第35話 回復ティータイム

「どれにしようかな〜」


 戸棚に並んでいるのはいくつかのお茶。先日、王都へ旅立ったペネロープ先生が揃えたお茶だ。全て使いかけの茶葉だけど、お茶は安くはないので置いていってくれたのは有難い。


 柑橘の香りがついたアルグーレ、瑞々しい香りのダージャ、さっぱりとしたジャスミン茶。ビスコッティと楽しむならミルクティーにするのも良いかもしれない。


「んー……ウッバもいいけど……どっしりとしたアルサムにしようかな」


 私は薬缶ケトルでお湯を沸かし、まずはカップに少し注いで温める。それからミルクパンにもお湯を入れ、茶葉を入れて一煮立ち。そしたらミルクを入れてじっとタイミングを待つ。沸騰する少し手前、鍋の縁に泡が出てきた焦がさない程度で火を止める。

 ミルクティーはこうして淹れた方が味にコクが出て、私は好き。あ、お砂糖はあとでお好みでだ。


「うーん……いい香り! こんな風にお茶を淹れるのなんか久しぶりだな」


 一人になってからは調合に熱中してしまったり、食事を確保することに忙しくて、ゆっくりとお茶を飲むことなんて忘れてしまっていた気がする。

 気付いていなかったけど、きっと思っていた以上に余裕がなかったんだな……と今になって思う。


 茶こしを使ってカップへ注ぎ、残りはティーポットへ。そして今日の主役、ビスコッティは一人一個ずつで良いだろう。お茶の時間には少し早いしまだそんなにお腹は空いていない。

 とりあえずの味見と効果見だしね!


「あとは……蜂蜜でいいかな」


 余裕があれば色々用意したいところだけど、今日はあるもので。それに携帯食としてのビスコッティをお試しするのなら、ミルクティーに浸して食べてみるのが良いだろう。




「あっ、おいしい」


 カリ、サクッとひと口かじると、思わずそんな声がこぼれた。

 冷ましたが焼き立てであるビスコッティはカリカリサクサク。思いつきで入れた胡桃も、香ばしい香りとビスコッティとは違うコリッとした食感も良い。


「ほんとに苦くないにゃね。むしろなんにゃろ……んー……」

「ンン〜〜……あまい〜?」


 こてん、こてん? と、ルルススくんとイグニスが首を傾げもうひと口、ふた口。


「にゃんか美味しい苦味とほのかな甘みがあって……薬草を使ってるのにこんにゃに美味しいもの初めて食べたにゃ」

「ミルクティーにひたして食べるともっと甘くなるね〜!」


 うん。ルルススくんの言う通り……これは何だっけ……。


「あ、抹茶に似てるんだ」

「抹茶? ルルススは飲んだことにゃいけど、王都でなかなか良いお値段で売ってるのを見たにゃ」

「え〜〜あれそんなに高いの〜? ペネロープ先生がたまぁにシャシャシャッてやってたやつだよねぇ?」

「そうそう、それ。最近製法が伝わってきたみたいでね、ごく一部のお茶屋さんで作ってるみたい」


 サクリ。

 もうひと口食べて、やっぱり思う。一度だけ飲ませてもらった『抹茶』だこれ。

 もちろんお茶の葉ではない薬草だから、薬草の香りはするのだけど……苦味取りをしたせいかあの独特の苦味と言うより、えぐみが無い。心地よい苦味は残っているのだ。だからこそ、その中にある甘みを感じる。


 コリッとした胡桃をかじり、ミルクティーを飲む。


「あ〜〜……これ、すごくいいかも。おいし〜〜」


 なんだかもの凄く、じんわりと身体に染み渡る。


「アイリス〜これただの『ポーション』ってより〜『中級ポーション』だよねぇ〜? ぼくすっごく回復しちゃった気がするよぉ〜?」

「え」

「ン〜〜……魔力も〜けっこうもどってきてる〜!」

「えっ」


『中級ポーション』……? それに魔力も?

 私はポカポカと温もる身体に集中し、体力と魔力、疲労感なんかも確認してみる。


「確かに……魔力もかなり……て言うかほぼパン焼いてただけなのに魔力……? 使ってたの……?」


 なんでだ? 普通は料理で魔力は消費しない。それからこの『ポーションビスコッティ(中)』も……どうして普通の『ポーション』程度の効果でなく『中級ポーション』レベルになって、更に魔力の回復までしてしまうなんて……?


 混ぜ込んだ薬草は『ポーション』レベルのものだったし、『中級ポーション』になるには私の錬成レベルが足りて無いはず。

 それから魔力の回復――これは魔力回復ポーション(魔ポって私は呼んでる)の素材である『星屑草ホシクズソウ』も混ぜたからなのだろうか?


 でも、混ぜ込んだからって普通は『ポーション』に『魔力回復』の効果は付かない。特別な処理が必要なのだ。

『ポーション』と『魔力回復』の効果を併せ持つものを錬成できるのは、イリーナ先生やペネロープ先生のような研究員など高位の錬金術師たちだけ。

『レシピ』は知っていても私はまだ成功したことのない、高度な錬成技術のはず。


「このビスコッティ……どうして?」


「……これ、んにゃよね」


「え?」


 ルルススくんがボソッと言った。


「これは美味しいのにゃ。だから普通以上の効果がでてもふしぎにゃにゃいと思うのにゃ」


 


「……なる……ほど?」


 一理あるかもしれない。

 熟練の術師や強い精霊なら、錬成によってその素材が持つ以上の効果を引き出せることがある。

 どうしてか私とイグニスのパン作りは、『ポーション効果』を引き出そうとした為に単純な料理ではなく『錬成』になった。そして「料理スキルが上がった」と言っていたイグニスの力に加え、今回は私も無意識に魔力を込めてパンを作っていた。


「……だから素材以上、腕以上の効果を錬成でき……た?」


 いや。錬成は性質や形は変えるけど、基本的にその物質が持つ質量は変わらない。ポーション効果を得るにはそれに応じた質量の薬草が要る。一斤分のパンを作るのに必要な小麦粉の量が決まっているのと同じだ。


「――あ」


 もしかして。


『ポーション効果』に必要な薬草と『パン』を作るのに必要な小麦粉。『ポーション』と『パン(ビスコッティ)』この二つを練り上げるのに私とイグニスが魔力を使った。


 二つを二人で。


「……相乗効果? とか?」


 こんな『相乗効果』なんてあるのだろうか?

 精霊との相性もあるし、確かに得意なものは質が良くなったりもする。


「……まあ、あり得る……のかな? 思いっきり仮定だし、ただの想像だけど――」


『ポーション』を作るために『パン』という形を取るという二重の錬成、それから私とイグニスの二倍の魔力により素材の質が上昇……倍々になって、錬成結果の効果が上がったとか?


「ミラクル……」


 更なる仮定というか想像でしかなさすぎるけど、『ポーションの素材』を主にした食べ物は質や効果が上がる……のか、な……?


 薬草をちょっと混ぜた『蜂蜜ダイス』はただのポーションか、低レベルなポーション効果だった。だけど様々な薬草をゴッソリまぜた『薬草ビスコッティ』は中級ポーションと言ってもいい、普通よりも高レベルなポーション効果が出た。

 更についでに入れてみた『星屑草』のおかげで『魔力回復』効果も付加された……ってとこだろうか。


「来年の錬金術師昇任試験……『ポーション効果のある食べ物』で研究レポート出そうと思っていたけど……これ、検証がものすごく大変な気がする……」


 だってもうほんと――。


「おいしくってミラクルだね〜〜!」

「美味しいはミラクルにゃ!」


 サクサクカリカリ。

 回復の音はしあわせな音でした……。

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