第8話 ひとり工房実習になった理由 ①

 ――どんな錬金術師を目指すのか。

 それは私がこの工房で、一人実習をしていることにも繋がっている気がする。


 あれは少し前の出来事……。



 ◆◆◆



 一日の実習が終わった、夕食準備前の自由時間。私は先生の部屋に呼ばれた。


「アイリス、あなたは今年で工房実習三年目、錬金術師承認試験も三回目ですね」


 ペネロープ先生は闇色のローブとたっぷりとしたロングスカートを摘み、座ってそう言った。

 その眼鏡の奥、灰色の瞳は冷めた色で私を見下ろしている。


 錬金術師承認試験――それは見習い錬金術師に課されるもので、これに合格すると正式に錬金術師として認められるのだ。


 錬金術師になる為にはまず各地方の学院に二年通う。それから共同生活をしながらの工房実習を受け、王都で年一回行われる承認試験に合格することが求められる。


 今の私が工房実習三年目の見習いなのだけど、早ければ一年目で試験に合格し錬金術師となる者もいる。そんな優秀者は大体、このレオンツィオ王国の王立錬金術研究院に入るらしい。

 ちなみに普通の合格者は、様々な店に錬金術師として就職する事が多い。薬師に火薬取扱い店、小間物に服飾、農業、鍛治……それぞれの得意分野によって本当に様々だ。



 そして、今年の承認試験は二週間後に控えていて、来週には同期の二人と共に王都へ向かう予定だ。


 だけど正直、私はあまり自信がない。


「はい、先生。今年こそ……と思っているのですがあの……」

「そうでしょうね」


 先生はハァ、と溜息を吐き机上の紙束を叩いた。


「まず提出予定のこの研究レポート。どこがレポートですか? これでは教科書をなぞっているだけであなたの観点が全く見えません」


 やっぱりか。

 基礎調合なら得意なので蒸留水のレポートにしてみたのだけど、当たり前のことしか書けなくて「だからどうした?」って内容だと私も思ってた。

  私なりのコツはあるのだけど、それを文章にして理論を組み立てるのは難しい。だって私のコツっていうのは、季節や素材の具合を感覚的に見た……まぁ、勘みたいなものだから言葉にはし難い。


「アイリス、手を出しなさい」

「はい」


 差し出した両手に、私のパッとしないレポートがバシッと叩きつけられた。


「たった一年でも私の教え子……こんなものを提出する事は許可できません」

「っえ……でもペネロープ先生、試験は――」


「諦めなさい」


 バッサリだ。

 もう準備もしてるのにそれはない。


「それから、この工房は今年で閉鎖します」


「えっ」


 今なんて?


「前任のイリーナ先生から引き継いだ工房はここで最後、残るのはあなただけなのよ。私も早く王都の研究院に戻らなければならないし……あなた、まだ実習を続けるつもり?」


 その言葉に私は固まった。


 なんて事を言うんだペネロープ先生は!?

 それに待って、私は不合格前提で同期二人は合格前提で話をされている!?


「あなた別にどうしても錬金術師になりたい訳ではないでしょう。そのくらい態度を見ていれば分かるのよ。何て言うか……あなたの研究からは熱量を感じない」


 冷や水を浴びせられた様だった。


 ペネロープ先生は悪い先生ではない。むしろ私が良くない生徒だったのかもしれない。


 私がこの道に進んだ切っ掛けは、偶然出会った錬金術師に「この子は錬金術師に向いてるかもしれないね」なんて言われたからだ。子供だったから嬉しくて、それがただの社交辞令だったとしても、私に道を決めさせる程の力があったのだ。

 田舎育ちの私には、錬金術師という職業と王都への憧れもあったし、確かに先生には私の気概なんてものは軽く感じられただろう。


 でも、だけど、別に裕福じゃない普通の平民がなんとか奨学金を得てここまで学んで来たっていうのは軽い事ではない。こんなに簡単に引導を渡さないでほしい!

 それに私は錬金術を学ぶのは好きだ。自分の手で何かを創り出すのは楽しいし面白い。少なくとも私自身はそのことに熱量を感じているというのに。


「それにあなた、契約精霊もひとつだけよね? それじゃどうやっても今回の承認試験には受かりません」

「……はい」


 どうやっても受からない……か。

 確かに私の契約精霊はサラマンダーだけ。力を借りられるのは炎の加護に限られる。

 力を借りれば燃やしたり蒸発させたり、そういった作業の精度が上がったり、完成品質が高くなったりする。力量が上がれば『精霊の加護』の効果も付いたりするのだ。


 しかも精霊の力を借りることで助かる事は他にもあって、作成時間の短縮と手順の簡略化ができる。

 下準備なして調合できたり、手作業でやれば何十分も何時間もかかる事でも、精霊は一瞬で簡単正確にやってくれる。


 しかし逆に言えば、精霊の力を借りなくとも自力で出来ないことはないのだ。

 だから私は自力で何とか試験を突破しようと練習を重ねてきたのだけど――。


「先生、私にも試験を受けさせてください」


 頭を下げお願いする。

 ここで粘らなければ私の五年は無駄になる。試験を受けられず落第が決まれば、私は一生【見習い錬金術師】のままだ。

【錬金術師の弟子】でもない、いつになっても【錬金術師】とは名乗れない半端者になるのだ。


 そんなんじゃ……仕事にありつけない!

 王都で研究員とか宮廷錬金術師とか騎士団付き錬金術師とか、そんな華やかな夢は持っていない。

 小さいお店でいい。誰かの下請けでも、ギルドの個人で出来る依頼をこなすでもいい。


 でも、故郷の村に帰ってそのうち結婚して、頼りになる村の知恵袋で便利屋のお婆ちゃんは幸せに暮らしましたとさ……は嫌なのだ。


「他の二人のように先生が望むような成績での合格は難しいかもしれません。でも、ギリギリでも合格できる希望があるならチャレンジさせてください!」

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