第53話 憧れのモフモフ

「レッテリオさんと隊長さんて仲が良いんですね」


 朝日を浴びながら草原を二人+イグニスで歩いていた。

 私たちが歩くのは、街へ続く道から外れた工房への近道だ。街が近いこの辺りに危険な魔物は少ない。むしろ繁殖期の野生生物の方が危険なくらいだったりする。


「うん、まぁ幼馴染っていうか、五歳年上だから兄みたいなものかな? でもそんなに兄らしくはないんだけどね」

「へぇ……隊長さんもイリーナ先生と知り合いみたいだし、貴族の人たちって結構お付き合いがあるんですね」

「ああ、横の繋がりとか親戚づきあいが多いからね〜子どもの頃からやれお茶会だパーティーだって……ウンザリだよ」

「お茶会〜? 美味しそうでいいね〜! ね、アイリス、ぼくたちもお茶会しようよ〜! ふくちょーとかカーラも呼んで!」


 さすがイグニス。甘いものの話題には尻尾をフリフリ突撃してくる。

 そう言えばイグニスは、バルドさんの奥さん――カーラさんとスイーツ談義をしてたっけ?


「お茶会かぁ……」


 良い機会かもしれない。今ある携帯食用の甘味は蜂蜜ダイスだけだし、何か新しいものを作るヒントがあるかも?


「あ〜! アイリス、あそこ玉檸檬タマレモンがなってるよ〜!」

「あっ、ほんとだ! レッテリオさんちょっとだけ待っててください! 玉檸檬が丁度切れてるんで少し採ってきます!」


 野生の玉檸檬は、栽培しているものよりも酸味が強いが皮が柔らかくて美味しいのだ。いつもは森で採っていたので、こんな所に生えているとは知らなかった。


「わ、これ白玉檸檬シロタマレモンだ……!」

「白? 珍しいね。アイリスこれ届く? 俺が採ろうか?」

「あ、じゃあお願いします……あの、イグニスが指差してる上の方のを三つくらい……!」


 最初は他の玉檸檬に囲まれていて気付かなかったのだけど、この真ん中に生えた一本だけが、稀に見つかる『白玉檸檬』だった。

 白玉檸檬の木は、普通の玉檸檬にある鋭い棘の代わりに、樹皮の表面に産毛のような白い小さな棘が生えている。そして果実は檸檬らしい酸味に加え、優しい甘みがあるのが特徴だ。別名『砂糖檸檬サトウレモン』とも呼ばれている。


「ねぇねぇアイリス〜ぼくケーキが食べたいな〜!」

「そうだね。普通のも少し頂いていってパウンドケーキとかチーズケーキとか……タルトも良いね! 皮ごと美味しく食べれるし!」

「檸檬ケーキかー……昼から仕事なんて行きたくないなぁ」


 レッテリオさんは、はしゃぐイグニスを頭に乗せて、両手には白玉檸檬と普通の玉檸檬も収穫してくれている。


「今度お茶会しましょう! レッテリオさん! 次のお休みはどうですか?」

「いいね。ちなみにうちのランベルト隊長、甘党なんだ」

「ふふっ、了解しました!」



 ◆



「ただいまー……」


 私は小声で、そっと玄関を開けた。

 時間はまだ朝七刻前。もしかしたらルルススくんはまだ寝ているかもしれない。


「あっ、おかえりにゃ〜! 遅かったけど早かったにゃね」


 トタトタという優しい足音をさせ、ルルススくんが顔を覗かせた。その手にはカップを持っているので、もしかして朝食中だっただろうか?


「ただいま〜! ちょっと迷宮に閉じこめられちゃってきたよ〜〜」

「にゃ? それは大変にゃにゃかったのにゃ? ごはん食べれたにゃ?」

「うん、大丈夫だったよ。目的のスライムも——ほら! たくさん獲れたしね! あと高脚蜘蛛タカアシグモの糸とか甘水とか、他にも色々採取してきちゃった!」

「良いにゃね〜! ルルススにあとで見せてほしいのにゃ! ところで、誰にゃ?」


 ルルススくんは鼻をくんくん、まだ扉の外にいるレッテリオさんに気付いているよう。


「騎士のレッテリオさんだよ。レッテリオさんどうぞ、ルルススくん起きてましたよ」

「あの、はじめまして……! 騎士のレッテリオ・コスタンティーニと申します」


 レッテリオさんはサッと手を胸にあて挨拶をするが……なんだか声が硬い。


「ルルススにゃ。ケットシーにゃよ。ん? その腕輪……風の加護があるんにゃね! うん、気持ちの良い魔力だし、仲良くできそうにゃ」


 ルルススくんは髭をソヨソヨそよがせて、牙を見せてニャッと笑うと、レッテリオさんの手を握る。


「堅苦しいのは苦手にゃから、ルルススのことは気軽に呼ぶといいにゃ。ルルススはレッくんって呼ぶにゃね。あ、商人にゃから欲しいものがあったら言ってみるにゃよ」

「は、はい! よろしく……ルルススくん」


 レッテリオさんはニコリと微笑み、握手を交わすと、くるりと私を向いて少し恥ずかしそうに小声でこう言った。


「ありがとう、アイリス。実は俺……子どもの頃からケットシーに会うのが夢だったんだ」

「なるほど。だから様子がおかしかったんですね?」


 クスリとつい笑みがこぼれてしまう。


「えっ、おかしかった?」

「はい! だってなんか目はキラキラしてるしちょっと顔は赤いし、握手は固まってたくせに長かったし……ルルススくんに気に入られて良かったですね?」

「うわぁ〜……恥ずかしい」


 レッテリオさんは手の平で顔を覆っているが、ほんのり赤い耳は見えている。顔隠して耳隠さず。

 年上騎士さんの思いがけない可愛らしい姿を見てしまったけど、レッテリオさんの気持ちはよく分かる。


 だってルルススくんのフカフカの毛並みやトタトタの足音、それにプニプニの肉球おてては最高に愛らしくて可愛いのだから……!




「ところで……にゃんか臭いのにゃ。アイリスとレッくんにゃね? にゃにこの臭い〜」

「あっ、ごめん! ちょっと迷宮で泥にハマってね? イグニス〜お風呂入れよう!」

「はぁ〜い。あ、レッくんちょっとだけ待っててね〜すぐ沸かすから〜」


 鼻の良いルルススくんだ。この臭いは辛いだろうから、私も先に着替えてしまおう。お風呂はレッテリオさんの後だ!


 私はまずお風呂の用意をしつつ、着替えをする為に自室へと階段を駆け上った。


 ◇


「レッく〜ん! お風呂できたよ〜」

「ありがとう、イグニス。えっと……お風呂悪いね、アイリス」

「いえ、ぜんぜん! というか私、今思ったんですけど、イグニスがお風呂沸かしたらポーション効果でたり……しませんよね?」


 私と一緒にパンを焼いたら何故かそんな効果が出たのだ。バスタブに水を溜めたのは私、沸かしてお湯にしたのはイグニス。

 ルール的には同じような気がしてしまう。


「普通の水を沸かしたんだよね? それなら特に効果は出ないんじゃないかな……?」

「あっ、水は普通ですけど、これからちょっと普通じゃないものを入れます」

「えっ。アイリス、何を入れる気……?」


 バスルームの扉を開け、手前の洗面所に置いておいた私のをレッテリオさんに手渡す。


「バスボムです、入る前にバスタブに入れてくださいね。疲れが取れますから!」

「バスボム……?」


 拳大の、キャンディーのように包まれたそれを、レッテリオさんはおそるおそる嗅ぐ。


「ん?」

「大丈夫、危ないものじゃないです。私の故郷の温泉成分を固めた――『』ですから!」

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