第7話 一人前になりたい〜ドライ赤茄子と木苺のジャム〜

「イグニス、オーブンに火いれてくれるかな」

「は〜い!」


 ありがと! と声を掛け、赤茄子トマトを並べた天板をオーブンへ。乾燥赤茄子ドライトマトを作るのは簡単で、塩を振ってオーブンで焼くだけだ。時間が停止となる状態保持の保存庫はあるが、加工した方が旨味が出るので、夏には作り置きを欠かさない。


「大鍋に黄苺と赤木苺を入れて……お砂糖もどっさり。えーっと、青木苺は小鍋に入れてそのまま煮詰める……だよね? ――『インデクス』」


 その言葉で頭にレシピが展開される。

 うん、大丈夫これで合ってる。

 そんな風に一応レシピを参照しつつ、二つの鍋で煮る。去年は青木苺にうっかり砂糖を入れてしまって失敗したので、簡単な作業でも確認しながらやろうと決めたのだ。


 貴重な素材をムダにする愚はもう二度と侵さないんだもんね!!!




「アイリス〜瓶はこのくらいでい〜い?」


 私がぐつぐつとジャムを煮ている間に、イグニスが瓶の煮沸をやってくれていた。ちょっと数が多いのは、イグニスのジャムへの期待度だろう。


「ありがとう! 美味しく作るからまっててね」

「は〜い」


 青木苺は粗く潰して煮詰めるだけ。これは錬金術の素材となる。清涼感がほしい時などに使う調味料的存在だ。

 ここで採れる木苺には他に黄色と赤があって、今の時期は黄。徐々に赤が出てきて、秋になると青すぐりブルーベリー黒すぐりカシスが出てくる。


「ジャム〜甘そうだねぇ〜 もう食べれる〜?」

「うん、イグニスは赤と黄の木苺ジャムの方が好きだと思うよ! 食べてみて」


 弱火に調節してもらい、私は木ベラでジャムをひと掬い、イグニスの口へと運ぶ。


「お〜いしい〜!」

「ちょっ、イグニス! 火力!」


 美味しさで一瞬火が大きくなった。

 焦げ付いてしまう……!


「ごめ〜ん。くふふ〜……ぼく〜アイリスと一緒にきてよかったなぁ〜」


 目を細めながらジャムを食べる(三口目だ)イグニスはニマニマしながらそんなことを呟く。


 そう。イグニスは私と契約して、初めて好物となる甘味に出会ったのだ。


「ふふっ、美味しいなら何よりです」


 この可愛くて頼りになる精霊イグニスとは、私の故郷で契約した。


 私の故郷は温泉が出る山間の土地で、火山が近く火の精霊サラマンダーが多く存在している。

 ちなみにサラマンダーは普通トカゲの姿をしているのだけど、イグニスはサンショウウオ似の姿をしていてちょっと珍しい。……何か違うのだろうか?


 性格的にものんびりしていてサラマンダーには変わった気性の子なのだけど。(まあ私は珍しかろうが変わっていようが、この可愛くて優しい精霊が大好きだからどうでもいい)


 イグニスとの出会いは、錬金術を本格的に習い始めた頃だった。丁度、工場実習に入る少し前。


「僕はイグニスっていうんだ〜! 君の名前は〜?」

「へ〜アイリスとイグニスか〜ちょっと似てるね〜……契約しよっかぁ〜!」


 そんな軽いノリの契約だった。


 実は、精霊との契約成立の切っ掛けは様々なのだ。

 一般的には、精霊が好む供物を捧げたり、奉納(魔石と自分の魔力)をして契約に至るのが普通だ。


 イグニス曰く、私の魔力の質に惹かれて契約をしたらしい。精霊は術師の魔力も糧にする。

 私の魔力のどこに魅力があったのか、自分では分からないのだけど……。

 私の魔力は低くはないけど、精霊が気にいる供物をなかなか用意できず、未だイグニスの他には契約できていないのだ。


 精霊が気にいる供物を奉納するのは意外と難しい。

 精霊の種族としての好みもあるし、個々の好みも性格もあるし……。そのうち私と合う子に出会えると良いのだけど。




「懐かしいなぁー……」


 故郷の村をちょっと思い出す。

 温泉宿と農業の二つで成り立っていた村だ。

 古くから湯治客が訪れているが、街からは離れた山奥――ヴェネスティ侯爵領の中でもそのはずれだ。だから街道は通っていても街が栄える程ではない。


 しかし貧しくもない。

 なので子供たちは学校へ通えるし、湯治という治療目的の客が多いので錬金術師の店もあった。

 私の最初の師匠はそこの店主であるガルゴール爺だし、工房実習の前に講義をしてくれたのもその人だ。


 ガルゴール爺は錬金術研究院の講師の資格を持っている、いわゆるエリートだったそう。だけど素材採取に訪れたこの村が気に入って住み着いてしまったらしい。

 ちなみに爺のライフワークは温泉の効能と湯の花の研究だ。


 私の実家は、代々温泉の源泉管理を仕事にしていて、裏庭で少しだけど畑も作っていた兼業農家。

 村は温泉という土地柄か土壌はあまり良くなかったようで、ガルゴール爺が錬成した土壌改良剤と特製肥料で何とか収穫を得ていたのを覚えている。


 そう。錬金術は農家にも優しい。

 私にとって錬金術は暮らしに密着したもので、魔法のようなものではなかった。

 だからだろう。村の外から来た旅芸人と錬金術師が見せてくれた、錬金術のもう一つの姿。

 キラキラして魔法のようで、とてもとても楽しかったのだ。




「早く一人前になりたいなぁ……」


 私の身分は錬金術師落第の、未だ見習い――。

 この工房も、本当は先生と同期と共同生活をしながらの実習の場だ。


 しかし、今ここにいるのは私ひとり。


 何も突然に見捨てられた訳ではない。

 折り合いが悪かったとは言え、さすがに先生もそこまで鬼ではなく、ちゃんと私に話をしてくれていたのだけど――。


「……私が目指すのはどっちの錬金術なのかな」


 私は焼いた薄焼きパンを眺め、ぽつりと呟いた。

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