第67話 森の洞窟採取②
小高い丘を登るとそこは岩山だ。でも目的地はこの裏手にある洞窟なので、今日はこの岩山には登らない。
「面白い森にゃね~色んな土地がギュッと集められてるみたいにゃ」
「ルルススくん鋭いね、その通りなんだよ」
ちょこんと飛び出た岩棚から森を眺めるルルススくんは、コテンと首を傾げる。
「この森は造られた森でね、代々錬金術師が守って来たんだって」
「そうにゃか~……にゃんか不自然にゃくらい色んにゃ物があるしおかしいにゃ〜って思ってたにゃ。それににゃんだか……変わった物もありそうにゃ気配もしてるのにゃ」
「あ~ルルススにも分かるんだぁ~! ぼくもね~今日はあっちの方がちょっと気になってるんだ~」
そう言ったイグニスの尻尾は洞窟の方を指している。
「洞窟の中? 何か変わった物あったかなぁ……?」
でも私も洞窟内部にはそんなに詳しくない。最奥は地底湖だったと思うけど、先生の指示でささっと水を汲むだけで探索はしていない。
「イグニス、ルルススくん、何か危ない感じでもするの?」
「ん~ん、そうじゃないよ~」
「危険はにゃさそうにゃ。にゃってこの森ってスライム程度の魔物しかいにゃいんにゃよね?」
「うん。そう造られてるはず」
そう。この森に必要なのは『素材』だ。だからこの森に出現する魔物は素材としてよく使う、もしくはその素材を育む過程に必要な魔物のみ。それも危険度の少ない小さな魔物だけ。
「ん~……魔素があつまってるような感じかなぁ~……森の守護タワーみたいな感じ~?」
「タワー? じゃあ悪い物じゃなさそうだね。うん、それなら一安心! あっ、二人とも、あそこが洞窟の入口だよ」
私は階段状になった岩を軽やかに下り洞窟へと向かった。
◆
「あ、あった!」
私はランタン――錬金術製の道具である【プロメテウスの火】を引き寄せ手元を照らした。
当然ながら洞窟内は暗い。光り苔が生えている場所や、天窓の様な穴もあって薄ぼんやり明るい場所もあるのだけど、ここは薄暗い地区。うん、暗くジメッとしてるのが良いのだ。
「うん、やっぱりこれだ。『
「ほんとにゃ! これルルススもちょっと採取するにゃ。この二つ、パンの酵母にちょっと混ぜてみたいのにゃ!」
「あ、それ面白そうだね!? 素材の力で【状態保持】が付いちゃいそう!」
この淡く光るような白色の『
素材として使えるのは『蕾』の間だけ。名前の通り、若さ――鮮度を保つ目的で使われる。不老不死の薬とも言われているけど真偽は不明。古い文献には良く分からない素材も一緒のレシピがあったけど、一体どんな薬が出来るのだろう……?
「ニャッニャッニャッ……こんにゃとこで採れるにゃんて……ニャッニャッ! 作るのが楽しみにゃ! 新商品にゃ!!」
淡い明りの元、ルルススくんは苔と茸を手に悪い猫の顔で笑っていた。
「ね、ね~アイリス~どうして今日はぼくの火じゃなくて【プロメテウスの火】を使ってたのぉ?」
「ん?」
水晶回廊と呼ばれる区域に入りランタンを消すと、ちょっと不満気なイグニスがそう口を開いた。
「私はいつもイグニスにお願いできるけど、他の人たちはこれを使うでしょ? レッテリオさん達もこれを持っていたし、荷物を減らしたいならランタンの小型化も出来ないかな? と思って……まずは試運転? かな?」
「えぇ~? じゃあこれ~アイリスが改良した【プロメテウスの火】なの~?」
「そうだよ! ホラ、この魔石はイグニスが作ってくれたやつでしょ? これにしてみたら使用時間も長いし魔素の消費も少ないし、すごく良さそうなの」
【プロメテウスの火】と呼ばれるこのランタンは、採狩人など野外で活動する者たちの必需品だ。
燃料は魔石。魔力を直接流し込んでも使う事は出来るけど、それは燃費が悪すぎるだろう。硝子のランタン容器の中で揺れるのは『火』ではあるが、魔石と術の力で灯しているので基本的には消えない。つまみを捻れば大きく明るくも、消すこともできる。それに容器から出して『火』としても使えるので、野営の調理にも使える優れもの。
だけど、小魔石を沢山消費するし、炎の安定性を保つ術の為にランタンの高さは約三十セッチ。光りを反射させる光水晶や、丈夫さ重視の分厚い硝子や鉄格子のおかげで重く大きくなっている。
「この改良版一号はね、割れ防止の鉄格子は重いし邪魔だから外して、金属部分と硝子には【重量軽減】の陣を刻んで、あと割れ防止の保護も付けたの」
「ああ、ポーションの硝子容器と同じやつにゃね? にゃるほどー……硝子自体ももっと軽かったら、もっともっと良いのにゃ」
「それはね、よいしょっ……と! コレ! この氷水晶を使ってみようかなと思って!」
私は回廊から水晶の中に分け入り、まだ小さい、薄い青色をした『氷水晶』に杖を当て、「
「出来立ての青水晶――氷水晶は冷やす属性があるから防火にもなるし、頑丈にする為に厚くしても軽いでしょう?」
それに、光をよく蓄積、反射させるから光水晶を上下に張り付ける必要もない。
「いいにゃね。大量生産するわけじゃにゃければ良い素材にゃ」
「うん。これを使えば高さ十セッチ~十五セッチくらい、重さも改良一号の半分に出来るかも……」
氷水晶は青水晶の赤ちゃんのようなものなので数が少ない。でも自分用とレッテリオさんに渡す分くらいなら乱獲にもならないし、この洞窟内でなら水晶もすぐ育つので問題ない。
「いつこんな改良してたの~? ぼくぜんぜん知らなかったよ~……言ってくれたら手伝えたのにぃ~!」
「実は夜中に急に思い付いちゃって……ちょっと寝不足かも」
「それは良くにゃいにゃ~徹夜はダメにゃ」
「でもルルススくんが起きる前に寝たから仮眠はしたからね、大丈夫! あ、そろそろ階段だね。一旦上の方に向かうよ?」
二股に分かれた道のうち、岩を割り木の根が螺旋階段の様になっている右側に進む。こっちは少し上昇していて、多分地上に近いのだと思う。
「にゃわ~……一気に様子も植生も変わったにゃね~」
「ぼくはこっちの方が楽しい~ルルスス~ここは変な植物がいっぱいでおもしろいんだよぉ~!」
「二人とも~危ないから触らないで見るだけにしてね~!」
一足先に階段を上り……と言うか駆け上ったルルススくんと飛んでいったイグニスにそう声を掛ける。
この通称・中二階はちょっと変わった植物の宝庫だ。しかしただ変わっているだけではない、一癖ある植物が多いのだ。
水は壁からの湧き水で申し分ないけど、薄明りしかなく地面も岩が砕けた土という、理想的とは言えない環境。そんな中で生きる植物もまた強かで――。
「うにゃっ!?」
「るっ、ルルスス~!?」
「ど、どうしたの!? 大丈夫!?」
やっと階段を上り切った途端、飛び込んできたのは『翡翠のゆりかご』――丁度ルルススくん程の大きさの袋状の食虫……いや、食魔物植物――それに頭を突っ込んだルルススくんの姿。
「にゃぁ~! 落ちちゃう、落ちちゃうにゃ~!!」
「ちょっ……ルルススくん!? まって、今引っ張るから!」
私は慌てて駆け寄り、ジタバタしている肉球の足を引っ掴み引っ張った。
「ふにゃ、助かったにゃ。アイリスありがとうにゃ~」
「大丈夫!? ああ~もう、頭濡れちゃってるよ? 毛が溶けちゃうかもしれないから早く洗わないと……」
にゃっ!? と毛を逆立てたルルススくんは、壁の湧き水に飛び付き頭を洗い流し、イグニスに乾かしてもらっている。
「……それにしても随分大きな『翡翠のゆりかご』だなぁ」
ルルススくんが落っこちかけた『口』を覗くと中には溜まった水――消化液と半透明になりテロンとしたスライムが眠っていた。その体からは大きな魔石が透けて見えている。
「なるほど。良質で大きな
そう。この『翡翠のゆりかご』という食魔物植物は、スライムのみを捕食し、その魔力を吸収し生きている。決して殺さず、仮死状態にしてできるだけ長くその魔素を吸い取るという恐ろしい植物だ。
ちなみにこれ、鮮やかな翡翠色をしている物ほど栄養状態が良く、素材としての価値も高い。
「アイリスごめ~ん。ぼくが見つけてねぇ~初めて見たルルススが喜んじゃったんだぁ……」
「申し訳にゃいのにゃ。ちょっと勢い余り過ぎて……にゃ!」
「ううん、怪我がないならいいの。これすっごく良い翡翠のゆりかごだもん、ルルススくんが興奮するのも分かる!」
「にゃよね! こんなに大きくにゃるんにゃね……普通はルルススの半分くらいの大きさにゃよね?」
「うん。そう――」
私はチラホラ生えている、他の『翡翠のゆりかご』にも目をやった。どれも恐ろしいほど綺麗な翡翠色をして、大きさも殆どがルルススくん大だ。
これ程までに立派に育っている年を私は知らない。今年はそんなにも魔素が豊富……いや、魔素を多く含んだスライムが多いということなのだろうか。
「……ちょっと、注意しておこうかな」
今度レッテリオさんに会った時に話しておいても良いかもしれない。まさかとは思うけど、迷宮の異変とも何か関係があったり……? まあ、ないとは思うけど、用心に越したことはない。
「さて、じゃあ採取しちゃうね! 二人とも、今度は不用意に触らないで気を付けて採取してね?」
「はいにゃ!」
「はいは~い」
私は濃い色の『翡翠のゆりかご』を選んで中を覗き込み、スライム本体の姿はなく魔石だけ残ったものを探した。そして強コーティング済みの分厚い【クラーケン手袋】を嵌め、専用の硝子瓶で消化液を採取する。うん、たっぷり良い物が採れた!
「次は……あ、上の方にありそうかな」
私は木の根が入ってきている穴を見上げ目を凝らす。するとやっぱり。穴からお目当ての『
今度はミスリル銀の鎖で編んだ手袋を嵌め、岩の壁を慎重に上り茨に手を伸ばす。この茨、棘は鋭く固いけど、茎や葉なら普通の小刀でも切れる。長く鋭い棘は手袋越しでもちょっと痛いのでさっさと採取しちゃおう!
「よっし、採れた! うっわ……すごい棘」
ちょこんと素手で触れてみたけど、怖くて先端には触れない。これは簡単に指先に穴が開くやつだ。
「……こっちも品質がすごく高い」
「んにゃー! これ! ルルススの欲しかったやつにゃ!」
「ルルスス~こっちの方が大きいよ~!」
私は二人のはしゃぐ声が響く洞窟で、正体の分からない
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