第18話 ヴェネトスの街 ⑤ 〜金の斧亭〜
「私も……ここ二、三日まともに食べてなくて……もう……お肉が食べたかったんでここに連れて来てもらえてよかったです……!」
「え? アイリスも? なんで?」
レッテリオさんはごろりと頭を動かして、テーブルから私を見上げる。なんだか幼い仕草だ。年上の騎士さんなのに。
「なんでかって言うとですね……こんなに閉門するとは思ってなくて、その……工房は閉鎖予定だったので食材の備蓄はあまりなくて……」
「え、それで?」
「はい。実は昨日は森に出かけてお魚を食べました……」
ぐぅ。とお腹が鳴った。
「まぁ、なんていうか……アイリスはほんと危なっかしいね。知り合ったばかりだけど何度言ったか……。備蓄もだけど、昨日の外出も迂闊だよ?」
ちょっと厳しい目で釘を刺される。
迂闊だと叱られれば、確かにそうだよね……。予想より森の護りが強かったし何もなかったから良かったけど、危ない目に合う可能性はあったのだ。
「……はい」
ここのところ自分の迂闊さと幼さを思い知らさせてばかりだ。
まだ見習いなのに「錬金術師だ」と思い上がっていたかもしれない。私より強いイグニスに「イグニスが助けてくれる」って頼りすぎていたかもしれない。
キュゥウ、とまたお腹が悲しそうな音を上げる。お腹なのが情けないけど、今の私の気持ちのような音で何ともいえない。
「なに女の子いじめてるんだ?」
低く太い声と共に、ドン! と目の前に『蒸し野菜と腸詰めのランチ』が置かれた。顔を上げると、頰に傷のある大柄な男性で、『丸鳥のグリル焼き香草添え』と『肉団子と兎菜のパスタ』を持つその腕も見事に太い。
「副長」
「パスタはお嬢さんのかな?」
レッテリオさんに『副長』と呼ばれたその男性は、左頬の傷痕が厳ついが優しく微笑む。もしかして……騎士団の『副長』さん……だったのかな?
「あ……私のこっちです『丸鳥のグリル焼き香草添え』」
確かに。あぶらもガッツリの丸鳥のグリル焼きより肉団子と兎菜のパスタの方が女子向けだろう。すみません副長さん、今日の私は肉食なのです。
「ああ、そうだったのか。うん、いい子だ」
肉は良いぞ。と、『副長』さんは渋く響く声で言い、ニヤッと笑った。
――わ、盗賊も魔物も走って逃げそう。
「レッテリオが珍しく女連れだっていうから厨房から出て来たんだが……なんだ、二人して疲れた顔してるな? まずは食え」
この厳つい店主らしき男性が何の『副長』なのかはあとで聞けばいい。
私とレッテリオさんは頷き、無言で食事をはじめたのだった。
私の『丸鳥のグリル焼き香草添え』は丸鳥一羽分に
さて、目と鼻で楽しむのはここまで。半分に切られた
丸鳥は食べやすい大きさに分けられていて、骨の部分を持って齧りつくのが正解らしいので、遠慮なくそのようにいただく。まだ熱いのでまずはひと齧り――。
岩塩のパンチの効いた塩気とハーブの良い香りが鼻に抜ける。そしてふっくらしているのにジュワッと肉汁が溢れる肉! 多分いま、私の口は脂でテカテカなのだろう。しかしこの脂、サラッとしていて甘みもある。
「えぇ〜……丸鳥最高……っ」
「……リス」
隣でそんな言葉を呟かれたが、モグモグ頬張る自分を止められない。今日の私はリスでいい。
モッモッモッモッ。
ぎゅっぎゅっぎゅっぎゅっ。
ああ、さっきの『副長』さんの言葉の意味が分かる……。肉はいい……!
最後にお皿の肉汁をパンでさらって――まあ、ちょっとお行儀は悪いけど余すことなくいただくのは鳥とお店への感謝です……!
「ご馳走様でした……!」
「美味しかった……」
ふぅ、と二人して息を吐いた。
そして私も、二つのランチを平らげたレッテリオさんも満ち足りた遠い目をしている。
分かる。ついつい遠くを見てしまう。ああ、空腹を差し引いても、地元の騎士がお薦めする穴場食堂……最高だった……!
「美味かったなら何よりだ。で、くたびれてた原因は閉門か?」
フワリと漂ってきたのは
迷宮産の食材……素材といった方が分かりやすいかもしれない。魔物もそう。迷宮に滾る魔素を吸収し育っているので、迷宮外で採れたモノよりも持っている魔素が多く、濃い。
だから休憩に迷宮産の珈琲を飲むと、少しだけど魔力が回復するのだ。
気持ちだけでなく本当に体もリフレッシュできて良いらしい。私は一度しか飲んだことないけどね……普通の珈琲より高いから!
お気軽な露店では出してなくて、ちょっとオシャレな『カッフェを飲みに行く服がない』に陥るお店でないと置いてないのだ。
そのお値段、一杯が一二〇〇ルカ。見習いには厳しいお値段です。
そして、コトリとテーブルにカップが置かれる。
「副長、今日も美味しかったです」
「当たり前だ。……これはサービスだ」
コソッと小声で言って、テーブルにもう一つ。客用とは違うカップを置き、副長さんが席に座る。
「ランチタイムも終わりだ。俺も休憩させろ」
確かに。あれだけ賑わっていた店内が今は私たちの他には二組だけ。そんな彼らも慌ただしく席を立つところだ。
「皆さん……何だか急いでるんですね?」
あんなに美味しい食事のあとにはこう……カッフェを一杯いただいていけば良いのに。
――えっ、何このカッフェ、美味しい……?!!
「そりゃあそうだ。さっさと食べてさっさと用事を足しに行かなければ、日暮れまでに家に帰れないからな」
カップを傾け、副長さんが私を見てニヤッとする。
「……あの、『副長』さん?」
「バルドでいい、お嬢さん」
レッテリオさんがカップを揺らす。と、フワァと湯気が昇り揺れ、カッフェの香りが立つ。そして彼も気付く。
「あ、これ」
「バルドさん、これ、もしかして、迷宮産の……?」
その問いへの返事は、ニヤァ……という、その辺の下士官なら逃げ出すだろう
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