第16話 ヴェネトスの街 ③ 〜はじめての商業ギルド〜

「ぼく〜ペットじゃなくて契約精霊だよぉ!」



 イグニスのこんなにキレの良い語尾は珍しい。きっとペット呼ばわりが気に入らなかったのだろう。

 炎の精霊に限らず、精霊は皆誇り高いのだ。


「――炎の精霊サラマンダー?」

「そうです。私の大切な相棒です」


 街中で精霊は珍しいけど、イグニスのこの姿なら然程目立たないはずだ。

 サラマンダーは煉瓦二個分くらいの大きさでトカゲの姿をしているのが普通。だけどイグニスは掌サイズのサンショウウオ姿なので、隠れられるし精霊だとは気付かれにくい。


「すごく……珍しい姿の精霊だね。この姿をしたサラマンダーは初めて見たよ……」


 イグニスは「サラマンダーだも〜ん!」と、もう一度炎を出して見せる。さっきのより少し大きめだ。


「失礼しました。はじめまして、騎士のレッテリオと申します。炎の精霊イグニス」

「うん! よろしくね〜。レッテリオ……レッテリオ……ぼくの口だと言いにくいから〜レッくんて呼ぶね〜」


 くふふ、と大きな平たい口に小さな手をかざして笑う。かわいい。


「イグニス、ありがとう。これもう一つどうぞ」


 私は屑魔石を一粒、イグニスの口元にはこぶ。


「うん。じゃあまたね〜! アイリス気をつけてねぇ〜」


 イグニスはスゥッと姿を消した。


「レッテリオさんもありがとうございます」

「いや俺は……ごめん。うっかり彼のご機嫌悪くしちゃったよね。失言だったよ」


 ああ、やっぱり騎士さんて色々知ってるんだ。精霊のことも普通より理解してくれてるみたいだし、よかった。


「ううん、ちゃんと謝って挨拶してくれたから大丈夫ですよ。サラマンダーってさっぱりした性格が多いって言うし、あだ名まで付けられちゃって……気に入られたのかもしれませんね?」

「レッくん? あれ気に入られたのかなぁ……? ああ、そうだ。さっきの話! 髭が燃えたって彼がやったの?」


 レッテリオさんは話を戻し、顔も騎士の顔になる。


「そうです。でも怪我はさせてないし周囲に被害もありません。驚かせて私の手を離させただけで……」

「強引に手を引かれてたの? それは明らかな違反行為だな。アイリス、ちょっと掴まれたところ見せてくれる?」


 レッテリオさんに手首を見せる。が、ちょっと赤くなってる程度で傷や痣はない。


「うーん……これだと傷害で引っ張るのも無理か」


 アイツは詐欺とぼったくりの常習犯なんだけど現行犯じゃないと捕縛できなくて問題になっててね。と、レッテリオさんは言う。

 顔は分かっているから何度か任意で引っ張ったが、証拠がなく、被害者も不慣れな旅人ばかりで見つけることができなかったそうだ。


 なるほど……じゃあ逃げずにレッテリオさんを呼ぶ方法を考えた方が良かったのかも。


「でも怪我も被害もなくて良かったよ。やっぱり今日はアイリスに一日付き合うから。いいね?」


 さっきのような笑顔でのお誘いではなく、キリッと有無を言わさぬ騎士の顔を混ぜて言われた。


 心配されていた通りに早速ひっかけられてしまった身としては断るなんてことはできない。

 それに商業ギルドで錬成物を売って、採狩人ハンターズギルドに行って登録をしたら、あとは買い物をするだけだ。レッテリオさんにはちょっと申し訳ないけど、そのくらいなら一日中とまでは行かないだろう。


「ハイ。よろしくお願いします」


 さあ、そうなれば早速! 目指すは商業ギルドだ! 良い値で売れますように……!!






 商業ギルドに入ると……と言いたいところだが、入れなかった。

 数本の行列が建物の外にまで伸び、最後尾ではどれが何の列なのか確かではない有様だ。


「うわ……どうしようこれ……」

「まあ、あれだけ一気に商人が雪崩れ込めばね……。とりあえず買取希望のカウンターに受付だけして食事にでも行こうか」



 幸い個人の買取受付カウンターはそこまで混雑はしてなくて、四半刻程度で受付をしてもらえた。

 私は受付嬢に、商業ギルドへ登録している証でもある『銅色許可証』を差し出す。まずは本人確認と買取希望リストの読み込みをするらしい。

 私がここへ売りに来るのは初めてなので、ちょっとドキドキだ。


「ああ、森の錬金術工房さんですね。お久しぶりです〜……」


 疲れ気味の彼女がふふっと笑う。朝からの怒涛の行列で既にフラフラという感じだ。

 でもまだ昼にもなっていのに……彼女は一日保つのだろうか? 私より細身で色白のお姉さんは何だか顔色も良くなく、まとめた明るい薄茶の髪もちょっと乱れている。


「あの……大丈夫ですか? もし具合が悪いなら私いくつか薬を持っているので……」


 そう申し出ると、彼女は目をまたたかせフワリと微笑む。

 やだ。私が男だったらこれ落ちてる。


「あら、優しい。でも薬は必要ないの。その……ただの空腹だから……」

「空腹……!」


 恥ずかしそうに目を伏せる彼女をよそに、空腹という私も苛まれたその事情につい声が大きくなってしまった。


「しぃーっ! だって、急に開門するからって早朝から叩き起こされてアレコレ準備して……ひと息つく暇もなくて……」


「わかります。空腹のつらさ、私わかります……!!」


 思わずお姉さんの手を取りキュッと握りしめてしまう。わっ、手冷た! これ体温も下がってるんだ。


「はー……ごめんなさいね。あ、読み込み終わりました。じゃあこちらの箱に商品を入れてくださいね。査定のためにお預かりします」


 持込品はかなりの量と重さがあるが、さすがは商業ギルド。なんの変哲も無い鉄の箱に見えるが魔道具だ。質量変換の術がかかっているんだと思う。

 だってほら、商品を入れても入れてもまだまだ入る。


 私はちょっと感動しながら作業をしているのだけど、後ろのレッテリオさんは普通の顔だ。

 騎士団にも、こんな高度で高価な魔道具があるのかな……?


「はい。お預かり登録も完了です。それでは査定に入りますが……本日は混み合っているのでお時間をいただくことになると思いますがよろしいですか?」

「あっ、はい。どのくらい……」


 受付嬢はすうっと視線を逸らし、査定待ちの箱の山を見て微笑む。


「あっ、はい。わかりました。夕方くらいに来てみますね」


 どうせ食事と買い物もするのだ。待ち時間は大して問題じゃない。


 それより問題なのは――。

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