第63話 手紙
ギルドからの手紙は予想通りの内容だった。
明日、ツィツィ工房の人が乾燥スライムを取りに来るという知らせだ。
納品は五日後で、料金も問題ない。それどころか、面白いアイデアを頂いた礼に
できれば私の乾燥スライムを使わせて欲しいという。
『乾燥スライムでどんな品質のものが出来るか』の実験をいち早くしたいので、実はお礼と言うより工房側からのお願いなのです……とも。
この一文が、噂のツィツィ工房の性質をよく表しているようで、思わずフフッと笑ってしまった。
「もしかして……設立者だけじゃなくって今の工房主さんも錬金術師なのかな?」
『早く新しい素材を試してどんな物が出来るのかを見たい』なんて、すごく錬金術師っぽい。それに、『お礼の気持ちはあるが、本音は実験をさせてほしい』という正直な言い方は、職人寄りの錬金術師そのものだ。
「どう、ルルススくん? 納期も料金も、実験もお願いしちゃって良いよね?」
私は背伸びで手紙を読むルルススくんにお伺いを立ててみる。
どうにも私には甘いところがあるようなので、旅商人として経験豊富なルルススくんの意見も聞いておきたいのだ。
「そうにゃね。アイリスが良ければ作ってもらうと良いのにゃ。にゃんか面白そうにゃ工房にゃね!」
「それじゃ
「えっ、新技!? イグニスいつの間に……!?」
「くふふ……ぼくは日々進化しているんだよ~」
くふ、くふふ~! と、イグニスは笑いながら私の周りを飛び回る。
「さて。あとは先生の手紙か……」
気が重いけど見ないわけにはいかない。
私は意を決し、手紙の差出人を確認してみた。
「ああーやっぱり」
「あ~こっちの厚いのがペネロープ先生で~こっちの薄いのがイリーナ先生からだねぇ~」
くるくる飛んでいたイグニスが私の肩に乗り、一緒に手紙を覗き込む。
「うん……。一人実習の実習予定表も近況報告もしてなかったからねー……ペネロープ先生怒ってそうだなー」
「あ~……アイリスってばお手紙とか書類とか苦手だもんねぇ」
「ルルススは好きにゃ! 美しい文章の報告書も手紙も、商売にゃ人間関係を円滑にしてくれるのにゃ」
……おっしゃる通りです。ルルススくん……なんて大人なの……。
ケットシーの成人は何歳で、ルルススくんは今おいくつですか? と聞いてみたいけど、私とあまり違わなかったらショックなので、ルルススくんは私よりきっとだいぶお兄さんなんだろう……と思っておくことにしよう。
「うぅ……気が重いけどちょっと部屋で読んでくるね……。あ、チョコは置いておいて大丈夫だから! 二人ともお手伝いありがとう」
チョコの続きはまたあとでだ。先生の方からお手紙が来るなんてよっぽどとしか思えない。
あの先生たちはギリギリまで弟子のしたいようにさせる方針だもの……すぐにお返事をしなければ……!
「スライム砕きの続きやっておくにゃよー」
「型も作っておくからねぇ~!」
「ありがとう……二人とも……!」
私は「にこぉ」と鈍い笑みを送り、重いどころじゃない足を引きずって階段を上った。
自室へ引っ込んだ私は、早速その
この封がされた手紙は『転送便』で届けられた印でもある。『転送便』とは、簡単に言うと「登録された魔力の元へ物を届ける」魔術だ。
この封蝋――『
でも開け方は簡単、
「まずはペネロープ先生からにしよ……」
五枚に渡る手紙に書かれていたのは、予想通り『実習予定表の提出について』と『今年の試験の内容とその模範解答、評価されたレポートと実技内容』それから『同期二人の合格報告』だった。
「……二人とも合格したんだぁ」
そんな、ホッとした声がこぼれた。
やっぱり悔しい気持ちがあるけれど……でも、じんわりと「おめでとう」の気持ちも湧いてくる。
正直、それほど仲が良かったわけではないけど、一緒に暮らし勉強した仲間だ。私たちはそれまで育ってきた環境が違うから、常識や考え方もちょっとずつズレていて、最初は衝突することが多かったし、先生も仲を取り持つようなことはしなかった。
だから私たちは、ちょっとずつお互いを見定めながら、一緒に成長していったのだと思う。
劣等生の私と優等生の二人。
ど平民の私と裕福な商家と貴族家の二人。
違う立場から同じ場所に集まって、比べる対象で競い合う仲で、でも仲間だったのだ。好きとか嫌いじゃなくて、仲間。
手紙の四枚目は、そんな二人によって書かれていた。
ああ、几帳面で大きな文字と、柔らかく美しい文字は、あの二人の性格そのままでちょっと懐かしい。声が聞こえてきそう。
内容は合格の自慢から始まり、新しくなった試験で気付いたこと……注意点や勉強しておいた方がよいところ、それから残してきた共有物は好きにしろとかイグニスとしか契約していない私へ、森のどこに精霊がいっぱいいるとか……そして最後に、「来年待ってる! アイリス頑張って!」と二人ともが書いていた。
ポタン。
手紙に雫が落ちた。
一人になってから、意識して二人のことは考えないように、思い出さないように。
そう、名前すら――。
「ありがとう……コンチェッタ、クラリーチェ」
頑張るよ。と、決意を込めて呟いた。
「はぁ。さてさてあと一枚か」
ズビビッと鼻をかんで、ようやっとページをめくる。
ああー最後はなんだろう~やっぱりお小言かなぁ~……ああー怖い……!
「…………ペネロープ先生ぇ」
ズビッ。お行儀悪く鼻をすすってしまった。
まず最初の『お小言』は食事について。
『あなたのお料理は美味しかったけど、一人になったからって好きなものばかりを作っていたり、大鍋に作った同じものを何日も食べてはいないでしょうね? 森の野菜を収穫して沢山食べなさい。それから配達の変更連絡はしましたか?』
「うぅぅ……大鍋どころかパンも食べれませんでしたぁ」
次は、前から無茶をしがちだった採取について。
『先生の目がないからと、まさか迷宮へ採取に行ってはいませんよね? 絶対にやめなさい。油断と思い上がりはいけません。スライムなら森の洞窟の地底湖に良いのがいます。欲張らないように!』
「ごめんなさい迷宮に行きました……スライム狩り楽しかったです」
次は生活について。だらしなくしていないか、規則正しい生活を送っているか。街で遊びすぎてはいけないとか、知らない人を簡単に信じないように、付いていったりしないように、男性を工房に入れたりしないように! とか。
と、そこで、私の頭にレッテリオさんの顔が浮かんだ。
騎士の恰好をしていたからって簡単に信じてしまったし(これではイケない! と、あとで思ったけど)馬にも乗せてもらっちゃったし、街も一緒に回ってもらったし迷宮にも一緒に行ったし……。
「ああ~ごめんなさい先生。工房どころかお風呂にも入れちゃいました……」
ペネロープ先生は
「あ、そう言えばルルススくんも男の子だった」
ごめんなさい先生。でもみんな良い人(猫)です!
はぁ。まさかこんな内容のお手紙だったとは……。早く実習予定表出そう。私……ペネロープ先生に心配を掛けすぎてた。反省。
そしてまた鼻をかみ、次。
ペネロープ先生の封筒とは逆、ペラペラの封筒の封に魔力を流す。
久しぶりに見たイリーナ先生の文字は、相変わらず優美で読みやすい字だった。
簡単な挨拶から始まり、試験について書いてある……と思ったら、話題がすぐ変わった。
これが本題のよう。
「…………えっ」
そこには書かれていたのは意外なことだった。
『ヴェネスティ侯爵から携帯食のお話を伺いました。レシピの特許を出す準備をなさい。』
「と、特許……?」
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