第41話 ヴェネトスの迷宮・第二層 迷宮ピクニック

「ちょっとまだ立てない……みたいです……」

「あのくも〜……ぼくやっぱり燃やしてくる〜!」

「大丈夫! イグニス大丈夫だから!」


 憤るイグニスをなだめるが、レッテリオさんにしがみつき生まれたての子鹿みたいな格好では説得感があまりない。

 それに、情けない……! 私から迷宮に行きたいと言ったのに、この体たらくでは恥ずかしくて顔を上げることができない。


「アイリス」


 レッテリオさんは私をその場に座らせ、自分もしゃがんで目の高さを合わせ言う。


「ごめん。俺の注意と説明が足りていなかった。護衛のくせに怖い目に合わせてしまって本当に申し訳ない」

「……えっ、いえ! 私も注意が足りてなくて……! 助けてもらえたし、レッテリオさんはちゃんと護衛のお仕事をしてくれたと思います」

「……ぼくもごめんねぇ。アイリスのせなかを守れなかったよ〜……」

「イグニスも! すごい壁で糸を燃やしてくれたでしょう? 二人とも、ありがとう」


 にっこり笑って見せるが、二人はどこか苦い笑み。


「……アイリス、腕は? 怪我はしていない?」

「ああ……ちょっと痛みはあるけど……うわ、この糸強いしべとべとしてる……!」


 私の腕に絡みついたままの糸は、キツく巻き付いていてビクともしない。ローブの上からなので腕に傷は付いていないだろう。ただ、締め付けられた上に引っ張られたものだから痛みは強い。腫れるか、下手したらミミズ腫れになってしまいそうだ。


「俺が取るよ。アイリスはローブを脱いで腕の様子を確認してね」

「はい。……あ、そうだ」


 腫れや打ち身に効く湿布もポーションもあるけれど、これは実験の良い機会じゃないのかな?


「レッテリオさん、ちょっと早いけどお弁当にしませんか? イグニスもどう?」

「いいね〜〜!」

「あ、もしかしてアイリスのポーション効果の検証? お昼にはちょっと早いけど、そういうことなら是非」

「はい! すぐ用意しますね」


 薄暗い林を抜けたここは気持ちの良い丘の上。さあ、迷宮ピクニックと洒落込もう!



 ◆



「イグニス〜お願いしまーす!」

「はいは〜い」


 広げた防水布の中央、描かれた錬成陣の上をイグニスがトテトテと走り、そして「ふぅ」と紅く煌めく息吹をひとつ。

 すると陣が光り出し、布の周囲二メトル程までに広がった。その光は地面に染み込んだように淡い光を保っている。


「これは……?」

「あれ? レッテリオさんこれ初めてですか?」

「いや、魔物除けの守護結界……だよね? アイリスは面白いやり方するんだね。布に予め描いておくのか……」


 レッテリオさんは興味深そうに、敷布と魔物除けの陣を観察している。


「私ちょっと横着なんですよね。たまーに森の外に採取へ行ってたんですけど、毎回描くの面倒じゃないですか。描きやすい地面とは限らないし……布に仕込んでおけば敷布にもなって休憩用に一石二鳥じゃない? って思って」

「確かに。しかも防水布かー……いいなこれ。アイリス携帯食の他にコレも納品しない?」

「迷宮探索隊にですか? それともまさか騎士団にじゃないですよ……ね?」


 人様に使わせる、更に仕事として納品するのならこのままの品質では駄目だ。

 これはあくまでも自分用のお手軽版として、錬成陣は消えにくいインクで描いただけ。でも『商品』にするのなら、長持ちする素材で描いた方が良い。

 効果も高く、安定性のある物にするためには刺繍をするのが良いだろう。それもできたら魔力を帯びた糸で、魔石の粉を混ぜて染めたら更に良い。


「うーん、できれば騎士団に欲しいな。でも急だし、とりあえずは迷宮探索隊にもらいたい。良ければ後日、携帯食と一緒に見積もりと契約をしない?」

「分かりました。それじゃあ防水布はまた今度で……ランチにしましょう!」



 ◆



「うわ……これ美味い……! このハムとチーズは街で買ったやつだよね? 赤茄子トマト水芹クレソンはあの森で? ……いやこの水芹クレソンはハムに合うね。あとこのパン! この甘い香りって何? すごく美味しい……!」


 包みを開けかぶり付いた途端、レッテリオさんの『騎士さんモード』は解除となったようで、まるで少年のような食べっぷりを披露していた。


「レッテリオさんがお勧めのお店を教えてくれたおかげですよ? もう一つのパンにも使ったベーコンもほんっと美味しかったですもん! あ、野菜は森のだけど薬草類じゃないんで……期待してるポーション効果はイグニスが焼いてくれたパンだけかなと思います」

「レッくん〜その香りはね〜兎花の酵母だよ〜! ルルススが持ってたんだぁ!」

「へぇ〜兎花の! うん、ほのかな甘みがすごく良いね……迷宮でこんなの食べれたらポーション抜きでも疲れが取れそうだなぁ。……あ、で、ルルススって?」


 ガブリ。

 レッテリオさんが大きな口でまたひと口かじる。


「行商をしてるケットシーの男の子なんです。しばらく工房に居ることになって」

「ケットシー! 珍しいね。俺も会いたいな」


 ガブ。ペロリ。

 うわ、食べるの早い! これ一つで足りるかなぁ……? レッテリオさん用は大きめサイズで作ったんだけど、スープも出した方がいいかも? それとも食後にビスコッティを試してもらうのも良いかもしれない? あれは魔力も回復するし――。


「あっ、そうだ。レッテリオさん! さっき風の魔術使ってましたよね。騎士さんだから攻撃魔術は使わないかと思ってたんでちょっと驚きました」

「あーうん。まぁ……ちょっとだけね。ホラこれ、杖の代わりの腕輪バングル


 ああ、左手首の腕輪は魔術行使の媒体だったのか。

 それにしても細かい細工で……あっ、魔石? 宝石? があんなに散りばめられててすごい……と言うかこの腕輪細いなぁ。これに錬成陣を仕込んだ人って相当の腕だよね……うわぁ内部はどうなってるんだろう? 詳しく見てみたい……!


「アイリス?」

「あ、すみません。すごく綺麗な腕輪なんでつい見とれてしまって」

「ああ。錬金術師さんはコレ気になるらしいね。俺はアイリスとは違って風の精霊シルフの守護を頂いているだけだから、風の魔術をあんな風に使えるのはこれのおかげなんだよ」

風の精霊シルフの守護……ですか?」


 契約はしていないけど守護を頂けるのは……ちょっと珍しいと思う。それにこんな見事な腕輪も持ってるって、レッテリオさんてもしかして――?

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