第55話 初夏の冷たい白玉檸檬水

「アイリスーこの玉檸檬たまレモンはどうするんにゃ? 保管庫にしまっていいにゃか?」

「あ、それは今使うからキッチンにお願い!」

「了解にゃ」


 ルルススくんはトテトテトテと、ちょっとゆっくり目の足音でキッチンへ。


「ルルススくん足下気をつけてねー!」

「にゃーい」

「ぼくが押さえておいてあげるよ〜〜」


 多分あれ、抱えた玉檸檬の籠が大きすぎてあまり前が見えていない。いつもなら「トットットットッ」という軽快な足音が「トテ トテ トテ」だったのがその証拠だろう。


「あっ、あった! よっ……と!」


 私は各種保管庫の隣、あまり使わない器具などを仕舞ってある納戸からお目当ての物を引っ張り出した。

 レッテリオさんがお風呂に入っている間にを作ってしまおう!




「それでは夏恒例の玉檸檬水を作りまーす」


「玉檸檬は洗ったにゃよー」

「しゃふつ処理もできたよ〜〜」

「二人ともありがとう! あとはもう簡単だから見ててね」


 まずは甘みのある白玉檸檬を輪切りにしていく。それから普通の玉檸檬も輪切りにして、こちらは蜂蜜漬け用だ。


「次はこれを設置して……と」


 壁際に組み立てた鉄枠に、硝子製のドリンクサーバーを置いて水を注ぐ。

 ここに水の契約精霊ウンディーネがいるととても助かるのだけど、今はいないので大鍋で蛇口を何往復かしなくてはいけない。今年の玉檸檬水作りで一番大変なのはこの作業だと思う!


「ふぅ」

「次はこれにゃね?」


 ルルススくんが材料入りのボウルを差し出してくれた。


「ありがとう! それじゃ白玉檸檬投入しまーす! 薄荷ミントはチョットちぎって……あ、日輪草にちりんそうも少し入れようかな」


 日輪草を入れたからってポーション効果が出るわけじゃないけど、薄荷だけだと何か物足りない味になりそうだし入れてみよう。


「それから最後に……んーどのくらい入れよう? 」


 手にしたのは作り置きの玉檸檬の蜂蜜漬け。

 パンに乗せたりお菓子、ドレッシングやソースにアレンジしたりと色々と使えるので常備してある。

 いつもは玉檸檬たまれもん薄荷ミント兎花うさぎばな、蜂蜜を入れるのだけど、今日は甘みのある白玉檸檬がメインだから、ただの蜂蜜じゃなくて玉檸檬の蜂蜜漬けにする。

 甘いだけじゃなくてちょっとの苦味と檸檬の酸味がきっと丁度良い。


「ぐるりと混ぜたら仕上げに氷の魔石を嵌め込んで……」


 カチッという音と共に、硝子容器に刻まれていた『冷却効果』の錬成陣が淡い光を放った。


「よし! 白玉檸檬水しろたまレモンすいの出来上がり!」

「白玉檸檬は初めてだねぇ〜!」

「へぇー味見していいにゃか? ねぇアイリス、これソーダ石を入れても面白そうにゃね」

「はい、どうぞ。ルルススくん、ソーダ石持ってるの?」

「持ってるのにゃー! んん……これ甘いけどスッキリしてて美味しいにゃね! にゃにゃ〜真夏にシュワシュワの冷たい檸檬水にゃんて……絶対に美味しそうにゃ」


 ルルススくんはチラッチラッと私を見上げる。


「だよねー……ルルススくん、お安くしてくれる?」

「もちろんにゃー!」



 ◆



「あ、美味しい。うわーこれいいなぁ」


 レッテリオさんが湯上りの白玉檸檬水に喉を鳴らす。


「毎年暑くなって来た頃から作るんです。夏になると引いてる水は温くなるし氷を作るのは手間がかかるし溶けちゃうし」


 あ、もしかしたら氷もコーティングをすれば良かったり? あれ、もしかしてコーティングって魔力に余裕さえあればかなり色んなことができちゃう?


「アイリス、この硝子容器ってこの街で作ってる? それとも錬金術師の特別製かな」

「作った工房はヴェネトスの硝子工房ですけど、先生と職人さんの合作みたいな感じです」

「へぇ……じゃあアイリスもその工房と協力してこれ作れない? うちの隊に欲しいなーと思って」

「えっ」

「夏の訓練時にこれがあったらかなり有難いんだけど……どう?」


 冷却の錬成陣は知っている。硝子工房の親方とも顔見知りだから発注はできる。

 でも――正直作れる自信がない。


 確かイリーナ先生は見習いでもこの陣を刻むことは出来ると言っていたけど、あの時私たちに作れたのは『状態保持の水筒』までだった。

 硝子という変化する素材、大きさ、『状態保持』でなく『冷却させそれを保つ』という効果をムラなく定着させるのが難しかったのだと思う。


「ちょっと、難しいかもしれま……」

「やってみるといいのにゃ」


 ルルススくんがおかわりの檸檬水を背伸びで注いで、ヒゲをそよがせ言う。


「ルルススはアイリスとにゃらできると思うにゃよ?」

「ぼくも〜?」

「イグニスも……? っあ、そっか! 硝子を作るときの炎……!」

「錬金術は契約精霊と協力するものにゃ」


 そうだ。契約精霊は便利なお手伝いさんなどではなく、契約によって結ばれた

 精霊の力が足されるのではない。二人で協力すれば何倍にもなるのだ。


「それじゃアイリス、携帯食だけじゃなくこれも発注できるかな?」

「はい! 硝子工房に相談して見積もり取ってきます!」




「ところで迷宮探索隊って何人いるんですか?」


 手元には発注予定の携帯食リスト。

 まずは副隊長のレッテリオさんに試してもらい、それから隊長さんと相談してもらう予定だったのだけど、あっさり「レッテリオが良いと思うなら決めていい」と言ってくれたそうなのだ。


「隊員は十五人。四人で一班、二交代制で、あー……迷宮に潜る最大人数は八人。通常は四人」

「意外と少ないんですね。探索はどれくらいの日数ですか?」

「迷宮探索は基本的に週に一度で大規模でない限りは三日〜一週間程度かな。探索だけでなくて迷宮内の警備、警戒も含めた活動だから浅い層を日帰りすることもあるよ」

「じゃあ基本の携帯食は九食セットで最低四人分……あと予備も必要ですか?」

「あったら有り難いかな。でもアイリスに最初から全部の携帯食をお願いするのは酷だと思うから、まずは月二回、九食セットを四人分……七十二食分だね。そのくらいでどうかな?」


 思っていたより探索隊の人数は少なかったけど、それでもなかなかの数だ。


「準備期間はどれくらいいただけますか? あと納品は探索のどれくらい前までに?」

「そうだなー今回の迷宮の変異調査と安全確認に最低一週間……ヴェネスティ侯爵への携帯食の献上もあるし予算の相談もあるから……正式発注は一ヶ月後くらいかな? 納品は大規模探索でなければ前日までに。できそう?」

「準備に一ヶ月ですね。納品も前日までなら状態保存の問題もなさそうです」

「レッくん、正式発注の前に契約はしてくれるんにゃよね?」


 ルルススくんがピンと耳を立て、じっとレッテリオさんを見つめて言う。

 さすが商人だ。確かに口約束だけで準備――携帯食の小型軽量化や種類を増やすなんてことはできない。


「勿論。一応副隊長だし個人的な印章も持ってるから、俺のサインに効力はある。あ、一筆書くよりこの前みたいに精霊の仲立ち契約をする?」

「いえ、普通の契約書でいいです。でも、あの……初回の代金っていつ頂けます……か? えっと実は工房にはあまりお金がなくて……」


 そうなのだ。何しろパンに困ったくらいなので、初回納品三十六食分もの材料費のあてがない。


「先払いするよ。どのくらいあれば足りるかな……」

「計算にゃらルルススに任せるにゃ! 契約書も重要な約束事だけで良いにゃね? うん、にゃらそれもルルススが作るにゃ。イグニス〜ちょっと用紙を炙ってほしいのにゃ〜!」

「りょうかい〜〜」


 あっ、なるほど。炙って『割符わりふ』の様にするのか。それに間接的にだけどイグニスの力も加えて――策士だ! 仲立ち契約まではいかないけど、きっとそういう意味を持たせてるんだ。


「ルルススくんは頼もしいなぁ。ね? アイリス」

「そうですねー……あ、レッテリオさん檸檬水のおかわりいかがですか? 実はさっきルルススくんからソーダ石を買ったんで、檸檬水ソーダにできますよ!」

「うわーさすがケットシー商人! 商売上手だなー……」

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