったからねぇ~!」
そう。『白銀茨の棘』を取るには『白銀茨』の茎から外さなくてはならない。でも棘は革を縫えるほどに鋭い針なので、手作業で外すのは物凄く大変なのだ。
そこで活躍するのが『イグニスの炎』だ。『白銀茨の棘』は特殊な性質を持っていて、精霊の炎でも高温の炎でも燃やす事は出来ない。しかし『白銀茨』自体は別。魔素をたっぷり含んだ植物なので、普通の炎では燃えにくいが、精霊の炎には敵わない。
「私がやろうとしたら完全防備で分厚い手袋で……やっと一本の棘が取れるって感じだよね。イグニスがいてくれて助かったよ~」
「くふふ~! ぼくなら簡単~!」」
「それじゃ私はちょっとあっちで作業してくるから、二人とも引き続きよろしくお願いしまーす」
「はいにゃー」
「まかせて~」
パタン。と扉を閉じて、私は小さな作業スペースへ入った。
ここは隔離作業室。周囲への影響の危険がある素材を扱う時などに使う部屋だ。
遮断の効果がある壁と扉で囲われていて、白の結界石で描かれたモザイク模様は実は結界だ。装飾としても素敵なのはイリーナ先生のセンスだろう。
「さて、やりますか」
私は緊張しつつ『
途端にブワッと箱から風が吹き上がり、しばらくすると逆に空気が吸い込まれていく。
これが『
「本当なら卒業制作まで触らない素材だったんだよね……」
工房実習の卒業目安となる製作物に【ふしぎ鞄】の製作があるのだ。
この『
そんなに深い谷ではないのに落ちたものは決して見つからないとか、日の光さえ吸い込まれてしまうとか……そんな話ばかり。更にその吸い込まれた物が何処に行くかは未だ解明されていないというオマケ付き。
本当に、何処に行くのだろう?
そんな石をどうやって採取するのかというと、特別な装備で力のある精霊と共に採取をする専門家がいるらしい。なのでこれ、とっても貴重で希少で、とっても高価な素材なのだ。
「ふしぎ鞄がお高いわけだよねぇ」
空気はまだ吸い込まれ続けている。封印の箱に保管されていても尚この力。早く作業をしようと、私はミスリル銀の手袋をして【
察しの通り【
なんせ『白銀茨の棘』から出来る【白銀茨の棘の針】は『空間を綴じ、閉じる事が出来る』物。同じ素材から作られたこの糸は同様の性質を持っているので、『
「箱の中に手を入れて……わ、凄い吸引力」
力負けしないようしっかりを糸を持ち、そーっと石の側面に糸を付けた。
「あとはゆっくりスライドさせるだけ……」
最初の一歩が肝心だ。『
あともう少しで剥がれる……というところで、糸を片手でまとめ持ち、空いた手で専用のピンセットを使い切り取った石を挟み持つ。こうすることで、剥がした石が『
「よし! 上手くいった~!」
まずは一枚。今回はお試し製作用に五枚を切り取る。
「ふぅ……あと四枚か! 早くしなきゃ」
あまりモタモタしていると、小さなこの部屋の空気が全部『
「二人ともお待たせ……!」
「にゃっ、制限時間内にゃね。よかったにゃ~」
「アイリスお湯は沸かしてあるよ~」
その言葉通り、調合鍋にはたっぷりのお湯が張られており、ルルススくんにお願いしたすり潰された素材も並んでいる。
「ありがと! えっと……『
「もう一つの鍋も出してあるにゃよ」
「こっちは『洞窟の清水』を入れるんでしょ~?」
「うん、これ」
澄み切った水を注ぎ入れ、そこに『
『翡翠のゆりかごの液』は、清水に反発するので『
「こっちも準備完了! 清水の鍋はもう少し抽出したいから、そっちの鍋から作業しよっか」
「はいは~い」
「煮込むにゃねー」
大鍋を使った調合は一見、お伽話の中の錬金術師っぽい。だけど今日やっているのは染色のようなこと。付与を助ける効果の鍋と自分の魔力で、素材の効果をこの布に浸透させてやる。
「んにゃ~変なにおいにゃあ~」
「色はキレイなんだけどねぇ~」
二人は鼻を摘まみつつ、楽しそうに鍋を覗き込んでいる。
まずは淡い緑色をした『
「んにゃ~! キラッキラにゃね~!」
「イグニス! 火止めてください!」
「はいは~い!」
そして大急ぎで『青水晶』を鍋へ。【プロメテウスの火】のランプにも使った、冷却効果のある素材だ。
「どうかな……?」
徐々に冷えていくに連れ、鍋の中は淡い輝く緑色から、白銀の輝きを帯びた鮮やかな萌黄色へと変化した。それを確認して最後に『
「うん! 成功!!」
「やた~!」
「やったにゃ~!……――で、アイリス、これは何にゃ?」
「あれ? 言ってなかったっけ? これは【コーティング済みチョコレート棒(仮)】を入れる袋の染色液だよ! これで染めた物――今回は袋だけど、鮮度長持ちで抗菌効果付き、更に外界と内部は遮断されて温度変化にも強くなるの!」
かなり品質の高い
【食料袋】にするには、布を染めた後に【白銀茨の棘の針】で縫うのだ。そうすることで袋の中の空間を閉じる。
今回はチョコ用の巾着袋と、ついでに大中小の採取用袋も染めることにした。
これ、【レシピ】には【
「布をそうっと沈めて……【時告げの砂時計】を十分刻にセット。よし!」
「あっという間に染まったねぇ~!」
「アイリス、『
「こっちはパン袋! 【ふしぎ鞄】はまだ難しいから、鞄に比べると容量の少ない【ふしぎ袋】を作ろうかな~って」
そう。卒業制作にも選ばれる【ふしぎ鞄】を作るには、私の技量も素材も足りていない。だから今回は、パンを沢山入れられる【ふしぎ袋】を作ろうと思う!
「最初はね、パンを小さくしようと思ったんだけど……圧縮する方法はあるけど食べ物に使うには不安な【レシピ】しか見つからなくて。でも一から実験している時間はなさそうだから、それなら『中身じゃなくて外身で小さくすれば良いんじゃない?』って思って」
【レシピ】を溜め込んでいてよかった。
読み込んだ古今東西の【ふしぎ鞄レシピ】の中に、初心者向けの練習として【ふしぎ袋】があったのだ。
「この【ふしぎ袋】ってあんまり見にゃいけど……どのくらい入るんにゃ?」
「この本サイズの巾着だと、大体三倍かな?」
「すごぉ~い! パンキューブだったら三十個くらい入るんじゃないの~?」
「うん! そのくらい入るならまあまあだよね?」
「そうにゃね。便利そうにゃのにゃ! でも……あんまり見にゃい理由はやっぱりコストパフォーマンスが悪すぎるからにゃよね~」
「多分ねぇ……。手間がかかる割に容量は少ないし効果も低い【ふしぎ袋】って、【常若の食料袋】よりは良い物だけど【ふしぎ鞄】には全然敵わない中間のものなんだよね」
さっきの【常若の食料袋】ので染めた袋を、更にこの『奈落石の液』に一晩浸けて出来るのが【ふしぎ袋】だ。『奈落石』なんて希少素材を使うくせに効果が中途半端で、コストに見合わないのだと思う。
「大量生産も無理にゃら確かににゃね。割に合わないにゃ。お金貯めて【ふしぎ鞄】を買うにゃね」
「でしょう? でも私は森で素材を集められたし、奈落石も工房の物を使えたから予算内なんだよね」
「へぇ~」
私は『奈落石の液』に染めた袋と、それからもう一つ。
ツィツィ工房から納品された【スライム容器】も鍋に沈めた。上手く浸透するかは分からないけど、未コーティングの容器だし、もしかしたら効果を付与出来るかもしれない……と思っての実験だ。
「上手くいきますように……!」
私は鍋の前で手を合わせ、錬金術の神に成功を祈った。
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