第62話 錬金術師のチョコレート

「んにゃ? アイリスそれはにゃんにゃ?」

「チョコレート作るんじゃなかったのぉ〜?」


 そう。今日はキッチンではなくて、錬金術の作業部屋。


「作るよ! でもその前に……チョコレート型を作ろうと思います!」


「型? にゃんにゃ……錬金術じゃにゃいにゃか」

「やっぱり今日も……ぼくお料理に炎を使うんだねぇ……」


 残念顔のルルススくんと、しょんぼり顔のイグニスを横目に、私は素材を並べ「ルルススくんの髪留めが楽しみだなぁ」と思いながら髪を結んだ。



 ◆



 最初は『チョコレートの携帯食』にも『蜂蜜ダイス』の型を使おうかと思ったのだけど、あれは長細い金属製で、固めた後に一口サイズに切り分ける作業が必要なのだ。

 飴のように固まる蜂蜜なら問題ないのだけど、それよりはもろいチョコレート。多分、切り分ける時に欠けてしまうだろう。


「だからね、保存紙ラップをもっと分厚くしてそれで型を作ろうかなー……って!」


 これはルルススくんと失敗上保存紙上ラップでの作業時に話していたことがヒントになった。

 何も保存紙ラップにこだわらなくてもいい、今あるものを使いやすいように作り変える――ゼロからの創造だけでなく、それも錬金術の姿なのではないかと思ったのだ。


「金属の型だと切り分けだけじゃなくて、剥がすのにもコツがいるでしょ? だからこうやって……」


 私は手作業で砕いたスライムを、縦二十セッチ、横三十セッチの長方形の木枠に薄く敷き詰めた。そして硬度を調整するいくつかの素材を混ぜ入れ、その上から迷宮で採取した『玻璃立羽ハリタテハの羽根の粉』を振り混ぜる。


「この粉きれいだねぇ~ キラキラの型ができそう~」

「そうだね~少しだけキラキラするかな? 『玻璃立羽の羽根』には『固定』の効果があってね、決めた形を変えたくない時なんかに使うんだよ」


 普段はインクの定着に使用している『玻璃立羽の羽根』だけど、こんな応用もできる。

 最近は化粧品にも使われていて、工房実習で作ったラメ入り爪紅マニキュアは『固定』のおかげで持ちも良く、先生も愛用していた。


「それから水を八、蝶の甘水を一、塩を一……よし。イグニス、これ溶かしてくれる?」

「はいは〜い!」


 熱せられプルプルになったスライムに、私は長さ十セッチ、直径一.五セッチほどの四角柱を等間隔で沈めていく。これは片手で手軽に持ち食べやすそうな大きさを想定している。

 ちょっとを考えているのでサイコロ状でなく棒状にしたのだけど……迷宮探索隊の騎士たちにはどうだろう? どちらが良いかは試食で確認するしかない。


「わ、スライムってこんにゃに早く固まるにゃか!」

「うん、これはね。だから急がないと……! イグニス砂時計ひっくり返して~!」

「はい~!」


 



『チリリリン』


 シュワシュワの玉檸檬水たまレモンすいで一息ついた頃、刻告げときつげの砂時計が鳴った。


「うん。いい感じかな」


 スライム素材の良いところは加工しやすいところだ。

 熱すれば溶け、柔らかさを保ったままに固まる。今回は早く固まる素材を調合したので本当にすぐだった。


 私はスライムを木枠ごと逆さにし、トン! と作業台に叩きつける。すると型取り用の四角柱がコロリと外れた。


「うん、穴はなし。弾力もあるし……良さそうかな?」


 木枠を外してグニグニと手で潰してみたり、折り曲げてみたりして強度と柔軟性を確かめてみる。

 今の時点で問題は特になさそう。


「さて、あとは仕上げ!」


 私は意識を集中し、チョコレート型に魔力を薄く伸ばしてコーティングを施した。

 これをやっておくとチョコレートを型から外しやすくなるのだ。ひっくり返すだけでコロンと取れるはず。

 ついでに匂いも汚れも付きにくいので、高級な食器などはコーティング済のものが多い。


「出来た……! じゃあさっそく試作! チョコ作ってみよう」




「イグニス、お願いします!」


 キッチンの作業台には、黄金柑ゴールデンオレンジ木苺ラズベリー、そしてバルドさんから分けてもらったチョコレート。


「はいは~い!」


 イグニスの楽し気な声と共に、食材を赤い光が包み込む。

 すると見る見るうちに、果物は『金の斧亭』で見た半生の乾燥果実ドライフルーツに。不揃いに砕けていたチョコレートは、ボウルの中でトロリと溶けた。


「あっという間にゃね! また砕く作業がなくてよかったにゃ!」

「ほんと! イグニスのおかげでチョコレート加工が楽で有難い~!」

「えへへ~! ねえアイリス! これチョコレートに入れるの~?」

「そう!」


 半分だけ乾燥させた黄金柑ゴールデンオレンジ木苺ラズベリー。これならあの瑞々しい食感と新鮮さも存分に楽しめる。迷宮や遠征での楽しみにもきっとなる。


「ねぇねぇ~このチョコの名前はなんていうの~?」

「んー……蜂蜜ダイスのチョコ版だから……でもこれ四角じゃなくて棒状だしダイスじゃないなぁ」

「そうにゃねー……棒チョコ? 果実のチョコ棒? んにゃ、商品名は大切なのにゃ」

「んー……そうだ、試食の時にレッテリオさんに案を出してもらおっか」


 私のネーミングセンスだと『チョコレート棒』くらいしか浮かばない。

 これはもう、レッテリオさんが何かオシャレな名前つけてくれるのを期待しよう!


 そして私とルルススくんは作業台に並び立ち、私はチョコレートを型に注ぐ係を。ルルススくんはそこに黄金柑ゴールデンオレンジと木苺ラズベリーを落としていく係だ。


 ああ、チョコレートの濃厚な香りと甘酸っぱい果実の香りがもう既に美味しそう!


「でもアイリス、これ携帯食にしてはちょっと水分が多くにゃい? 保存は大丈夫にゃか?」

「ふふっ、普通の携帯食には無理かもしれないけど、の携帯食だから大丈夫!」


 そう。私も最初はそこを心配した。

 でもそれなら、錬金術師のやり方で長持ちするように作ればいい。


「蜂蜜ダイスは元々ただのおやつだったから、普通に蝋引き紙で包んでたでしょ? でも保存を一番に考えるなら、品質保持付きの上保存紙上ラップで包んでもいいし、むしろ包むことをやめて魔力コーティングしてしまってもいいかな? って」

「あ~コーティングは良いにゃね! チョコレートは溶けやすいし夏には向かにゃいにゃ~とも思ってたにゃ」

「そうだよね? コーティングしちゃえば溶けないし保存期間も長くなるし……味も品質も保存紙ラップよりも保てるし、食べるにも便利かなって思ったんだよね」

「んにゃ?」


 話しているうちに作業は終わり、再びイグニスが砂時計をひっくり返す。

 今回は保冷庫に入れて冷やすのだ。


「遠征や迷宮での探索中って、どんな環境でどんな状況かも分からないでしょう? 保存紙ラップや紙で包まなければ、片手だけで簡単に食べれるし、包み紙を取るガサガサ音もしなくて便利かな~って」

「簡単に食べれるのいいねぇ~! アイリスたちの片手サイズってぼくには大きいから~持ってもベタベタにならないの嬉しいなぁ~!」


 そうだ。コーティングしてあれば溶けないし汚れもつかないのだから、そのまま袋にザラザラっと入れても良いかもしれない。

 片手で取り出せてどんな時でもすぐに口にできる。コーティングを溶かす魔力なんて舌先でチョン! で十分だ。


「……喜んでもらえると良いんだけど」




『チリン チリン』


「ん?」


 私はスライムを砕く手を止め顔を上げた。

 刻告げの砂時計音ではない。これは玄関のベルだ。

 今日は配達予定はなかったはずだけど……誰だろう?


「あ、もしかしたら郵便屋さんかな? ごめん、ルルススくん出てくれる?」

「はいにゃ~」


 トテトテと玄関へ向かう背中を見送って、私はスライム砕きを続行だ。

 試作チョコレートが上手く出来たら、同じ型をあと四個は作ってチョコを量産してしまいたい。


「アイリス、ギルドからの配達人にゃったにゃ」

「わ、エマさん仕事が早い! ツィツィ工房との話がまとまったのかな」

「早く読むのにゃ。お話してない内容がにゃいかチェックにゃよ!」

「うん! えっと……」


『チリーン チリーン』


「んにゃ?」


 ルルススくんの耳が再び玄関へ。


「んんにゃ? 誰も来てにゃいのにゃ」

「あ~あっちだぁ~。ちょっと待っててね~! ――ほら~アイリス~! こっちもお手紙だよ~!」


 イグニスが一瞬消え、現れた時には封筒を抱えていた。

 その封蝋ふうろうの色は紫藍しらん


 藍を帯びたその深い紫色は魔力の色だ。


「あっ! そっちか……!」


 あのベルの音は滅多に聞かない『転送便』の音。


「差出人は~……先生だね~! あ、こっちも先生~」

「えっ、二通!?」


 イグニスはニコニコ笑顔で、その二通の封筒を私に手渡した。

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