第17話 ヴェネトスの街 ④ 〜子どもと淑女とリス〜

「お姉さん、よかったらこれ食べてください。怪しいものじゃないです! 私の携帯食で木の実を蜂蜜で固めたものなんです。甘くて美味しいから少し元気になると思います!」


 そう言って、ポーチから出したサイコロ状の包みを三つ彼女に握らせた。


 ここはギルドなので、私たちは預けた品を騙し取られたり不当に値切られる心配がない。

 だから査定を待つ間に食事ができるのだ。それならその逆も。

 私の身元は割れているし、査定ができる人たちなのだ。きっと怪しいものじゃないと受け取ってくれるはず。


「……ありがとう。いただきますね」

「はい!」


 お姉さんはニコリと笑って小声で言って、そしてコソリ私に耳打ちする。


「でも、本当はこういうの禁止なんです。賄賂だと思われちゃうでしょう?」

「っあ!?  えっ、ごめ――」


「いいのいいの! 今日は特別。だってもう倒れそうだもん。ありがとうね、錬金術師さん」






 ギルドを出ると行列は更に延びていた。よかった……レッテリオさんに連れて来てもらって本当によかった。助かった。


「アイリス、特にお目当ての店なかったら俺のオススメの食堂でどうかな」

「あっ、はい! お願いします!」


 これも助かる! 街で食事をしたことなんてほとんどないから、むしろ食堂がどの辺りにあるのかも分からなかったのだ。

 レッテリオさん本当にありがたい……。


 そして久しぶりの食事を思うと思わず「にこぉ」と顔がほころんでしまう。


「……はぁ。アイリスは少し警戒心を持った方が良いと思うなぁ……」


 レッテリオさんがため息混じりに呟いた。


「持ってますよ、警戒心! さあだから早く行きましょう! 混んじゃいますよ!!」

「いや持ってないし……ああ、走らない! 場所知らないだろう? まったく……」


 背負った大きなリュックは、今は中身がないのでペタンコ。少し歩けば私など、すぐに人ごみに紛れてしまう。


「ほら」


 くい、と軽く手を取られる。


「えっ」


 ビクリ! と反射的に肩を揺らしてしまった。


 意識をしていなかったのだけど、さっきのピン髭に連れて行かれそうになった事が意外と怖かっのだと気付いてしまった。

 馬に乗せられた時やその後も、別にレッテリオさんに触れられても大丈夫だったのに、今はちょっと……私の手を取る彼の手が怖い。


 私、ずっと緊張してたのだろうか。


「……アイリス? どうかした?」

「……っあ、ううん」


 じっ……と見下ろす目は、心配そうな色と私を観察するようなそんな気配を感じる。もしかして、今の私の状態に気が付いている?


「ほら、ゆっくりでいいから。今度ははぐれないように行こう。すぐ近くだよ」


 レッテリオさんは柔らかく微笑むと、少し強張っていた私に向けて手を差し出す。


「大丈夫?」

「……うん。はい!」


 私は「レッテリオさん……笑うと本当に垂れ目だなぁ……」なんて、そんなことを思った。



 ◆



「ここ。ちょっと路地に入るから、外の人は来ない穴場で美味しいんだ」


 「ここ」と、指差された先を見れば『金の斧亭』というちょっと変わった名前の看板が掛かっていた。


「昼は日替わりランチだけだけど、いくつかあるから苦手な物があっても大丈夫だよ、きっと」

「大丈夫です! 辛い物以外は何でも食べれますから!」


 いま気が付いたけど、もしかしたらレッテリオさんに子供扱いされているのかもしれない。

 馬に乗せられたり手を引かれたり、『見習い錬金術師』と名乗ったから、まだ子供だと思われたのだろうか? 見習いは大体が成人前の子なのだ。


 ――私は十七才だから二年前に成人してるんだけど……。


 実は成人済みの見習いなのがちょっと恥ずかしい。でも学び始めたのが平均より遅かったから仕方がないのだ。


「アイリス? お腹空きすぎてボーッとしてた?」

「……お腹は空いてるけどボーッとはしてません! レッテリオさん私のこと何だと思ってます?」


 これは空腹のせいだろう。ちょっとイラッとしてしまった。


「え?」

「私、十七才です。子ども扱いは程々にお願いします!」


 そうだ。ちゃんと言えばよかったのだ。


「そう。――では、もっと淑女レディにするようにしましょうか。アイリス嬢」


 スッと顔を上げ口調を改めて、レッテリオさんはエスコートを申し出る貴族のような、そんなポーズを取った。


 ……すごい。様になってる。

 再びの王子様オーラに、私は気圧され目を泳がせてしまう。だって、さっきまでとは別人のようでまたソワソワしてしまう。


「う……そです。普通のレッテリオさんでお願いします!」

「はは! 普通って? これも普通なんだけどな」


 どうぞ? と尚も腕を勧められる。

 こんなマナー? 庶民の私にはどうするのが正解なのかなんて分かりっこない!


「……子ども向けでお願いします」


 もしくはリス扱いでいい。わたし。





『カラーン』


 縦長の三階建ての一階、小ぢんまりとした店の扉を開けるとベルが良い音を鳴らした。

 すると飛び込んでくるの陽気な声と料理のいい匂い! 肉! 腸詰め!! 鶏肉のグリル!!

 会いたかった!! まともなごはん!!!!


「いらっしゃい! あら、レッテリオ! あら珍しい! 女の子連れ!?」

「仕事の延長みたいなものですよ」


 ニッコリ。と微笑む。


 あっ、やっぱり騎士として私を放っておけなかったんだ……。散々からかわれてるけど、仕事明けなのに付き合ってくれてるんだもんね……ごめんねレッテリオさん……。

 でも付き合ってもらえて助かってるのでこのまま甘えさせてください本当にごめん……。




 威勢の良い女将が「でも珍しい!」と笑いながら席を勧める。席はほとんど満席で、あちらこちらで相席や明らかにテーブルからはみ出して食べているグループもいた。


「アイリス、きょろきょろしてないで注文するよ? ここは肉料理が売りなんだ」

「ですよね。みんな肉料理食べてますもんね。じゃあ私は……丸鳥のランチにします!」


 さっきから気になっていた「丸鳥のグリル焼き香草添えランチ」だ。両隣のテーブルで食べていて、持ちやすい骨付きで皮がパリパリで美味しそうでもう……今日はこれしか考えられない!


「じゃあ俺はこれとこれだな」


 と、レッテリオさんは「蒸し野菜と腸詰めのランチ」と「肉団子と兎菜のパスタ」を指差し、そのまま女将に注文をした。


「二つも?」

「うん。昨日からまともに食べてなくてねぇ〜もう満足するまで食べたい」


 レッテリオさんはテーブルに突っ伏して「ああ……周りのにおいがツライ……」と嘆いた。

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