第24話 ヴェネトスの街 ⑪ 〜買い出し終了〜
「あ、アイリス。買い取りはしてもらえた?」
「はい。でも安かったです……。はぁ……レッテリオさん、お安い食料品店と雑貨店教えてください」
入口へしょんぼり顔で戻ると、レッテリオさんは「ああ、やっぱり」と苦笑で答える。
「今日はこれだけ一気に人も物も入って来たからね。ちょっと遅くなっちゃったし店も品薄になってるかもな……」
「やっぱりそうですよね〜」
小売店には人が殺到しているだろうけど、きっと元々が品薄。
だから買取は安くても――。
「あ〜……高くなってるかなぁ」
「そうだねぇ。軽く見たけど……必需品は高くなってるかな。しばらくは物価も治安も不安定そうだね」
「ああ、治安も」
「うん。俺は明後日まで休みで良かったな。警備隊は忙しそう」
レッテリオさんはフフと笑う。
笑ってていいのか、騎士さん。副隊長さん!
――まぁ、迷宮探索隊だからあんまり関係ないのかな。
さて。それから市場を回って(本当なら朝から午前中が一番良いのだけど、午後は午後便の品がある。今日は品薄だったけど)少し高いけれど、足りない物を買いに大通りの店も回った。
「……お財布が寂しい」
軽くなった財布とまだまだ物が入るリュックを背負い、溜息を吐いた。
商業ギルドでの買取が安かったこと、物価が上がってたこと、そして持参していたお金が少なかったことが原因だ。いつもなら足りていたはずなのだけど、今日ばかりは仕方がない。
買えた食料品は、小麦粉、塩、砂糖、オリーブオイル、チーズとバター、牛乳、卵、森では採れない種類の玉葱、肉と魚、それから商業ギルドで香辛料を少し。
食料品も生活雑貨も、工房で作れない物、森で採取できない物を優先的に買った。本当ならまとめ買いをしたかったのだけど、どれもこれも高くてとてもじゃないけど無理だった。なのでとりあえずの一週間分だ。
ただ今回は、明後日の『お試し迷宮探索』があるのでそれを考えると……三日分か……四日分かなぁ? オリーブオイルは西部地方の特産なのでそんなに高騰してなかったけど、壁外からしか入ってこない生鮮品は高かった。特に牛乳! 中瓶一本がやっとだった。
「俺は街住みだし外食ばかりだからいいけど……アイリス、本当にパンは買わなくてよかったの?」
「よくはなかったんですけど……まぁ、仕方ないかなって」
そう。パンは買えなかったのだ。
閉門のおかげで材料不足……からの急な材料供給、そして殺到するお客。
壁外の村やお屋敷ではパンは家々で作るのが一般的だが、街ではパン屋で買うのが多い。工房でも二日毎の配達をお願いしていた。
「あの行列じゃ無理ですもん〜他の物が買えなくなっちゃいます」
「まあね……。今晩食べるものはあるの? 何か買っていく?」
「あ、大丈夫です! 小麦粉も卵もあるから何かしら作れるだろうし、お昼たくさん食べましたしね!」
「それならいいけど……」
と、話しているうちに城門だ。
基本的に開門と閉門は、日の出と日の入りから一刻後となっている。今の時期だと閉門は夜八刻頃。まだ六刻半なので余裕はあるけど、明るいうちに工房まで戻るにはギリギリの時間だ。
ちなみにレッテリオさんは送ってくれると言ったのだけど、申し訳ないのでお断りした。だって仕事明けで直帰予定だったのに朝から一日中付き合わせて……更に送ってもらったらレッテリオさんはまた閉門までに急いで帰らなきゃならない訳で……。むり。
「また無茶をしないようにね?」
あっ、これはきっと二つの意味でだ。
『道草しないで帰りなさい』と『ごはんはちゃんと食べなさい』の。
「あ、はい。大人しくスライム狩りの準備します」
「……言い方。せめてスライム採取にしようよ……」
すみません。狩るのか楽しみで楽しみで……!! だってスライムが大量に手に入れば、保存紙だけでなく他にもアレコレ作れるんだもん! 早く! 狩りに行きたい!
「それじゃあ明後日。朝七刻に迎えに行くから
「はい! 美味しいお弁当作りますね!」
私はワザと『お弁当』と言った。
『ポーション蜂蜜ダイス』のような携帯食は勿論持って行くけど、味気ない携帯食の食事より『お弁当』の方が力も出るし、英気を養えると思うのだ。
――ひと工夫は必要だけど、かさばらなくて日持ちする美味しい『お弁当』を作ってあげたい。そして私も食べたい。
「レッテリオさん、今日はありがとうございました!」
それにしても今日の買取額は痛かった。何かもう少し、安定した収入源を模索しないと……。
「今日は諦めたけど、やっぱり採狩人ギルドに登録してコツコツ依頼をこなそうかなぁ」
意外と見習いでも錬金術師の需要はあるかもしれない。錬金術の需要はなかったとしても、森で採取したものを納品しても――。
「いいのかな……」
ボソと呟いた。
この森のものは、この工房での実習のために造られた。それなのに、それを生活のために売ってしまっても……良いのだろうか? 大きな意味では『工房』のためかもしれないけど……。
「……なにか、錬成したものを納品する依頼ならやってもいいかな」
うん。
やっぱり『工房の見習い錬金術師』としての最低限の筋は通したいし、守りたい。
「まぁでも……まだお金はあるけどもっとしっかり計画立てて使っていかないとダメだな……」
計画……。苦手だ……。
こう、人には向き不向きというものがあって……。
「ああ、伝説のお手伝い妖精さん……来てください……」
今度はそんな馬鹿なことを呟いた。
今夜は買い込んだ物を片付けたら、お風呂に入って、食事は残っている薄焼きパンとジャムで簡単に済ませてさっさと寝てしまおう。
「もうクタクタだし一度寝て頭と体をリセットしたい……」
何だか色々な事が一気にあった一日だった。
工房から先生と同期がいなくなって、一人になって――。
「レッテリオさん、『金の斧』のバルドさん、女将のカーラさん、商業ギルドのエマさん……。ふふ、お別れした三人より一人多い」
ふふっ。
新しい知り合いも一気に増えた。街にも一人で(レッテリオさんはいたけど)行ったし、明後日には迷宮でスライム狩りと採取が待っている。
イグニスの新しい力も分かったし、契約をした携帯食の作製と研究とレポートと……そうだ、畑も作っておきたいしパン焼きのために酵母も作りたい。
「う〜~ん! やることが沢山で今度こそ――ひとり実習が楽しみだ!」
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