第28話 酵母ともふもふ
「それで、にゃんでパンを焼きたいにゃか? 街は近くにあるにゃ。普通は買うんにゃない?」
『熱いフラの花』とキラキラ光る紅い魔石――イグニス特性の魔結晶石(イグニスの魔力を固めた結晶。魔力の強い精霊のみできる)を交換したルルススくんが聞く。
「うーん……と、ちゃんと話すと長いんだけど、今日のパン焼き理由は携帯食とお弁当を作る為」
とっとっとっとっ。
私より歩幅の小さなルルススくんが小走りで隣に並ぶ。足音がいちいち可愛い。
「ふぅん…… にゃんか、変わった錬金術師にゃね? 最近の錬金術師ってパンも練成するんにゃか?」
ルルススが不思議そうに首をひねり耳を掻く。
「そうなんだよ〜アイリスは変わった錬金術師だから〜ぼくにお料理ばっかさせるんだよね〜」
「へー……。おねーさん、パン屋さんになるんにゃ? パン焼きの器材はあるにゃか? あっ錬金術の機材の買取もできるにゃよ!」
「いやいや、ならないから! ちゃんと錬金術師を目指す過程としてのパン焼きなんだから!」
「にゃっ? おねーさん
ルルススくんの耳がピッと立った。
「えっ……そうだけど……。見習いだとルルススくんの商品は売ってもらえない? もしかして……」
その可能性は大いにある。
だって、基本的にケットシーは気ままで気まぐれ、自分の価値観で生きている。そしてこのルルススは、自分の好きなものを集め、いっぱいになったら売っているのだ。
言わばそれは、自分の宝物を分けるということ。
きっと、大事にしてくれるとか無駄にしないとか、ルルススくんは商人として『物の目利き』と共に『人の目利き』もしているのではないかと思うのだ。
だから……
「んー……」
ルルススくんは私をじっと見つめる。
「工房に行ってから決めてもいいにゃか? 」
ルルススくんの瞳はとても綺麗なマスカットグリーン。キラキラしたグリーンの奥に琥珀色が潜んでいて、深みを感じさせている。
しかしそのキラキラ。何か企んで? いない??
「はい! お眼鏡に叶えば良いんだけど!」
◆
「うん! いい工房にゃね! 森も良いし、
「えっ!?」
「んえ〜〜?」
私とイグニスの声が驚きの声が重なった。
「ふんふん、すんすん」
ルルススくんは工房のあちこちを見回り匂いを嗅いでいる。そこ、見る必要あるかな? という机の下や戸棚の上まで確認し、謎の隙間や空き箱に頭を突っ込んではホコリでくしゃみをしている。
「あの……ルルススくん? 住むって……?」
私は酵母と、あわよくば珍しい素材を売ってもらおうと工房まで来てもらっただけで、物件案内をしたわけではないはずだ。
「あ、定住はしないにゃ! ルルススは風のような行商人にゃから、しばらく採取を楽しんだらまた旅に出るつもりにゃ!」
いや、モフモフの胸を張ってるけどそこじゃない。
「にゃにゃ、ところでおねーさんの名前を教えてほしいにゃ」
「ああ、アイリスです。ルルススくんは……男の子であってる?」
「あってる! 立派な男の子にゃよ」
「えっと……それでね――」
私はこの工房のこと、見習い錬金術師として修行をしていること、試験があること、生活費も稼がなければいけないこと、それから明日は迷宮へ行くと簡単に話した。
「だからね、突然ここに住むって言われても、ここはイリーナ先生から貸し出されているだけだし、明日は一日留守にするし……」
「……アイリスは明日以降もまた迷宮に行くにゃか? 日帰り? お泊り? 」
「えっ? んー……そのうちお泊りで行きたいなぁと思ってるけど……」
まずは明日のお試し迷宮探索で私がどの程度付いていけるか……いや、どの程度足手まといになるかを見てみないと何とも言えない。
しかし森での採取も、例えば夜だけに咲く花や洞窟の奥が目的だと一晩過ごすこともある。この森だから安全に野営できるのが有難いのだ。
「うん。じゃあやっぱりルルススが必要にゃ! アイリスとイグニスが居なくなったら誰が酵母の管理をするにゃか? その他の素材も育成してたり熟成させてるものもあるんにゃない?」
言われてハッとした。
確かに……酵母は生き物だ。使いかけなら『状態保持』の保管庫に突っ込んでもいいけど、育てている酵母はそうはいかない。温度管理や
うーん……。毎日パンを焼くわけでは――あるかもしれない。明日持っていくお試し携帯食がレッテリオさんに認められれば、騎士団へ卸すことになるのだ。
それに素材の管理もだ。
これも酵母と一緒で、保管庫に入れておけば劣化はしないけど、熟成が必要なものもあるし、育成や栽培が必要なものもある。
まぁ……育成途中のまま保管庫に入れてもいいけど……様々あるし容量足りるかな……。
今まで素材の管理は先生が中心となり当番制でやっていた。当番が回ってくるのは週に一回程度。
これからは採取に行くにも、もっとスケジュール管理が必要だ。
「うっかりし過ぎてた……」
はぁ。と、自分に向けて失望の溜息を吐いてしまう。
「どうしたにゃ? 落ち込んだ?」
「うん……ちょっと、本当に私ってボンヤリだなぁって……」
ちょっと考えれば当たり前のことばかりだ。
それなのに問題が起こるか人に言われるまで気づかないとは……。
ルルススがカウンターに登り、項垂れる私の顔を覗き込む。とても可愛いまるい目だ。
「もう落ち込み終わった?」
「え?」
「落ち込んだら次は浮上するだけにゃよ。失敗は成功のもとってほんとにゃと思うにゃ。ルルススもいっぱい失敗と成功をしたのにゃ!」
ぽふぽふ。と、ルルススくんは柔らかい肉球の手で私の頭を撫でた。
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