第56話 精霊いろいろ

 ギュギュ、とレッテリオさんの印章が押され、初回納品分の前金も頂き無事に契約成立。

 ああ、ホッとした……!


「アイリス、嬉しそうだね?」

「はい! これで試験までの一年、お金の心配はひとまず無さそうですから! もうひもじい思いはしないで済みそうだしパンを焼いて携帯食を作るのが研究にもなるし!」


 携帯食の試行錯誤がそのまま試験のレポートになるなんて、こんな良い仕事はない!


「あ、そうだレッテリオさん、作ってほしい携帯食とかありますか?」

「そうだな……具材ナシのシンプルなパンも焼いてみてほしいかな。干し肉やチーズなんかのストックがまだあるから、アイリスのパンと合わせて食べちゃいたいんだよね。あ、ポーション効果を付けてもらえたらかなり嬉しい」

「柔らかいパンで、ですよね? 分かりました!」


 ポーション効果はイグニスと焼けば付けられる。パンの小型化問題は元々研究する予定だったし、『レシピ』をパラパラ見てみたけど使えそうな錬成陣もヒントになりそうなものもあった。


『カーン、カーン、カーン……』


「あ、もう朝九刻……レッテリオさんお仕事は午後からでしたよね? お昼は食べていけそうですか? それともランチの前に出ちゃいます?」

「んーちょっと早めに出ようかと思ってる。迷宮から出てくる人間に中の様子を聞きたいし、その前に俺も話さなきゃいけないだろうから……まあでも、のんびり風呂に入って冷えた檸檬水をいただいてるけどね」

「ふふっ、それじゃ何かランチに持っていけそうなもの作りますね。簡単なものになるけど、イグニスー……? イグニスどうしたの?」


 何故だか白玉檸檬水のサーバーをじっと覗き込んでいる。

 レッテリオさんとの仕事の話がつまらなくて拗ねてしまったとか? それにしては真剣そうな顔をしてるけど……?


「ねぇアイリス〜ぼくがこの中で泳いだら……ポーション効果でたりしないかなぁ〜?」

「え?」

「にゃに言ってるのにゃ? イグニスの力を使うわけにゃにゃいから出ないにゃよ。イグニスの出汁がポーションににゃるんにゃにゃいのにゃ」


 炎の精霊サラマンダーの出汁……。


「俺、イグニスと風呂に入れば良かった……のかな?」

「レッテリオさん、お風呂でも出汁は出ないと思います」

「そうにゃ。イグニスの出汁はポーションにはにゃらにゃいし、イグニスから出汁は出ないのにゃ!」

「やっぱりそうだよねぇ〜……でも何でパンとか食べ物だけなのかなぁ〜? ぼくお風呂も硝子容器の煮沸もアイリスのために目いっぱい力をこめてるんだけどぉ……」


 イグニスは「まだぼくが弱いからかなぁ?」なんてしょんぼりと呟き、シュワシュワ音を立てる白玉檸檬水をちびりと舐める。


「イグニス、そんなことないよ?」


 小皿を抱えるこむように、身を縮こませうつむく姿に胸がツキンと痛んだ。

 だってなんだか、それは以前の――先生たちがいた頃の自分の姿に重なって、全力でそんな事はない! と抱きしめたくなったのだ。


「あのね、イグニスがいなかったらこんなに沢山の携帯食の注文は貰えなかったし、レッテリオさんに迷宮へ連れて行ってもらう事も多分なかったんだよ?」

「アイリスぅ〜」

「それにイグニス、君の炎の全てにポーション効果が付いてしまっても不便じゃないかな? 魔物に攻撃をしたはずが回復してしまうなんて、護衛役としては困ってしまう」

「レッくん〜〜」


 パタパタと振られる尻尾はイグニスの心の動きだ。

 私たちの言葉はイグニスの気持ちを上手く包めただろうか?

 ああ、この可愛い炎の精霊を落ち込ませることのないよう、私もレベルアップしなければ! 契約精霊と契約者の『力量』は影響し合うものなのだから!


「そういえば、レッテリオさんのお家の精霊さんはどんな方なんですか?」


 レッテリオさんに『風の加護』を与えた家継精霊かけいせいれいとはどんな方なんだろう?


「うちの精霊は風の精霊シルフで、鷹の姿をしてる。口数少なめで厳しいけど一度懐に入れると優しいんだよ」

「へぇー……鷹ですか……素敵ですね!」

「あ、そうだ」


 レッテリオさんは何かを思いついたのか、ニヤッと笑って言葉を続ける。


「アイリスはランベルトの紋章、何か知ってる?」

「ランベルト……隊長さんの? えっと……ヴェネスティ侯爵家のですか?」


 そう言えば街の門に掲げてあったような気はするけど……? 確か剣と竜と何かが描かれていたような、いないような……。


「いや、個人のがあるんだよ。朝会った時の団服にも付いていたんだけど気付かなかった?」

「紋章……うーん気付きませんでした」


 紋章――そうだ、さっきのレッテリオさんの印章は羽根っぽい絵柄だった。もしかして貴族の契約精霊持ちは皆、個人の紋章を持っているのだろうか?(明確に言えばレッテリオさんは違うのだろうけど)

 あ、そう言えば……イリーナ先生の持ち物の多くには雪白百合ゆきしらゆりの紋章が付いていた。


「ランベルトの紋章は『一角イッカク』」

「一角? ……一角獣ユニコーンですか?!」


 一角獣ユニコーンと言えばドラゴンと並ぶ特別な存在だ。

 王宮に住んでいるとか太古の森にひっそりと住んでいるとか、半ば伝説の存在だ。


「夢幻を操り風も操る一角獣……ってことは、風の精霊シルフですか?」

「答えは今度ランベルトに会った時の楽しみにしておこうか」


 やけに楽しそうなレッテリオさんは、フフッ、クフフと、まるでイグニスのような笑い方をした。


 なんだろう……。

 一角獣ユニコーンの精霊さん……そんなに癖のある方なんだろうか?



 ◆



「それじゃまた十日後。昼すぎに伺うね」

「はい! あの……携帯食の献上、よろしくお願いします……!」


 携帯食の献上は迷宮の異変調査報告と一緒に行うらしい。十日後にはその結果も聞かせてもらう予定で……。

 ああ、ヴェネスティ侯爵が私の作った携帯食でお腹を壊したりしないことを祈るしかない。


「はは! そんなに心配しなくても大丈夫だよ。興味は持たれるだろうけど、すぐに何百、何千と納品しろなんて無茶は言わないから」

「えっ!?」

「ん?」

「騎士団って……そんなに人が?」

「ああ、騎士団の規模なんか知らないよね。ヴェネスティ領は広大だから、国境や街道の警備をする隊の数も多いんだ」

「レッテリオさんが迷宮探索隊でよかったです……!」

「うん……迷宮探索隊うちは最小の隊だからねー……」


 最小で有難い! レッテリオさんを微妙な表情にさせてしまったけど、 私一人の工房にとっては最大十五人分だってそれなりに多い数だもの!


「あ、レッテリオさん!」


 玄関扉をくぐったその背中に声をかける。


「次会う時にそれの感想も聞かせてくださいね!」

「ああ、了解」


 レッテリオさんは「みんなも喜ぶよ」とズッシリ重いだろうランチの手籠バスケットを持ち上げた。



◇◇◇


「レッくんいってらっしゃ〜いまたねぇ〜」

「新婚さんみたいにゃね」

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