第66話 森の洞窟採取① ~ライ麦パンのサンドウィッチはベーコン、赤茄子、牧場チーズに目帚を添えて~

 朝の森はひんやりとした空気が佇んでいて、まだ目覚め切っていない様子。

 青々と茂った葉は照り出した太陽の熱を遮って、柔らかい黄緑の光だけを届けてくれていた。


 そんな中、私とイグニス、ルルススくんの三人は採取をしながら歩いていた。

 まだ朝八刻頃なので、のんびり採取をしながら歩いてでも昼前には目的地に着く予定だ。


「今日は洞窟まで行くんにゃよね? 遠いにゃか?」

「うん。森の一番奥なの。ルルススくんはここへ来た時どこから森に入ったの?」

「んー……海の方から真っすぐ歩いてて、急に良さそうにゃ森を見つけて……いつの間にかにゃから場所は覚えていにゃいのにゃ」


 さすが鼻が利くケットシーの商人さん。通りすがりでこの豊かな森を見つけるなんて!


「海からなら多分南の方から入って森のタワーに辿り着いたんだね」

「どうくつは北の方だから反対がわだね~」


 工房は森の南東辺りに位置している。そんなに大きくない森だけど、この森だけで基本的な素材は大体揃えることができる。だけど一番奥の洞窟がある辺りは、小高い丘……と言うか小さな岩山になっていて、ちょっと道が険しい。なので採取には、季節に一度くらいしか行っていない。


 目的地の洞窟は岩山の裏側に入口がある。丘の下にあたり、小さな地底湖もあるスライムの住処だ。


「岩山の手前になる丘でお昼ごはんにしようね!」

「た~のしみ~! ぼくの新技パン~!」

「でも洞窟に入る前に採取にゃんかして……荷物ににゃらにゃい?」

「大丈夫! 丘には小屋があるから、そこに採取物を置いておけるから」


 でも採り過ぎは禁物だ。今日の採取目的の物は洞窟の中にあるのだから!

 出来れば今年の夏の分を集めてしまいたいけど、今日は森で採れる素材も必要。洞窟へは暑さが厳しくなる前にもう一度行かなければ。


 ――でも一人だと、採れる種類も持ち帰れる量にも限りがあるなぁ。あと二度三度と来なきゃいけないかもしれない。


 辺りをふよふよ飛んでいるイグニスは物を持てないし、ルルススくんはお手伝いはしてくれるけど、基本的に自分の物を集めている。


「うーん……誰かお手伝いを頼んだ方がいいかな?」


 でも工房の森に入れる人じゃないといけないから、安易に採狩人に依頼を出す訳にはいかない。

 それに、この森で採取を出来るのは工房の人間だけだ。そんなの採狩人さんたちには生殺しだろうし、荷物持ちだけのお仕事なんて面白くもなく安すぎる仕事、きっと誰も受けてくれないだろう。


 そうなると。

 頭に浮かぶのはたった一人だ。


「レッテリオさん、採取に付き合ってくれないかなぁ……? うーん……一日のごはんとお風呂と……翌日のお弁当でお願いできないかなぁ」


 お休みの日にお願いばかりは心苦しいけど、お金を支払うっていうのも失礼な気がするし――。


「アイリスーここに蔓無南瓜ズッキーニがいっぱいあるにゃ~!」

「わぁ~! 花もいっぱいあるよ~! 丸いのも~!」

「えっ、今行く~! スープに使いたいから欲しかったんだ~!」


 花蔓無南瓜花ズッキーニ嬉しい~! 今年はまだ採取出来てなかったからこの夏初だ! うわぁ〜肉詰めにしてオリーブオイルで揚げて食べよう……!


 私は重くなってきた腰の採取籠をよいしょっと持ち上げ、二人の元へ駆け寄った。



 ◆



「ごはんの前にちょっと荷物置いてくるね。二人はこれ、好きな所にシートを広げて準備しててね!」

「はいにゃ~」

「は~い! ね、ね~ルルスス~あっちの木の下は~?」

「ルルススはせっかくにゃらあっちの街が見える所が良いのにゃ!」


 シートと手籠を持ってウロウロし始めた二人を残し、私は小屋へ。まずは荷物を置いてしまいたい。


「あ、屋根飛んだりしてない。よかった……」


 久し振りに訪れた小屋に先日の嵐の被害はない様。さすが先生の建てた小屋……頑丈になるように、加護や防御の陣がしっかり刻んであるのだろう。

 室内も無事だったので、私は床下の保管庫スペースの扉を開け、採取籠と袋を中へ入れた。


 ……そうです。森での採取は籠だけにする予定だったのに、予備の袋まで見事にパンパンです。

 蔓無南瓜ズッキーニが……蔓無南瓜ズッキーニ花蔓無南瓜花ズッキーニが丸々艶々大きく立派なのがいけないんだもん! これは無駄な採取ではないし、ちゃんと持ち帰れる量だもんね!


 またリス仕様で袋を両肩に斜め掛けになりそうだけど……森の恵みだから仕方ない!



「アイリス~! はやく食べよ~よ~~」

「うん! あ、街が見える良い場所だね、ここ」


 カンカーン、カンカーンと、丁度街から昼十一刻の鐘が聞こえてきた。


「そうにゃ~ルルススはまだ街を全部見てにゃいからどのくらい広いのか見たかったのにゃ」

「あ、そうなの? じゃあ今度一緒に街巡りしよう! 私も行ったことない所まだ沢山あるし……」

「そうにゃか!? こんにゃ楽しそうにゃ街の側に住んでて勿体にゃいのにゃ〜」


 私は話しながら籠からお昼のサンドウィッチを取り出し、冷たい檸檬水ソーダをコップに注ぐ。

 イグニスはもう待ちきれない様子で尻尾をブンブンと振っている。


「それでは……召し上がれ!」

「わぁ~~! ぼくのパン~! 美味しそうになってるねぇ~!」


 イグニスのキラキラと輝く視線の先は、きっとこのサンドウィッチ。


「これにする? 『ベーコンと牧場のマスカルポーネチーズのサンドウィッチ』だよ」

「厚切りぃ~~!」

「ルルススはこっちにゃ。『赤茄子トマトと牧場チーズの目帚バジルソース掛けサンドウィッチ』にゃ!」


 イグニスが新技で作ってくれたこのパンは、携帯食用の試作パンなので具もそれっぽい物を選んでみた。

 ベーコンはきっと干し肉に、チーズはフレッシュチーズではなくハードチーズに、赤茄子トマトは乾燥させたものになるだろうけど、パンとの相性を確かめるにはまぁいいだろう。


「二人とも、あと甘いジャムのもあるし玉子サンドもあるからね?」


 今日は味見するつもりで一つ一つを小さめに作ってきたのだ。これならルルススくんでも全種類食べられるはず。イグニスはちょっとずつ千切ってあげればいいからね。


「玉子はしょっぱいやつにゃか? 甘いにゃか!?」

「アイリスのたまごは甘いよ~! ぼく好み~~!」


 そうイグニスが答えると、ルルススくんは満足そうに目を細めてニンマリ。


「ルルススは玉子は甘いやつが幸せにゃ~!」



 探索隊が迷宮で食べるのを前提に、今日のサンドウィッチはバゲットを掌サイズに切り分けて、中央横に切れ目を入れてそこに具を挟んでみた。

 きっとパンのモチッと感と外皮のバリっと感が――。


 バリッ……ムチんッ!


 思いっきり齧り付くと、ちょっとハードな外皮とパンの弾力がとってもいい! ライ麦の香りとザクっとした食感も最高!

 パンが私の口には少し大きくて、上手く食べないと具が飛び出てしまいそうだけど、騎士さんたちの大きな口なら全然大丈夫そうだ。


「んむ……っ、ん~~!」


 私が最初に食べたのは赤茄子トマトと牧場チーズの方。ムグムグちょっと大きかった一口を咀嚼していると、パンに赤茄子トマトがじゅわぁっと染みて目帚バジルの香りが鼻に抜け、そしてそれをまろやかなチーズが包んでいって……ああ、口の中で美味しさが混ざって広がっていく!


「美味しい~~!! イグニスのパン、すっごく美味しいよ!」


 素直な感想を口にすると、イグニスはパアアッと目を輝かせ、頬張っていたサンドウィッチを急ぎ飲み込み口を開く。


「ほ、ほんとぉ~!? よかった~! ぼくのパン! 嬉しいねぇ~~! おいしいよぉ〜!」


 イグニスは頬を真っ赤に染めて、尻尾はもう嬉しそうに振りっぱなし。

 か、かわいい……!


「ほんとにゃ! イグニスのパン、すごいのは新技だけにゃにゃいにゃ! 美味しいのにゃ!」

「ルルススぅ~~! ルルススが作ってくれてた酵母のおかげだよぉ~!」


 イグニスがルルススくんの頬にスリスリっと頭を寄せ、ルルススくんはくすぐったそうに片目を細め髭をそよがせている。そしてお返しにイグニスの真っ赤な頬を、そのザラリとした舌でペロリと舐めた。


 ああ……可愛いと可愛いが合わさるとこんなにも……ッ!!


「わたしって幸せ~……」


 この美味しいパンは酵母を分けてくれたルルススくん、パン生地を捏ねた私、そして発酵をし焼いてくれたイグニス。三人の、工房の仲間で作ったパンだ。


 三人で食べたその味は、予想以上にとてもとても美味しかった。

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