第34話 味見の幸せ〜田舎風パンと、野菜とチーズのキューブパン〜

 はむっ。パクリ。


 口に入れた瞬間、ぱあぁっと輝いた二人の瞳が可愛くて仕方がない。ルルススくんは猫舌なんだから、まだ少し熱いんじゃないかと思うのだけど、この芳しい匂いに我慢ができないようだ。


 そして私も。二人の様子に微笑みつつひと口ぱくり。


 サクッ。……フワッ。


「あー……美味しい!」


 焼きたてのパンはフワフワで、だけど外皮はパリッとサクッとしていて、冷めてからの歯ごたえはまだ無いけれどこの今だけの軽めの食感が心地良い。

 それから次いでくるフワッとした中側の食感。じんわり温かくてしっとりとしていて……ああ、こちら側も今だけ食感だ。

 もう少し時間が経てばこのしっとり感はモッチリ感に変化する。あのモッチリ感も好きだけど、焼きたてのしっとりとした感じも舌に楽しい。


「ンン〜……このパン〜なんだかちょっと甘いねぇ!」


 イグニスが小さな口でパンを噛みちぎり、その甘味を味わうようにゆっくり食べている。


「うん。ほんと……噛んでるとなんか……ほのかな甘み? 香り? が鼻に抜けてくる……」


 砂糖はほんの少しだ。こんな甘味を感じるほどでは――。


「あ、もしかして『兎花の酵母』?」


「そうにゃよ〜! 兎花の蜜の味と花の香りにゃね。この時期のものは酵母にしても香りが強いからオススメにゃんにゃ」

「こんなに良い香りがするんだ……。蜜の甘味まで感じるとは思ってなかった」

「だから酵母作りは面白いにゃ! ルルススは今まで季節ごとに色んなもので作って、パン屋さんに売って食べさせてもらってたんにゃよ」

「へぇ……。じゃあしばらくは私とイグニスがルルススくんのパンを焼くからね! 夏の酵母も秋の酵母も、どんなものが作れるか楽しみ!」

「ぼく〜! 酵母も作るからねぇ〜〜!」


 ぱくん。


「みんなで作ろうにゃ!」


 そう言って最後のひと口を食べたルルススくんはとても名残惜しそう。きっとまだ食べ足りないのだろう。私だって同じだからよくわかる。――が。


「二人とも、こっちも味見するよね?」


 お楽しみはまだあるのだ!

 もう一つのパン。長方形の型に入った『野菜とチーズのパンキューブ』

 ミトンをはめた手で型を持ち、取り出す。ああ、形は違うけどこっちも同じいい匂い! 香ばしくて……近づくとちょっと、炒めた玉葱のバターの匂いも感じる。


 さて。混ぜ込んだ野菜とチーズはどんな具合だろう? 満遍なく上手く混ざっていれば良いのだけど。

 私は『キューブパン』にすべく、型から出した長方形のパンを掌に乗るくらいの四角形に切り分ける。型に入れて焼いたので、上部は平らではなくちょっと膨らんだアーチ型だ。このままでも別に良いのだけど、今回は『味見』という楽しみがあるのだ!


「上の部分を削ぐように切って……と」


 そして切り分ければ五つの『キューブパン』の出来上がりだ! 真四角になったので探索時の収納的にも無駄がない。


「よし! こっちの中身も良い感じだね」

「チーズがトロッとにゃってるにゃね……クンクン」

「くふふ……おいしそう〜! ねぇアイリス〜これ食べていい〜?」


 削ぎ落とした部分を指差すイグニスは、クンクンクンクン匂いを嗅ぎすぎてその小さな小さな鼻の穴が面白いことになっていてやっぱり可愛い。


「うん! 味見をどーぞ!」


「やた〜!」

「いただきにゃーす!」


 サクッとフワッ。ひと口食べればさっきと同じ食感と兎花の甘い香り。それから広がるバター。しっとりとした玉葱に染み込んでいてパンと食べると美味しさが倍になる。

 ふた口めには、まだトロけて温かいチーズと彩人参の控え目な甘み。人参はちょっと固めに茹でておいたので、もちっとしたパンとの歯ごたえの対比が舌を楽しませてくれている。


 これだけで食事として成り立たせるのなら……と、食感と味(栄養分もだけど)を楽しめるよう、固茹での人参やベーコン屑も入れてみて正解だった。玉葱をバターで炒めたのも良かった。程よいしっとり感が加わっていて、パンだけでも食べやすい。

 迷宮ダンジョンや遠征では十分な水がいつでもあるとは限らないから、保存の面をクリアできるのならこういうパンは良いと思う。


「ン〜! このパンおいしいねぇ〜〜!」

「バターが染みてるしベーコンもチーズもいいにゃね! こんなパン今までにゃかったから売れそうにゃあ!」

「ほんと? ルルススくんが言うならレッテリオさんたちも喜んでくれるかな?」

「おなかにもたまりそうだし〜レッくんも好きなんじゃないかな〜?」


 味は合格のようでホッとする。「おなかにもたまる」というのも良さそうだ。


 それからもう一つ大切なこと。


「…………じんわり……温かくなる、ね?」


 私は掌を握ったり開いたり、捏ねの作業で疲れた腕と肩を軽く回してみる。


「うん……。怠さが取れてる」


「……んにゃ? どういうことにゃ?」

「ルルススはかんじない〜? ぼくとアイリスのパンはたべると元気になるんだよ〜!」

「んにゃ!? にゃにそれ!?」


 ルルススくんの口からかじりついていたキューブパンの欠けらがポロリ。


「さっきの丸い方もだよ? 薬効もある彩人参が入ってる分こっちの方がちょっとだけ効果があるかもだけど」


 やっぱり、イグニスに手伝ってもらって作った食べ物にはポーション効果が付く。

 体力だとか魔力の数値は目に見えないものだから、正確な回復量は分からないけど、少なくとも体感出来る程度の効果はあるようだ。


「んにゃ? じゃあ薬草をたくさん入れたビスコッティは……?」

「――どうでしょう?」


 私はニヤッと笑う。


「アイリス! はやく! 早く! ビスコッティでお茶にするにゃ!」

「ふふっ! ルルススくんってば食べたがりだね〜」


 フフッと笑みがこぼれる。

 きっと食べたがりなのはイグニスで、ルルススくんは『商人』としての好奇心なのだろう。


「じゃあお茶いれてくるから、二人はここ片付けてくれるかな? パンにはふわっと保存紙ラップをかけておいてね」


 パンを包むのはお茶の後でにしよう。

 まずはポーション効果の検証――と言うより、お手伝いをしてくれた二人を労うお茶の時間だ!

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