第15話 ヴェネトスの街 ②

「アイリス?」

「……あっ、えっ、と……レッテリオさんこそ本当に迷惑じゃないですか?」


 たぶんさっき、私がこの街でギルドに行くのも買い物に行くのも一人では初めて……って言ったから付き合ってくれるんじゃ……?

 レッテリオさんも買い物はするかもしれないけど、私の用事の方がきっと多いし、流石にそれは申し訳ない。


 でも慣れない街だ。正直お店もよく知らない。それにこれだけの混雑だと買い物するにもひと苦労だろう。

 正直、街の人に一緒に来てもらえるのは有り難い。あからさまに慣れていない雰囲気の私は、良くない店だと確実にぼったくられる。


「うん、全然。それにね、騎士としてはこんな日に、君みたいに街慣れしてなさそうな子を一人で歩かせるわけにはいかないしね」


 更に「はじめて森から出てきた小動物みたいで危なっかしくて」とレッテリオさんは苦笑で付け足す。わたし小動物ってほど小柄じゃないのに!

 

あっ――。


「もしかして、私そんなにキョロキョロしてました!?」

「うん。リスみたいにね。それにその大きなリュックが尻尾みたいでほんと……」


 うわぁ恥ずかしい……! それじゃまるで田舎から初めて商いに来た行商人じゃないか!


「じゃあ、あとでね。ここで待ってるんだよ!」


 レッテリオさんはそう言うと、馬を引き人ゴミに消えていった。


「さて……じゃあ大人しく待ってようかな」


 通行の邪魔にならないよう壁に寄る。あらためて辺りを見回してみると、外で並んでいた時よりも更に様々な人がいる事に気づく。


 街の方からは、今か今かと開門と商品を待っていたヴェネトスの商人たちが列を成し、取引相手を探している。

 そしてチラホラ見かけるのは、やっと無事を確かめることができ抱き合う家族たち。あとは走って人ゴミに消えていく者、門をくぐったは良いが疲弊しきり座り込む者、そこに食べ物や飲み物を売り歩く者ども。それから逆に、一刻も早く街を発ちたい商隊の馬車や旅装の人々が目貫通りに行列を作っていた。


「――お嬢さん! 宿をお探しでは? 行商人かな?」


 ぼけーっと立っていた私に、宿の看板を持った男が声をかけてきた。


 細身の体にピーンと横に張った髭をしていて丸眼鏡。

 うん、一度見たら忘れない顔だな。


「いえ、商業ギルドに行くので宿は結構で……」

「ああ! ギルド近ね! それならこちらが良いですよ!」


 ピン髭男は私の腕を取りグイと引きはじめた。


「っえ!? ちょっ、待って! 宿はいらないって……!」

「いや〜運の良いお嬢さんだ!  最後の一部屋ですよ!!」


 男は私の言葉など耳に入っていないのかワザと聞いてないフリをしているのか、力尽くで強引に私を引っ張る。


「ちょっと!!」


 声を上げるがこの人波と喧騒に掻き消されてしまい、ピン髭はもちろん、誰も気に留めてはくれない。


 ただの人の話を聞かない客引きかタチの悪い客引きか、悪ければ詐欺師か人攫いか――。なんだかレッテリオさんの心配通りで呆れるが、自力でなんとかしなければ。


 私は頭をフル回転させ手荷物を思い浮かべる。

 リュックから物を出すのは不可能。片手を取られてしまっている。それならポーチ。入っているのはいつもの屑魔石と傷薬と魔力回復のポーション、手巾に包帯、木の実を固めた携帯食……。


 よし。ちょっと目立つけど屑魔石でいこう。

 錬金術師を舐めないでいただきたい! (見習いだけど)


「イグニス」


 私は屑魔石を取り出し小声で相棒を呼び出す。


(なぁ〜にぃ〜〜?)


 ポン、といつも通り掌に登場したイグニスだが、彼は空気の読める精霊なので小声で返事をしてくれた。いい子!


「周りの人に危害は加えず、前の男だけをちょっと驚かしてみてくれない?」


 私も小声で掌のイグニスにお願いをする。


「いいよ〜。手を離させれば良いよねぇ〜?」

「うん。あと逃げたい」

「わかった〜」


 可愛らしいつぶらな瞳をキッと鋭くさせたイグニスは、男を睨みプクゥと頰を膨らませ、そして――。


『ゴォォ……ヒュン! 』


 小さな炎が口から飛び出し男の眼前へ回り込む。


『ボッ!!』

「わっ!? アッチィ!??!?!!?!!」


 後ろから見ると、両頬越しに小さな炎が見えていた。


「ヒャアアァア?!?!! ヒゲっ!! わたしのヒゲがぁ!?」


 なるほど。ピン髭のピーンとした髭先に火をつけたのか。


 ピン髭は咄嗟に両手で炎を揉み消して、抱えていた看板も私の手も離したことに気づけていない。


「イグニス!」

「に〜げよ〜〜」


 イグニスは「ぷくくっ」と笑い、満足そうに魔石をコロコロ飴玉のように舐めている。


「ねぇ~! ぼく上手くやったでしょ〜?」

「うん! ありがとう!」


 多少は騒ぎになったけど、周囲への被害もなかったしピン髭から逃げられたしピン髭にも一矢報いたし、良しでしょう!


 私は大きなリュックを背負った姿で一目散、城門へと走って行った。

 そしてそんな姿は周りの目を引いてしまい、「リュックが走ってる!?」「どんだけ怪力女だ!?」などの言葉を頂戴し、何故かイグニスの炎よりも目立ってしまいました。


 いや、目立つ覚悟はしたけど……怪力女って……。ちがう……私は錬金術師です!!


 



「アイリス! 探したよ!?」


 未だ人でごった返す城門前、レッテリオさんが少し焦ったような顔でこちらに駆けて来る。


「レッテリオさん! お待たせしてごめんなさい……!」

「違うよ。待たせてごめんじゃなくて、何かあったんじゃないの?」

「あー……ちょっと強引な客引き? に連れて行きかけられまして……」

「客引き? どんな奴だった?」


 レッテリオさんの顔が一瞬鋭くなる。街の治安を預かる騎士団として放置できない話だったのか。

 そういえば最初に会った時はこんな感じの表情だった。さっきまでの笑顔と、柔らかい口調との彼とは雰囲気が違っていた。



「細身でこういうピーンとした髭で丸眼鏡をかけてる男でした。あ、でも髭は焼失したから今はちょび髭になってるかも」


 こういう、と両手で髭を描いて見せると、レッテリオさんの目が丸くなった。


「それ……ペット? 」

「あ、この子はイグニスと言って――」


「ぼく〜ペットじゃなくて契約精霊だよぉ!」


 イグニスは、ぷくぅ! と頰を膨らまし、先程のように小さな炎を吐いて見せた。

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