第20話 ヴェネトスの街 ⑦ 〜蜂蜜ダイス〜
「えっ、ああ、はい」
ギルドのお姉さんにあげた携帯食のこと……?
あれは材料がなかったからあり合わせで作ったけど、ちゃんと材料を揃えて作れば、普通の携帯食より栄養価も腹持ちも良い、所謂『錬金術師の携帯食』になるものだ。
とはいえ、その味は保証付き。美味しくない食事は楽しくないので、私はあり合わせの携帯食だって美味しくしたい派! いつも作りながら研究をしている。
「携帯食か……アレは美味いものじゃあないが……お嬢さんの携帯食はどんなものを?」
そう。よくある携帯食は美味しくないんだよね。
お手頃携帯食の定番としては――日持ちを一番に考えたガチガチのパン、脂臭いかパサパサか両極端の干し肉、トウモロコシの粉を溶かしたスープ、それからチーズ……これはご馳走感覚だ。
「はい。これです! あの、見た目は地味ですけど……よかったら」
どうぞ、とバルドさんに手渡す。ついでにレッテリオさんにもお裾分けだ。
私の『木の実の蜂蜜固め』――だと、なんだか可愛くないので『蜂蜜ダイス』と呼んでる――のだが、これは固めた木の実をサイコロ状に切り分け、一つずつ『蝋引き紙』で包んでいる。
飴玉のように小分けになっているので、行動中でも食べやすいのだ。私は主に森での採取中に小腹オヤツとして食べている。
「蜂蜜か……携帯食にするにはちょっと高いな」
「
二人はガサガサと包みを開けてひと口。ガリゴリという音が小気味良い。
うん、顎が丈夫そうです。さすが騎士と元騎士。噛み合わせ良くないと力も入らないもんね。
「どうですか? これは伝統のレシピに私の好きなものを入れて作ったんです。干し葡萄とか
ガリゴリ。ボリポリ。
「美味いな」
「……これ、何か特別なもの入ってる?」
レッテリオさんが低く呟いた。オイルトットゥ乗せパンを食べた時と似た、ちょっと不思議そうな顔を見せている。
「特別なものですか? うーん……工房の森で採取した材料が特別ならそうですけど……」
「そうじゃなくて、例えば体力回復のポーションとか……」
「いえ、それは入れてません。お料理に混ぜちゃうと何でか効果が飛んじゃうんですよ、ポーションって」
熱の加減なのかな? と思うけど、研究者ではないので仕組みはよく分からない。
「そっか……じゃあ何だろうな……? 美味しいせいかな……あ、生姜とか大蒜……。ハーブの効能?」
「ハーブは多少ですけど入れてますね。それから薬草の日輪草と、あと
「じゃあそれかなぁ……」
うーん? と、レッテリオさんは首を傾げ手首を回しさする。
「何か気になることがあるのか?」
「……彼女の携帯食……何だか、ちょっとおかしい気がするんです」
えっ。
おか、しい……? えっ……!?
その言葉を聞いて私はサーッと青ざめた。
お、おかしなものを、騎士さんと元騎士で金の戦斧鬼で料理人に食べさせてしまった……!? ギルドのお姉さんにも……っ!?
「おかしい? 随分と贅沢で美味い携帯食だとは思うが……何がおかしいんだ?」
バルドさんは、私がテーブルに出した『蜂蜜ダイス』を摘み上げる。見た目に変わったところはないはずだ。
「どこ……って言っても俺の曖昧な感覚なんですが……これ、体が温まりません? なんていうか、回復ポーション飲んだ時と似てる気がして……」
「そうか? うーん……感覚が鈍ったのか俺はなんとも感じないが……」
ポーション!? あ、だからさっき『ハーブの効能?』って言ったのか!
いやいや、でもそんなはずはない。だって普通の携帯食のはず。
私は慌てて『レシピ』を開く。
『蜂蜜ダイス』は元レシピにその時々でアレンジを加えて作っているけど、これは基本のレシピ通りに作った筈だ。今までにポーション効果が出たなんて、感じたことも聞いたこともない。
「――ん?」
待って。この『蜂蜜ダイス』はいつ作ったものだった?
重なっていたテーブルの蜂蜜ダイスを選り分ける。
いつもは黄色の蝋引き紙を使っていた。
――それは、先生たちがいた頃の
「レッテリオさん、バルドさん、包み紙を見せてください」
「包み紙?」
「はい」
バルドさんの手には黄色の紙。
そして、レッテリオさんの手の上には深い赤色の紙。
「赤色……」
いつもの包み紙は黄色だ。赤色の蝋引き紙は本当なら薬類に使うもので、携帯食には使わない。
だけど一人実習になってから黄色の紙が切れてしまい、誰も見てないしまぁいいか……とコッソリ使ってしまったものだ。
「何かわかった?」
黙り込む私にレッテリオさんが訊ねる。
「……ポーションのような効果を感じた原因は分かりませんが、ここに二種類の『蜂蜜ダイス』があるのは分かりました」
「どういうことだ?」
「はい。バルドさんが食べた『蜂蜜ダイス』は黄色の包み紙でした。これはまだ工房に講師の先生がいた頃、同期と三人で作ったものです。そしてレッテリオさんが食べた赤色の包み紙のものは、私がひとり実習になってから、精霊の力を借りて作ったものです」
そうだ。同期の仲間がいなくなって、一人で作るのも何だか淋しくてイグニスを呼び出した。そして一緒に……その力を借りて作った『蜂蜜ダイス』だ。
私はテーブル上の、黄色と赤の蜂蜜ダイスの包みを開ける。そして二つを並べた。
「どちらも見た目も内容物も同じです。違うのは『精霊』の力だけです」
レッテリオさんとバルドさんは僅かに目を見開く。
「……日輪草ってポーションの材料だったよね?」
「はい」
「それを入れるのは普通のことなのか?」
「はい。なくはないです。薬草ですが香り付けや防虫のために使ったりもします」
そして、二人は一番聞きたかっただろうことを口にする。
「精霊の力が加わるとポーション効果がでるものなのか?」
「いいえ、出ません」
――通常ならば、だ。
ハァーっと安堵なのか落胆なのか、期待はずれだったのか。そんな溜息が二人からこぼされる。
だけど私の考えが正しければ、もう一種類の溜息が出るかもしれない。
「――ただ、可能性ですが、精霊の力を借りて作った物は、品質が上がったり効果が高まったりすることがあります」
私は開いた赤色の包み、そちらの蜂蜜ダイスを摘み口の中へ放り込む。
口と舌で転がし体温で蜂蜜を溶かす。すると体の奥から徐々に感じるジンワリとした温もり。
とろける蜂蜜と一緒に、朝からの疲れが溶け出すようだ。
「これ『ポーション蜂蜜ダイス』かもしれません」
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