第52話 迷宮探索隊・隊長

「お、皆無事だったようだな」


 先頭の馬上から明るい声が届いた。

 朝日に照らされたその人物の服装は、紺地に赤ライン、金糸の飾りの騎士団服。


「隊長!」


 新人騎士さんたちから隊長と呼ばれたその男は、帽子のつばを上げ、蒼の瞳を細めてニッと笑った。




「うん。全員いるな。見たところ採狩人たちも無事のようで何より」


 迷宮から脱出してきた私たちを見回すと、部下だろう後続の五人の騎士に何やら指示を出す。

 ああ、あの騎士さんたちは、迷宮の入口に立つ騎士の交代要員だったのか。

 隊長さんは交代した騎士に「よく知らせてくれたな」と労いの言葉をかけ、そしてまたニッカリ笑うと馬を降り――。


「レッテリオ! まったく……女の子連れて迷宮に行ったと思ったら無断外泊とは……羨ましいな!」


 ハハハッ! と、心地よいテノールで楽しそうに笑いレッテリオさんの肩を叩く。


「ランベルト隊長。そういう下品な挨拶は結構です」

「おっと、我が隊の副隊長さんはお堅いからな?」

「あなたが柔らかすぎるんですよ」


 そんな二人の様子を、私はレッテリオさんの陰から窺い見ていた。

 迷宮探索隊の隊長と副隊長という関係だけど、二人はすごく仲が良さそうだ。並んで話す姿は友人のような、少し年の離れた兄弟のような……って隊長さん背が高いなぁ。レッテリオさんよりも拳ひとつ分くらい大きい。

 帽子からこぼれる髪は黒。快活そうな瞳はレッテリオさんと同じ蒼色だ。あ、でも垂れ目ではない……と。


 じっと見上げていたら思い切り、隊長さんと目が合ってしまった。


「聞いていた通り随分と可愛らしくて、たくましそうなお嬢さんだね?」

「えっ」


 くっくっ、と、隊長さんは私を見やり、押し殺した笑いをこぼす。


 ――たくまし……そう?

 女の子に対してどういう感想だ? とちょっとムッとしたのだけれど、肩に乗ったイグニスの声で、私は自分の格好を再認識した。


「スライム〜! いっぱい捕ってきたからねぇ〜! 」


 そうだった! 慣れてしまって意識していなかったけど、私は両肩からスライム袋を斜めがけにして更に背中には大きなリュックを背負っているのだ。


「へぇ、それ全部?」

「あ、はい」


 ……確かにこの格好は滑稽だしたくましい。隊長さんが笑っても仕方がない。


「アイリスのスライム魔石取りは圧巻だった。あんなに潔く手を突っ込む女性は初めてだったよ……」

「レッテリオさん! あのくらい錬金術師ならみんなできますから!」


 確かに顔をしかめたり、目をつぶってヤる子が多かったけど。


「あ、ランベルト。そう言えば誰に聞いてここに? もしかして副長?」

「そう。昨日、夕飯を食いに行ったらレッテリオと錬金術師さんの話を聞いて……そこに迷宮入口の警備が『迷宮に異変あり!』なんて駆け込んできたから、まぁ様子見にな」


 ああ、バルドさんの食堂! ランチも美味しかったしきっと夜も美味しい料理が出るのだろう……食べに行ってみたい……。


「隊長! 確認作業完了しました」


 隊長さんが連れてきた騎士さんだ。


「わかった。馬車が来るまで待機をさせておいてくれ」


 彼らは迷宮から出てきた人たちを集め、迷宮入場名簿と照らし合わせていたらしい。

 ここに居ない人はまだ迷宮内にいるのだろう。




「で、どうだった? 今回の異変は一日でおさまったようだが……頻度も気になる。中の様子を知りたい」

「そうだな……基本的には前回と同じだと思う。ただ、前兆から異変までが早かったように思う。あと収束も早かったな」

「レッくん、迷宮のことが気になるの〜?」

「ああ、だって俺は迷宮探索隊だからね。出来れば迷宮のを知りたいんだ」

「んん〜……今はちょっとむずかしいかもだよ〜迷宮のどっかいっちゃったみたいだもん」


「え?」

「は?」

「……イグニス……さん、ですよね? それは本当に? 何故分かるのですか?」


 突然そんなことを言い始めたイグニスに、隊長さんが随分と丁寧な言葉で尋ねた。

 ……後輩騎士さんたちといい隊長さんといい、騎士たちは精霊のことが好きなのだろうか? イグニスのように小さくて可愛らしい外見だと、侮られることも多いのだけど……彼らはきちんと敬ってくれている。


「う〜ん……レッくんはっていったけど、底っていうか中心ていうか……それが動いてるのを感じたんだぁ。えっと……大きな力のがうごくから迷宮も動くんだよ〜」

「なるほど……」

「イグニスは中でも何かを感じてたようだったしね」


 二人はイグニスの説明に納得したようだ。それに何だか……レッテリオさんの目が輝いているような?

 迷宮についてはまだよく分からないことが多いと言う。きっとイグニスのこの説は、迷宮解明の貴重な一歩なのだろう。


「ああそうだ、ご挨拶が遅れました。イグニスさん、初めてお目にかかります。私はランベルト・ヴェネスティと申します。それから、錬金術師さん、あなたともこれから良いお付き合いができれば嬉しく思う」


 隊長さんは主にイグニスに丁寧な挨拶をし、私にはニカッと笑い握手の手を差し出す。


「うん! よろしくたいちょ〜ぼくのことはイグニスでいいよ〜」

「あっ、はい。よろしくお願いします。アイリス・カンパネッラと申します。……まだ、見習い錬金術師です」


 情けないけど嘘はつけない。

 隊長さん――迷宮探索隊は、これから私の大事な顧客生活費になるんだから……!


「うん。聞いてる。今年の試験は敢えてパスして来年に向けて研究をしてるんだって?」

「……えっ?」


 なんだそれは? えっ? 聞いてるって……誰から?


「あ、そうか、知らないのか。君――アイリスって呼んで良いかな? アイリスがいる工房の持ち主は錬金術師イリーナだけど、土地はヴェネスティ侯爵領なんだ。だから工房の人員の出入りは領主へ報告が上がる。そして工房に一番近い街はヴェネトス。だからヴェネトスの騎士団にいる私に術師イリーナから報告があったんだよ」

「隊長さんはイリーナ先生とお知り合いなんですか?」

「幼い頃からの顔見知りでね。急ぎの旅だそうだったから、父へは私から報告したんだ」


 ――父。ああ、やっぱり。

 隊長さんの名前はランベルト・ヴェネスティ。でも、まさか侯爵家の御令息だったとは。


「えっ……と、私のこと侯爵様にまで報告されてるんですか……」

「アイリス、分かってると思うけど、君の携帯食のサンプル……ヴェネスティ侯爵に献上するからね?」

「えっ!?」

「あの方は新し物好きだから。あと騎士団で購入するなら一応ね? 上に報告は必要だし、何よりこんながある物を侯爵に秘密にはできないよ」

「……そ、うなんですか」


 甘く考えていた。

 言われてみればその通りだけど、まさか見習い錬金術師のパンを領主様に献上するという発想がなかった。


「……ねぇねぇ、アイリス〜? ぼくのパン〜侯爵が食べるの〜? はやくパン屋さんになれって言われちゃうかなぁ〜?」


 ぷっ、と隊長さんが吹き出した。



 ◆



「ヴェネスティ侯爵の決定により、迷宮は騎士団が調査に入る。本日から短くとも三日は入場を禁じる! それから街までの馬車だが、特別便を手配してある。到着まではまだ一刻半はかかるので、帰りを急ぐ者があれば騎士が先導するので申し出を」


 まだ朝六刻だ。馬車の到着まで時間がかかって当然だし、むしろ手配してくれてたなんて有難い。

 帰宅手段を相談する声や、隊長さんに「入場禁止は困る!」と慌て訴える人もいる。


「アイリスはどうする?」

「うーん……レッテリオさんこそ、どうするんですか? もしかしてこのままお仕事に……?」

「本当なら朝八刻から勤務なんだよね。どうするかな……まぁ、着替えの制服もあるしこのまま騎士団と合流しても――」

「んん〜……でも、レッくん、なんかくさいよ〜?」

「えっ」


 臭いと言われたレッテリオさんの顔は、若干ショックを受け固まっている。


「うん。確かになんか……泥か? 臭いなお前」

「ランベルト。あー……そう言えば泥沼にハマったな。水で洗い流したけど……え、臭うか?」

「ごめんなさいレッテリオさん……泥臭いの私のせいです……」


 嗚呼、ということは。私はきっと、隊長さんが顔をしかめるレベルのレッテリオさんよりも臭いのだろう。

 確かにこれはちょっとショックだ。消臭殺菌効果のあるスプレーとか拭き取りシートとか……何かそんなものを開発したくなってきた。


「人手がないから休みにはしてやれないが、レッテリオは昼から出てくれば良い。一旦帰宅して身綺麗にしてから戻ってこい」

「うーん……でも寮じゃ朝から風呂なんか入れないし……体を拭くだけならもうその辺で――」

「……あっ、じゃあレッテリオさん、工房うちでお風呂入っていきませんか?」


 工房は街よりここに近いし、着替えもあるならなんの問題もないだろう。


「……え? 風呂……? アイリスの工房で?」

「はい! うちならいつでもお風呂に入れますよ! イグニスが沸かしてくれますから!」

「ぼくね〜風呂焚きもとくいなんだ〜〜!」

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