第12話 鐘の音〜オイルトットゥ乗せパン〜

『カーン カーンカラーン』

『カーン カーンカラーン』


 目を覚まさせたのは、聞き慣れないリズムの鐘のだった。


「……ん……? 鐘……? 朝から何…………んん!?」


 ガバッと飛び起きた。

 昨日の森での採取が意外と疲れたようで、いつもよりだいぶ寝坊してしまっていた。一応の食料確保にホッとして気が緩んだのもあったかもしれない。


 何にしても、鐘の音だ!

 私は寝間着にローブをはおり、バタバタと三階の天窓を目指す。


「ん~~?」


『カーン カーンカラーン』


 梯子を上り小窓を開けて屋根に出る。

 間違いない。初めて聞くリズムの鐘がヴェネトスの街から聞こえてきていた。


「これってあの騎士さんが言っていた『開門の合図』だよね?」


 聞いたことがない、と言うことは多分そうだ。

 危険を知らせる緊急の鐘は、もっと速く、そしてけたたましい明らかな警戒音でこれは違う。


 備え付けの『遠眼鏡』で街の方角、城門辺りを見てみる。


「……あ、人が並んでる! 馬車も多い……隊商かな」


 それにだいぶ草臥れた採狩人さいしゅにんらしき姿も混じっている。やっぱり間違いない。


 開門だ!


 私はダダダっと螺旋階段を下り、寝間着を脱ぎ捨てシャツにスカート、薄手のタイツを履きブーツも履いた。そして大急ぎで出掛けられる身支度をして、保管室倉庫へ向かった。



 錬成室の奥、保管庫や錬成したもの、薬品類、様々な物を保管してある部屋が保管室だ。倉庫と呼んでいる。


 まずはリュックサックを引っ張り出し、錬成した各種ポーションをしこたま入れ、塗り薬や栄養剤、健康食品サプリメントも入るだけ入れた。


 ちなみに、容器は試験管状の瓶なのだけど、これには中身の品質を保つ『状態保持』と、容器が割れない為の『強化』の術をかけてある。錬成品は効果だけでなく、保存にも術師の腕の差が出るので要注意なのだ。


 うん。これらの品質は言わずもがな、庶民に優しいお値段の見習いクオリティです!


「あっ、そうだ!」


 私はキッチンへ行き、食料庫からパンと、棚から昨日作った『森大蒜のオイルトットゥ』の瓶を手に取った。そして蓋を取ってひと口。


「――うん、まだ浅いけどまあいいかな」


 もっと味が染みてまろやかになった頃が食べ頃ではあるけど、これはこれで美味しい。初夏の森大蒜の甘みが活きてる気がする。


「さて、ささっと用意しちゃお!」


 私は薄パンを手の平サイズに切り分ける。


 小麦粉と塩と水だけのパン――いわゆる『古代パン』だったので、ふんわり柔らかなパンではない。イグニスが焼いてくれたのと、状態保持の保管庫に入れておいたので固くはないのだが、もう少し焼いたり時間をおけば携帯食にもなるようなパンだ。


「だからオイルもたっぷりね」


 染み込ませるように塗り込んで、その上にオイルトットゥを乗せる。本当は保存紙ラップで包みたいが引っ張り出してくる時間が惜しい。

 どうせすぐ食べるつもりなので、今日は笹芭蕉で良いだろう!

 城門前の列は私が着く頃には長くなっているだろうから、並びながらこれを食べようと思っているのだ。絶対に美味しい!


 あ、大蒜だけど、初夏の森大蒜の匂いはそれ程強くないので、外で食べても大丈夫です。


「――でもそうだな、臭い消しに薄荷水でも作って……あ、兎花の蜜も入れよ!」



 ◆



「うわ、重……っ」


 売りに行く物を詰め込んだリュックはパンパン。試しに持ち上げてみたけどやっぱり持ち上がらない。

 しかし恐れることはない! ここは錬金術師の工房だ。タネと仕掛けが至るところに散りばめられている。


 私はリュックの底部分に屑魔石を嵌め込み、起動させるための魔力を流した。

 タネはこの底部分。『補助』と『軽量化』の錬成陣が刺繍されているのだ。

 術師が起動させることにより、屑魔石の小さな魔力でも稼働する優れもの。効果の継続時間は約五刻。


「よっ……と! うん、全然軽い!」


 本来なら三十キログはあるだろうか? もっとかもしれないが、術のおかげで軽々背負える。これなら帰りも安心できそうだ。

 必要な物だけを買ってくるつもりだけど、多分行きより重くなる。


「そうだなぁ。刺繍の練習もしないと……」


 布や革に錬成陣を仕込むには、描くより刺繍の方が確実なのだ。腕さえあれば。


「このリュックはイリーナ先生作なんだよね……。私もいつかは……!」


 刺繍の練習もしなければ! 私の野望としては、スカートの裏に冬は保温、夏は冷却の錬成陣を刺繍することだからね!



 ◆



「うわっ、行商人かと思ったら君か!」


 工房を少し出た所でそう声をかけられた。

 見上げてみれば、馬上には紺地に赤ライン、金糸で飾られた騎士団服姿の騎士さんが。


「あ、もしかしてこの前の……! じゃあやっぱり開門したんですね! 良かった!」

「丁度、君の工房に向かうところだったんだ。ところでその荷物……錬金術師って、そういう感じなの?」


 騎士さんは帽子のつばを上げ、困ったような微妙そうな、そんな困惑? が混じった苦笑を見せた。


 確かに今の私は行商人に間違われてもおかしくないかもしれない。それに体格に合わない大荷物も奇妙なのだろう。


「いやまさか、今日は特別ですよ? 城門が閉まってる間に色々作りすぎてしまったんで売りたくて。あと買い物もしたいので!」

「それでその大荷物か……。君なかなかの腕だったんだね」


 あ、もしかしてこの騎士さん、リュックの絡繰りを分かってる? ――珍しい!

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