第14話 ヴェネトスの街

 行列の中、心臓が騒がしい私と商人さんをよそに後ろの騎士、レッテリオさんはのんきに自己紹介をはじめた。


 彼のフルネームはレッテリオ・コスタンティーニ。年齢は二十三歳。ヴェネスティ侯爵家の騎士さんで、ヴェネトスの警備が主なお仕事だそうだ。


 この国の騎士には大きく分けて二種類があって、ひとつは王国直属の王立騎士団。これは王都を守ったり王国全土に散らばり警備をしていたりする。

 私の故郷にも二人の騎士さんがいたのだけど……確か彼らはなんとか分隊とか第何なんとか部隊とか、だいぶ下っ端さんだと笑っていたのを覚えている。(ちなみに騎士さんの部下として地元の警備兵もいる)

 湯治客との揉め事とか酔っ払いの対応だとか、優しくて頼りになったなぁ……。


 話が逸れたけど、もうひとつは各領地の貴族に仕える騎士団だ。

 レッテリオさんの騎士服は、紺地に赤ラインと金糸の飾りが入ったちょっと派手なデザイン。これは王立騎士団の騎士服ではない。

 王立騎士団の騎士服は、黒地に貴色である紫水晶色のライン、それから飾りは銀糸で入っている。紫と銀は王家の色で、それぞれ王族の瞳と髪の色が由来だ。


「アイリスは色々よく知ってるね。そういえば君も綺麗な銀髪だけど、珍しいよね」


 レッテリオさんは私の顔を覗き込む。

 この人は本当に距離が近いな……? でもまぁ……うん、慣れてきたかも。


「レッテリオさんの金髪も、オーロラを閉じ込めたみたいな蒼玉の瞳も綺麗ですよね」


 私は間近の瞳をジッと見つめ上げ、そんな言葉をポロリと返していた。


「……錬金術師さん、俺もしかして口説かれてる?」

「え? あ、すみません。レッテリオさんの瞳みたいな色の蒼玉を採取できたらどれだけ良い品質の物を錬成出来るか……って思ったら、つい」


「素材扱い……?」


 素材扱いを受けたレッテリオさんがちょっと引いている。

 何を見ても素材のことを考えてしまう、錬金術師なんてみんなこんな残念な生き物なのです……。


 しかし、ちょっとドキリとさせられた意趣返しを思いがけずできてしまったようだ。


 うん。都会の騎士さんも意外と故郷にいた騎士さんとあまり変わらないのかも? 故郷の騎士さんは、ちょっと頼もしい親戚のおじさんみたいな感じだったけどレッテリオさんは――。


 ちら、と横目で斜め上を窺って見る。


「……近所の世話焼きなお兄さん……かな?」


 心の中で呟いたのでした。


 ◆


 行列に並んでそろそろ一刻。既に開門はしているのだけど列はなかなか進まない。


 急な閉門のおかげ故のトラブルだ。通行証の期限が切れてしまってたり、盗賊団の影響なのか荷の持ち込み許可審査が厳しくなってたり、単純に門兵が足りていなかったり……そんなところだ。


「まだ時間かかりそうですね……」

「そうだね……ああもう腹減った……」


 レッテリオさんがガクリと項垂れる。

 や、やめ……! 馬に乗った時点でリュックは前に抱えてるから、だから――。


「っあ、そうだった! レッテリオさん良かったらこれ食べません?  朝食用にちょっと包んできたんですけど……」


 リュックを開け、一番上に入れておいた笹芭蕉の包みを取り出す。『オイルトットゥ乗せパン』だ。多分オイルが染みてて美味しく食べれると……思う! たぶん!


「食べる」


 即答だ。

 きっと壁外での任務であまり食事をとれていなかったのだろう。お疲れ様です……。


「あのでも、有り合わせのもので作った携帯食に近いお弁当なので……あんまり大したものじゃ……」

「食べる」


「少しだから物足りないと思いますけど……」

「かまわない。一口でもいい」


 どれだけ食べてなかったんですか騎士さん……。




 包みを開けると、森大蒜の匂いがフワリと上り、持ち上げると予想通り。オイルが良い具合に染みて食べやすくなっていた。


「いただきまーす。レッテリオさんもどうぞ」

「美味しそうだね、いただきます」


 ひと口食べて、鼻に抜けるのはまず森大蒜。それから包んでいた笹芭蕉の香りもほのかに感じる。主役のトットゥも香ばしく焼けているし、新鮮なものをすぐに処理をしたからだろう。臭みも全く出てない。


「うん。なかなか美味しくできてるかな……」


 ああこの、熱を通した赤茄子トマトの酸味と甘みが……! オリーブオイルと絡んで相当に良い仕事してる。ありがとう初夏の森!!


「……」


 おや? レッテリオさん……パンを見つめて無言で……? もしかしてお口に合わなかった?


「……レッテリオさん?」


「……」


「あの、大蒜ダメでした?  薄荷水もあるのでこれで……」


 最後のひと口を放り込んで、横に括り付けていた水筒を差し出す。


「いや、美味しいよ。これ……君の手作り?」

「はい。昨日焼いたパンとオイルトットゥで……」


「この大蒜のせいかな? 何だか体が温まってきたと言うか……うん、美味しい。もっと食べたいけど小腹は満たせたよ。ありがとう」


 レッテリオさんはペロリと指を舐めて、オイルで光る唇で笑った。


 よかった! さっきまでの草臥れ騎士じゃなくて、キラキラ王子さま騎士に戻ってる!

 私も腹四分目くらいだけど食べないよりマシだ。早く街に入って、用事を済ませて、何か美味しいものを食べて帰ろ!



 ◆



「うわ……人すごい……!!」


 予想を一刻オーバーしての二刻後、城門を抜けるとそこは人でごった返していた。


「アイリス、俺は馬を置いて来るからここで待ってて」

「えっ、いえ! これ以上付き合わせるのは申し訳ないし、レッテリオさんお仕事明けでしょう? 明日のお仕事は? ちゃんと体を休めないと!」


「はは! 明日も明後日も休みだし、俺もずっと家を空けてたから買い物がしたいんだ。君さえ良かったらだけど、俺の買い物に付き合ってくれない?」


 レッテリオさんはそう言い、ニコリと垂れ目ぎみの目を細めた。


 フワッと、何か高い所から落ちた時のような、ソワソワするようなあの何とも言えない感じがする? ような気がした。

 ちら、と目を上げると、少し屈んだレッテリオさんと瞳が合わさる。


「たまには誰かと買い物もしたいし、あ、錬金術師さんのお勧めも聞いてみたいしね」


 うわ……。この人、笑うと男の人なのになんだか綺麗。

 故郷にこういう感じの男の人はいなかったし、都会の騎士なんて、もっと融通きかなかったり横暴だったり……そんなイメージだったんだけど――。

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