第49話 ヴェネトスの迷宮・帰路の第二層 こんがりキューブパンと水増しスープ

「レッテリオさん、パンちょっと見ててください! バターがちょっと焦げるくらいがオススメです」

「了解」


 さて。私は小さな鍋に(この赤色の小鍋はお気に入りなのだ)スープを入れて、保険で持って来ていたショートパスタも入れる。ネジネジしている形のこれはシンプルな野菜スープでも美味しく食べられると思う。

 それから三層で汲んだ水を足し、行きに摘んだ薬草やハーブをちぎって入れて塩胡椒を振った。


「……ん、まぁいいかな」


 でもこれ、香辛料たっぷりの肉を詰めたラビオリだったらもっと美味しかったかなー……あ、スープの方を貝とかにするのも良さそう……干し貝って良い味出るし……いっそパスタをカッペリーニとかにするのもいいかな? 折れるの覚悟で最初から半分に折っちゃっても良さそう。


 それにしても、迷宮や遠征であまり煮炊きをしないものだとは思っていなかった。でもよく考えてみれば、料理に適した場所ばかりではないだろうし、そもそもそんな余裕もないのかもしれない。


「煮炊きをし難い環境なら、もうスープを作った鍋に品質保存の陣を刻んじゃうのも良さそう……? まぁ、重いだろうけど……」


 三層みたいな湿地とか、例えば火を使えない洞窟用には『発火』や『保温』の陣を付与したフライパンとか鍋を持って行けたら、もう少しまともな食事もできそうだと思う。


 と、味見をしつつそんなことを考えてしまうのは、お隣の後輩騎士さんたちのせいだ。

 この余り野菜とベーコンで適当に作ったスープはちょうど四食分。少し離れた隣で固焼きパンに何やらペーストを塗って食べようとしている騎士さんたちは、鉄製皿でパンを温め焼いているレッテリオさんに目が釘付けだ。


 固焼きパンと水では味気ないし、そもそもなかなか喉を通らないだろう。

 持参していた水筒のスープでは、彼らの分までには全く足りていなかった。なので、だ。


 文字通り水増しをして適当に野草を入れて、ベーコンの少なさはパスタでカバー……するにはパスタも少ないのだけど、彼らの固焼きパンを少し美味しく食べるには事足りるだろう。


「イグニス〜お隣の騎士さんたち呼んできてくれる?」

「はいは〜い! あ、ぼくの分にはベーコン大きいの入れてねぇ」

「はいはい」

「アイリス、パンも焼けたよー……っえ、本当にあいつらの分も?」

「水増しスープですけどね。あ、でもパンはあげませんよ? ポーション効果とかまだ検証不足だし……あの人たちその……」

「うん。確実に騒ぐな。アイツらまだ新人で何やっても楽しい年頃なんだよ」


 レッテリオさんがハァと溜息を吐く。

 でもそれは年の離れた弟を見守るお兄さんの様で、可愛がってるんだろうなぁと、なんだか微笑ましい。

 そしてイグニスに呼ばれてスキップする勢いの、多分私より年上の騎士さんたちを、私はつい生温かい目で眺めてしまいました。


 うん、なんだか騎士さんのイメージが崩れてしまうよね……。


 ◆


「はい! 皆さんカップを出してください! スープはひとり一杯です」

「パンはじぶんのを食べてねぇ〜!」


 イグニスはとろ〜りチーズのパンにかじり付き、二口目にはベーコンと、炙ったことによりその肉汁が溶けしっとりしたパンを大口で頬張っている。


「んんん〜! こんがり焦げ目が美味しいねぇ〜! 薬草たっぷりになっちゃったスープにひたすとバターの香りがジュワッてなって玉ねぎが溶けそうになって美味しいよ〜〜」


 尻尾をブンブン振ってご機嫌だ。でもお肉好きのイグニスには屑ベーコンだけでは多分ちょっと物足りないはず。

 今回たくさん頑張ってくれているし、迷宮から戻ったら何かお肉料理を作ってあげたい。


「イグニスさんのパン美味しそうすぎるけど……スープ……っ! 固パンが喉を通る〜!」

「温かいスープやばい……」

「イグニスさんとろけ落ちたチーズの糸でいいんでください」

「いいよ〜〜はい、とろぉ〜〜っ」


「……。レッテリオさん……やっぱりお鍋くらい持ち込んだら良いのでは……?」

「うーん……。隊で動く大人数の時には衛生兵が食事係も兼務するから、その時には調理器具も持ち込んで煮炊きもするんだけど……少人数で短期間の探索の時はねぇ。機動力と体力に響くから荷物はできるだけ軽く少なくしたいんだよね」


 それも分かる。

 でも水増しスープでの彼らのこの喜び様を見ると……味気ない食事は士気にも関わってくるのでは? などと余計なことまで考えてしまう。


「アイリスの心配も分かるんだよ。でも質の良いポーションがあれば短期間なら何とでもなるからね。逆にこんな美味しいパンとスープを任務先で食べれたら気が緩んじゃいそうだよ」

「え? そうですか?」


 私は思わず手の中のホカホカに炙ったパンを見る。


「じゃあもっと具を少なくしてバターもやめようかな……」

「いや、でもこのパンは秀逸だから是非このままでお願いしたいです」


 レッテリオさんはキリッとした顔でそんな事を言うが、唇がバターで光っていてお顔の威力が半減している。

 でも、こういうまっすぐな期待はすごく嬉しい。


「ふふっ、このままで良いんですか? これはまだ思いつきの試作なんで、もっと具を考えたら栄養価も高くなるし、あと携帯するならもっと小さくできないかな〜って考えてるんですよ?」


 私はニヤリ笑い、ちょこっとレッテリオさんの側に寄って小声で考えていることを話し始めた。


 ここからはまだ、顧客になってくれるレッテリオさん以外には聞かせるわけにはいかない。


 ざっと周りを見回したけど、煮炊きをしているグループは二つ。五、六人の少し人数が多めのパーティだ。

 さっきレッテリオさんが言っていた事は騎士団に限ったことではないのだ。採狩人も同じ。公的組織ではなく生業である分、採狩人たちの方が荷物に関してはシビアなのかもしれない。

 ちなみに煮炊きを担当している人は、もしかしたら荷物持ちや調理などの補助役なのかもしれないと私は思った。

 リュックの大きさがおかしかったからね! 多分は私のリスリュックと同じ、質量軽減の陣が刻まれているはず。


「レッテリオさん、ちょっとお耳を拝借です」

「なに? もしかして……更にやばい『ポーション効果』でもできそうだとか?」




 あ、そういえば商業ギルドのお姉さん……あの人に『ポーション蜂蜜ダイス』をあげちゃったんだよね。


 気付かれていなければ良いのだけど――。

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