第21話 ヴェネトスの街 ⑧ 〜ポーション蜂蜜ダイス〜
「これ『ポーション蜂蜜ダイス』かもしれません」
自分で言っていて『何を言ってるんだ?』感が否めない。
食べ物にポーションを混ぜる、食べ物に効果を付与する……という研究が行われた記録はだいぶ昔にある。
その結果『調理したもの(食事)に効果を付与するのは不可能』とされているのだ。(美味しいオヤツ感覚の
その定説が、ただの見習いの私に覆されただなんて!? なかなかに有り得ない。
私はカリッともう一口、蜂蜜ダイスをかじってみる。今度は黄色の包み紙の方。工房のみんなで作ったものだ。
「……うん。やっぱりこっちは普通の蜂蜜ダイスですね」
「アイリス、違いはイグニスだけなの?」
レッテリオさんは『ポーション蜂蜜ダイス』の意味が分かっているのかもしれない。真剣な顔だ。
「そう……だと思います。イグニスに力を貸してもらって作ったから――」
よーく思い出してみよう。
オイルトットゥにも日輪草を入れていた。
でも、ちょっとまって? 私が作るものは多かれ少なかれイグニスの力を借りている。それこそ薬だろうと食べ物だろうと――。
うーん……。でもそれだと、私は前からイグニスにお手伝いして貰ってるし、突然こんな効果が出た理由はやっぱり分からない。
「……ちょっと、落ち着いて考えていいですか?」
私はジッとこちらを窺う二人にそう言って、一人思考の海に潜った。
そもそもだ。
食べ物――食材の下ごしらえや料理をするために精霊の力を借りる人なんていないんじゃない?
居たとしても……たぶん極々少数だと思う。
まず、精霊と契約しているのは錬金術師や魔術師が圧倒的に多い。術を行使するのに有利になるからだ。
そして次に多いのが貴族。私も座学での知識しかないのだけど、貴族は総じて魔力が高いらしい。錬金術研究院や魔術師団に貴族が多いのはそういう事情もあるのかもしれない。
そして貴族には、『
これは代々『その家』の者に力を貸してくれる精霊で、契約した初代が気に入ったから、その家の魔力の質が好きだ、なんとなくずっと……などなど。精霊らしい理由で『家継精霊』となっているらしい。
ちなみにイリーナ先生の契約精霊も家継精霊の一種だという。
ただ、先生の家の精霊はちょっと面白い契約になっていて、どの精霊が付くのかは分からないらしいのだ。
どういうことかというと、普通の家継精霊は一人の精霊が代々力を貸してくれるのだけど、イリーナ先生の家では『
少し話が逸れたので元に戻そう。
そう。だから精霊と契約している者は多くはない。
一般の市井の人々にも魔力はあるが、精霊と契約できるほどの魔力量、質がない。それから何より、魔術師や錬金術師でない彼らには必要性がないので、精霊との契約しているのは術師か貴族がほとんどとなっている。
一般での魔力の使い道は、魔道具の起動や商業ギルドの登録証など、認証に使われている。
あれには登録者本人の情報が書き込まれているのだけど、その情報元と本人確認は魔力によって行われている。
魔力というのはそれぞれ違うそうで、鍵や通行許可証(どちらも高価なので公的機関が使うのが主だ)なんかにも利用されている。
「……レッテリオ、『イグニス』っていうのは何だ?」
カッフェを飲み、話を聞いていたバルドさんが小声で言った。考え込んでいる私に気遣ってくれたのだろうか。優しい。
「私の契約精霊です。バルドさん、彼にもちょっと話を聞いてみたいんですが……呼んでも良いですか?」
「精霊をか? ここじゃあ騒ぎになるだろう」
「ああ、いえ副長、他に人がいなければ問題ありません。そろそろランチ休憩にしても良い時間ですよね?」
バルドさんは「本当に大丈夫か? 精霊だろ?」と心配しつつ、残っていた客を追い出して表の扉に『休憩中』の札を下げた。
それにしても、大丈夫かってあんなに念押しするなんて……? この二人の知っている精霊ってどんな精霊さんなんだろう。騎士団付きの精霊なら……イグニスとは違って大きくて戦闘に向いてるタイプなのだろうけど……?
「じゃあ呼びますね。イグニス〜!」
屑魔石を手の平に乗せ名前を呼ぶ。すると現れる小さなサンショウウオ似のその姿。
「……これが、精霊?」
「副長、立派な
「レッくん。その人だぁれぇ~?」
イグニスはまた馬鹿にされたのか? と、あの可愛い丸い目をすこーしすがめてバルドさんを見上げる。
「失礼しました。お初にお目にかかります。『金の斧亭』店主のバルドと申します」
「……うん。ぼくはイグニス~。ここ、お料理屋さん~? アイリス、お肉はぁ〜?」
イグニスは小さな鼻をくんくんさせ、食堂に漂う肉の匂いを吸い込んでいる。さすが好物には目がない子!
それに一瞬ムッとしていた様子だってけど、イグニスはバルドさんのことはもう気にしていないようでホッとした。お肉様々だ!
「あのねイグニス、ちょっと聞きたいことがあって……」
「お肉ぅ〜?」
◆
「へぇ〜。ぼくの力が上がったのかな~?」
ムシャムシャ。むぐむぐ。
バルドさんにお願いして焼いてもらった丸鳥の炭火焼き(極小)を美味しそうに頬張りつつ、イグニスは答えた。
「そうなの? イグニスの力が上がってポーション効果が出たの……?」
炎の精霊なのに?
ポーションを作る時に力を借りる精霊としては、大地の精霊や水の精霊が多い。材料となる薬草や水を司る精霊だからだ。
だから、その精霊たちの力を借りて作ると効果が上がったり品質が上がることはよくある。
でも今回……パンやオイルトットゥ、蜂蜜ダイスの材料に『炎の力』が司るような素材は入っていない。確かに、素材を焼いたり乾燥させたり、そういったことにはイグニスの『炎の力』を使ったけど……。
「でもどうして急に? 私が一人になってからだよね?」
もぐムグぺろり。
「ん〜? アイリスが『お腹すいた!』って思ってたからじゃないかなぁ~? あと、ぼくのお料理スキルが上がったんだと思うよ〜!」
「お腹すいた……?」
「炎の精霊に……お料理スキル……?」
騎士と元騎士は『理解不能』という顔でイグニスと私を見やる。
やめて。そんな目で見ないで。私だってよく分からないんです……!!
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