第22話 ヴェネトスの街 ⑨ 〜食べ物だけど大事です〜
「あのね~ぼくポーション類とお料理ばっかり作ってたでしょ〜? 慣れたし素材のこともよくわかったんだ〜」
イグニスは最後の一口をパクリと食べて、長い舌で口の周りをペロペロ舐めている。
「それと~アイリスが~……。ぼく~アイリスに栄養とって元気になってもらいたくて~がんばったんだよぉ〜。ねぇアイリス~? 作ったお料理……ダメだったぁ~?」
ペロペロ、ペロペロ。
口と手を舐めながら、イグニスは不安そうな瞳で私を見つめる。
――ああ、分かった。
全部イグニスのおかげで……私のせいだ。
私が炎の精霊であるイグニスに、素材の乾燥とお料理の手伝いばかりさせていたから……! イグニスの理解度と熟練度が上がってしまって、そこに契約者への想い(自分で言っていて恥ずかしい)が乗っかって『素材の力』を底上げしてしまったんだ。
それが有り得るのか、有り得ないことなのか。それは分からないけど現実、ここに『ポーション蜂蜜ダイス』がある。
冷静に考えなくても大事だと思うんだけど、まぁ……それがたまたま……『お料理』だっていうのが私たちらしくて緊張感とか大事感がなくなるんだけど……。
「ありがとう、イグニス」
私はイグニスを手に乗せて、その頭に額を擦り付ける。感謝を伝える仕草だ。
「イグニスのおかげで美味しいごはんが食べられたし、回復したし、助かったよ。ありがとう」
「……ん~! よかった〜〜! それじゃ、これからもがんばるね〜!」
◆
「――と、いうことみたいです」
有難いことに二杯目のカッフェをいただき、ひと息つけた。
「んん〜! おいし〜ね! カーラ」
「そう? じゃあコレ定番にしようか! 次はこっち食べてみて?」
「やた〜〜」
イグニスは店の女将――バルドさんの奥さん、カーラさんとデザートの試食をしている。
金の斧亭は肉料理が売りなので男性客が多いのだけど、カーラさんはバルドさんの不在日に女性客も獲得したい! と、デザートに挑戦しているらしい。
バルドさん……ちょくちょく狩りや迷宮に潜ってるらしく……。肉が売りの食堂……金の斧……なるほど……。
カーラさんの作った、パンケーキやプディングは朝食や軽食として良さそうだし、何よりふんわり漂ってくるその匂いが! たまらない!
そして、こんなに色々と一度に食べるのは初めてのイグニスは、尻尾をフリフリご機嫌だ。良かったね、イグニス!
「まぁ、お嬢さんの料理……携帯食で回復ができるのはすごいな」
「ですよね。回復ポーションの他にも付加効果が付くなら尚更……危険かな」
「……えっ!?」
レッテリオさんの思いもよらない言葉に声を上げてしまった。
危険? どうして? 食事で回復できるなら『迷宮産カッフェ』みたいで便利だと思うのだけど……?
そう。
先程いただいた『迷宮カッフェ』も微量ながら魔力を回復できる。言わば『魔力回復ポーション』だ。
しかしこれは自然のもの。薬草や毒消し草を煎じて飲むのと同じようなことだ。
対して私とイグニスの『ポーション蜂蜜ダイス』は人工的なもの。
食材と薬草などを混ぜた、『食べる』目的のものだ。調理した食用のものに付加効果が付いたものは聞いたことがない。
――ああ、そうか。
わたし、錬金術的に大変なものが出来た……! とは自覚していたけど、世間的に、経済的に、どうかっていう視点が全く抜けていた。
携帯食を売る店、主にポーションや薬を売る店、流通させる商人、生産者……全てに影響が出るかもしれない。
私は
上手くやらなければ……そう、大っぴらにバレないよう、私と私の周りの人だけでコッソリ消費するならそれで良い。
でも、もしこれを売ったり公表したりするなら……。ちゃんと検証して後ろ盾を付けて、身の安全もはからなければならない。
ほんと、危険だ。
私は『ポーション蜂蜜ダイス』を見つめゴクリと息を呑む。
ああ、これだから『作ることだけを楽しむ錬金術師』は世捨て人とか世間知らずとか言われてしまうんだなぁ。
「そうだな……。お嬢さん、このことは秘密にしておいた方が良い。キチンと錬金術研究院に報告するまでは我々だけで検証した方が良いだろう」
「はい」
検証は大事だ。
これから材料を集めて細かく条件を変えて作りまくって記録しまくって…………楽しそうすぎてヨダレが出そう……!!
それにこれ……来年の錬金術師昇格試験のレポートに使える!! キチンと検証できて付与効果も証明出来れば、もしかしたら錬金術研究院にも入れるかもしれない……!
――そうしたら、もっともっと、色んなものを採取して使って、あのキラキラとした私が憧れた錬金術師に近づけるかもしれない――。
「アイリスにも重大性と危険性が分かったんだよね? それにしては楽しそうな顔だけど……?」
「わ、分かってます! 大丈夫! っあ、そうだレッテリオさん」
「ん?」
こてん? と首を傾ける。騎士のくせにあざとい仕草を……! しかも私より似合ってる……!
「元々あの……これ、迷宮の話でしたよね……?」
そうだ。私が迷宮にスライムを採りに行きたいけどギルドへの護衛依頼は難しいけど……って話だったんだと思う。
「ああそうだった。何だか口に出してみたら大げさな話だったなこれ……って思って、それを忘れるとこだったよ」
「はぁ」
「アイリス、君の作る携帯食――『ポーション蜂蜜ダイス』と引き換えに俺が護衛についてあげる」
「本当ですか!? 私もスライム狩りに連れてってくれるんですね!?」
レッテリオさんはニコッと笑い、そして紙を広げた。
「契約しよう」
「えっ」
「君がスライム狩り、もしくは迷宮での採取を希望する日に俺が護衛として付き合う。報酬は君の作る携帯食を『迷宮探索隊』に卸すこと。君は『ポーション蜂蜜ダイス』の実験と検証も出来るし採取も出来る。悪くないだろう? ああ、携帯食の数量や迷宮に潜る日数なんかは後でちゃんと相談しよう。――副長」
レッテリオさんがバルドさんに目配せをする。
「分かった。お嬢さん、契約内容は俺が責任を持とう。どちらかに有利なようにも不利にもしないと約束する。この件を秘密にすることも含めよう。もちろん俺もサインする」
――バルドさんは四十代後半だろうか。落ち着いた大人の雰囲気で、低くて良い声だし背も高くてガッチリしてる、元・金の戦斧鬼で現・金の斧亭のご主人という感じ。ズッシリどっしり頼り甲斐がある。
だけど、その経歴も知り合った経緯も、立場も、全てレッテリオさんからの情報、そしてレッテリオさん寄りだ。
『ポーション蜂蜜ダイス』の実験・検証をできるのは有難いけど……。
『契約』だなんて、信じて良いの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます