第25話 ベーコンとチーズのメイプルシロップがけクレープ
瞼の裏でうっすらと、昨日とは違ういつもの鐘の音が聞こえる。
カーン、カーン、カーン……と六回。ああ、朝六刻の鐘だ。
街の鐘は、毎日一刻ごとに鳴らされている。貴族や高位の錬金術師なんかは時計を持っているけど、まだ一般にはそれ程普及していないので時計代わりだ。
「ん〜……起きなきゃ……今日はやることいっぱいある……」
私はノロノロと起き出し、ベッドの上で猫のような伸びをした。
「さって、やりますか!」
顔を洗ってまずは朝ごはんだ! 今日は採取に行って明日の迷宮のためのお弁当と携帯食を作らなければ。
「朝ごはんは〜……んー……やる事いっぱいあるしささっと食べて早く出かけないと……な!」
食料保管庫を開けて
「それから今日のお楽しみ……メイプルシロップ!」
ふふ。昨日見つけてどうしても欲しくて極小の瓶のものを買ってしまった。チーズとベーコンと合わせれば甘じょっぱさが最高なのだ!
「ん? 私とイグニスの熟練度を上げるためにもイグニスにお願いした方が良いのかな……? もしかして?」
魔石を買えたので自分の食事は基本コンロは魔石で……と思ったけど、とっておきのメイプルシロップはイグニスにも食べてもらいたいし――。
「イグニス〜!」
「も〜アイリス〜! もっと早く呼んでいいのにぃ〜!」
「でも最近頼りすぎでしょう? イグニス疲れてないかなって……」
するとイグニスは「んん〜」と口を真横に引いてカパッと開き言う。
「あのね~ぼくアイリスも頼られるのも好きだから~ずっとここにいたいんだ〜……ねぇ~アイリスわかるぅ~?」
かわいい。なんて可愛いくて優しい精霊なんだろう……イグニス。
「うん。私もずっとイグニスと一緒にいたいよ」
「じゃあ~ぼく人の世に~ずっと顕現しててい~い~?」
「ん?」
どういうこと??
「ずっとここにいて~アイリスと一緒に暮らすよ〜! だからごはん作りは~ぼくにも作らせてねぇ〜!」
精霊って……ずっと顕現させてるのって……できる、の? えっ、屑魔石で足りる? 私の魔力は?
精霊は元を正せば魔素の塊だ。イグニスのように形作るのも、姿を現すのにも魔力が必要となる。だから契約者は、精霊を呼び出す度に屑魔石のと自身の魔力を捧げるのだ。
「イグニス、ずっとここにって……私の魔力で足りる……?」
「ん〜? だいじょーぶだよ~! ぼくアイリスのごはんからたくさん貰えるから〜!」
ペロッと。イグニスはとっておきのメイプルシロップの蓋を開けひと舐め。あま〜い! と喜んでいる。
そっか……そんなことが可能なんだ……? 聞いたことはないけど、まあイグニスみたいな姿のサラマンダーも聞いたことなかったしそんな事もあるのかもしれない。
ずっと独り言よりイグニスと会話しながらの生活の方が楽しいだろうし、なんでもいいや。
「うん! これから一緒に暮らそうね。じゃあイグニス、早速だけと火をお願いします!」
「は〜い! クレープ〜!」
まずはベーコンをカリカリになるまで焼く。そしたら一度お皿に移して、ペーパーでフライパンを拭いてからバターを溶かす。生地を流し、バターと混ぜるようにして広げてやる。薄いのですぐ火が通ってしまうので目を離さずササッとだ。
固まりつつある生地の上に薄くスライスしたチーズを乗せて、
「具を包むように……っと」
生地の端を摘んで畳み込む。おっと、早くしないと生地を焼きすぎてしまいそう。
「よっ……と! お皿に移してメイプルシロップをかけて〜……『カリカリベーコンチーズのメイプルシロップかけクレープ』できあがり〜!」
うん、長い!
「チーズとベーコンとメイプルシロップの甘じょっぱさ……最高〜!」
「おいし~い〜!!」
さてさて。朝ごはんを終えたら手早く採取の準備をして出発だ。
「ね〜アイリス~? 明日のお弁当は何にするの~? どんなパン焼く〜?」
初めて一緒に森へ行くイグニスはなんだかご機嫌だ。窓から森を見て、尻尾をフリフリ、鼻をヒクヒク。なんだかソワソワと辺りを見回している。
「んー……まだ何にするか決めてないんだけど……パンもどうしようかなぁ」
そう。またもや実はパンがない。
『パンがなければ焼けばいい!』なのだけど、問題が一つある。
「酵母がなぁ……」
パンは売っていても酵母は売っていない。お店でも家庭でも、酵母は手作りだ。
「今すぐには作れないし……イグニス、酵母って作れそう?」
「ん~……もう少しお料理べんきょうしないとむずかしいなぁ……? 焼くのは得意だけどぉ……」
んんー……と、小さな手で頰をペタペタ。考えている仕草のようだ。
悩んでるのにこう言うのは申し訳ないけど……でも、かわいいなあ!
「そうだよね。私も実家で手伝ったくらいだからよく分からないし……」
パン作りのため、酵母を作るなら森の植物を使った方が良いだろうとは思う。
新鮮だし魔素も高いし、何より流通されてる果実より自然に近いから酵母がたくさん付いてる筈だ。
「……森のタワーに行ってみようかなぁ」
先生の力でこの森に息づいている精霊は、工房のために力を貸してくれている。素材豊富な森なのもそのためだ。
「反則だけど……森の中の酵母集めてくれないかなぁ」
「ん〜〜どうかなぁ〜? でもお願いしてみるのはいいと思うよ〜!」
うん、ダメ元で行ってみよう!
私はイグニスにお願いして瓶を煮沸し、酵母を作れる用意をしてリュックに入れた。
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