第27話 熱いフラの花

 とすとす、とすとす。


 私の少し後ろ。柔らかい肉球(大)が森の下草を踏み歩く音がする。


「ねぇ〜アイリスぅ〜? ほんと〜に工房に連れてくの〜? 契約するつもりぃ〜……?」


 肩に乗るイグニスが耳元に背伸びして、ポソポソと問いかける。


「契約はしないよ。ルルススくんの持ち物を売ってもらうだけ。と言うか契約はできないよ? だってケットシーは精霊じゃないんだから」


 そうなのだ。ケットシーは精霊でなく、妖精と呼ばれる種族。


 精霊は司る力から生まれる存在で、妖精は魔物や動物に近い。精霊よりも気まぐれでよく分からない種族で、人間が勝手に『魔物ではなく精霊ではない種族』をまとめて妖精と呼んでいる。彼らは良い意味でも悪い意味でも『我が侭』なので抗議などはしない。


 そして、妖精や精霊の中で一番人の近くに存在しているのが『ケットシー』だ。

 姿は猫。ただ大きい。精霊とは違いその毛色や柄は普通の猫と同じく様々だが、総じて穏やかで気まま、気まぐれな者が多い。


 このルルススくんのように行商人をしているケットシーも珍しくはない。良くも悪くも『我が儘』な彼らは、やりたいことをやる。


 だから旅が好きなら旅人に、更に歌が好きなら旅する吟遊詩人に。キラキラ光る宝石が好きなら宝石商、美味しい匂いと味が大好きで開いたのはレストラン。


 そして――ルルススくん。


 森を冒険して心惹かれたあらゆる植物、果実、石、その他もろもろ。それらを集めて売るのが趣味らしい。


「集めてばかりだと持ちきれなくなるにゃ。売ればができて、また新しく集められるのにゃ!」


 なるほど。だから行商人。

 ケットシーとは人とも動物とも、精霊とも違う生き物なのだなぁ……と納得してしまう。



「契約精霊にならないのはわかってるけど〜……」


 イグニスは何か言いたそうに、しかしその可愛い口を閉じる。


「……」


 チラッと見ると、なんだかちょっと目がつり上がっているような、ジト目のような。

 ……もしかして、自分が起こせなかった酵母をあっさり持っていたルルススくんが気に入らないのだろうか?


 えっ。もしかしてこれは、イグニスはじめてのヤキモチ? ずっといい子で素直で優しいイグニスが、嫉妬してる!?


「……イグニスは私と一緒に迷宮に行ってくれるでしょう?」

「もちろんだよ〜!」


「パンも一緒に作ってくれるよね?」

「あたりまえだよ〜!」


「やっぱり、イグニスは頼りになる私の契約精霊だよ」


 そう素直に本音を伝えた。

 するとイグニスは、パチパチっとつぶらな瞳をまたたき「きゅ……」と鳴き声のようなふしぎな声を零す。


「くふふ……アイリス〜耳が赤いよ〜?」

「そういうイグニスだって……いつもより余計に赤いんじゃない?」


 イグニスの体は素敵な紅色なのだ。



「ねぇねぇ? ところでおねーさんは錬金術師にゃよね? なんでパンを焼きたいにゃ? あと……肩の炎の精霊さん」


 呼びかけられたイグニスが、パッと二本脚で立ち上がる。


「……な〜にぃ〜?」

「欲しいものはにゃい? サラマンダーが好きな『閉じ込めた溶岩石』とか『熱いフラの花』にゃんかもあるにゃよ!」


 ルルススくんはキラキラとした瞳でイグニスを見上げ、そのふしぎなバッグから商品をチラッと出して見せた。

 見習い錬金術師の私としては、ルルススくんの持つこの便利そうな斜めがけバッグに心惹かれてしまう。一体どんな魔術が施されているのか……。

 他人の魔術にアレコレ踏み込むのは失礼なことなので、ルルススくんが教えてくれる気まぐれを起こすのを期待しておこう。


 ちなみに『閉じ込めた溶岩石』というのは、冷えて固まったあとの溶岩石ではなく、あの熱い溶岩を特殊なで包み固めた岩石状のもの。『熱いフラの花』は火山帯に咲くという溶岩のような色をした花だ。これには魔力を注ぐと発火するという特徴がある。


 もし珍しい植物でなければ、火の魔石の代わりにお手軽な焚き付けとして普及していたに違いない。

 私の故郷でも、昔から何度か栽培をしようと試みたけど、その度に失敗したと聞いている。


 『熱いフラの花』が自生もしている温泉が湧く火山帯でも栽培ができないなんて、一体なにが良くないのか。我が最初の師匠であるガルゴール爺も何年も研究を続けている謎の花だ。


「この『熱いフラの花』ってこの辺にはないんにゃないかにゃ? あっ、よかったらひとつ味見してみるにゃか?」


「えっ……い、いいのぉ〜〜!?」

「高い買い物は試食しにゃいとね!」

「ええ〜〜うれしいなぁ〜〜!」


 こうして、何となく反発していたイグニスは、商売上手世渡り上手なルルススくんにスルリと陥落したのであった……。




「『熱いフラの花』ってサラマンダーのオヤツだったんだ……」


 知らなかった。そんなこと図鑑に書いてない。それに、イグニスがこんなに喜ぶということは……。


「甘味……なの?」


「そうらしいにゃよ」

「溶岩は甘〜くてトロけるんだよぉ〜!」


 なんと。知らなかった新事実が発覚してしまった。残念ながら私はただの見習い錬金術師だから学会に発表! なんてできないので、とりあえず『レシピ』の中にあるオリジナル図録に書き込んでおこう。


【溶岩は甘い(サラマンダーに限る)】と。

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