第6話 契約と精霊

 精霊との契約方法は単純明快だ。

 精霊たちに自分の力を示し対話をしてもらう。そして相性が合い、その精霊好みの魔力であれば契約となる。


 まずは私に興味を持ってもらうことが大切なんだけど……精霊たちは皆個性的だし、相性もあるのでそう簡単にはいかない。

 私の錬成物や魔力は興味を引かなかったようなので……。何とかもう少しランクが上の薬を作るか品質を高めるか……とにかく修行だ。練習しよう。


 そうそう、精霊は契約に至らなくても、良い錬成物アイテムだと顔を見せるくらいのことはある。しかし今まで、私は顔を見せてもらえたことはない。


 ――今の私じゃ完全に力不足なんだなぁ。


「……イグニスがいてくれて良かった」


 しみじみ思う。

 こんな私と契約してくれているイグニスには感謝しかない。しかも可愛い。


「……素材の処理も丁寧にやると品質上がるし、理解度も上がるし……うん。やっぱりスライム採りに行こう!」


 魔素の多い迷宮で活動すれば、私自身の魔力も上げられるかもしれないし!


 パタン。


 素材保管庫の扉を閉め、そう決めた。




「さて……と」


 私はポーチから赤い屑魔石を取り出し掌へ。まずは素材の乾燥だ。


「イグニスー! お手伝いお願いします!」


 パァッと掌に光が弾ける。うん、イグニスの力はいつでも温かい。


「はいはぁ〜い! 今日はアイリス〜ずいぶんがんばるね〜!」


 こんな短時間で二回も呼ぶの珍しいよね〜と言いながら、イグニスは魔石をパク、パクリと食べる。


「疲れてる?」

「ううん〜大丈夫だよ〜! 何をすればいいの〜?」


 ぺとんと座って尻尾をフリフリ、見上げるイグニスはご機嫌そうだ。

 契約しているとはいえ、錬金術師は精霊に力を借りているだけだ。だから精霊の気分が乗らなければ力を借りることはできない。

 信頼関係がなければ成り立たない契約なのだ。


「この素材の乾燥をお願いします!」


 採取物を並べた作業台へイグニスを下ろす。

 乾燥させるのは夏菊草の根、赤と黒の彩人参、白茄子と兎花の根、それから兎花の花もだ。あとはハーブを幾つか。


 夏菊草は虫除けに使ったり、その他、薬の材料にする。

 彩人参はその名の通り様々な色の種類があって、食べると美味しい物と素材となる物とがある。赤は調味料にもなるし、滋養強壮の薬の材料にもなる。


 黒は赤より珍しく素材としてなかなか貴重で、皮は黒いのだけど剥いた中身は紫で、これが齧るとかなり渋い。消炎効果があり、内服にも外用にも使う。


 それから白茄子は、可食部以外は毒を含んでいて、それら全てが素材となる。根は毒性が強く、乾燥をさせて使うのだけど、毒性の弱い葉と茎は、刻んで絞ってその汁を使う。


 兎花は小さく白い、兎の耳のような花弁が特徴の可愛らしい花だ。茎と根は集中力を上げるお香などに使われ、花は子供向けの飲み薬シロップに使う。兎花の蜜は甘いので森のおやつでもある。

 ちなみに春、蕾のうちに収穫されたものは『兎菜』と呼ばれ、鼻に抜ける爽やかな香りが人気の、春の味覚だ。おひたしが一般的。


「それじゃやるよ〜」

「お願いしま〜す」


 イグニスの、のんびり口調を真似た返事をした私は瓶を取り出す。

 乾燥させてもらったらすぐにこの保存瓶に仕舞うのだ。真空に保った方が良いものは特別な魔石入り。そのままの方が熟成されて良いものは、普通に密閉保管をするだけだ。


「さて、ありがとうイグニス! 一旦お昼にしよっか」


 きゅぽん、と良い密閉音をさせた瓶を素材棚へ置く。

 乾燥素材は品質保持(時間停止とも言い換えられる)の保存庫でなく、日が当たらないようにしてある素材棚で良い。


「は〜い。ねぇ、アイリス〜お昼ってそれ〜?」

「そ! 初夏の楽しみ兎花の蜜!」


 乾燥させる前にあらかじめ集めておいた蜜は、小指くらいの大きさの小瓶八分目ほど。お昼は簡単に、朝焼いたパンに蜜をかけていただくつもりだ。


「イグニスも食べるでしょ?」

「た〜べる〜! この森は〜兎花たくさん咲いててイイよね〜!」


 精霊は食事を必要とはしないが、自然界から魔素を取り込むことはしている。(召喚する時に屑魔石を食べるのはそれだ)

 なのでたまには、こうして自然の恵みから魔素を取り込むこともある。イグニスは故郷の温熱地帯にはなかった兎花の蜜が好物の甘党だ。かわいい。


「あ、それでね、イグニス。悪いんだけど今日はもう少し手伝ってもらってもいい? コンロの魔石がもう無くて……」

「うん、い〜よ〜! 何作るのぉ〜?」


 イグニスは蜜を手で取り、ペロペロ、ペロペロと美味しそうに舐めている。うん、ご機嫌。

 私は沸かしてもらったお湯で紅茶を淹れ、薄焼きパンを半分。兎花の蜜はイグニスと半分こだ。


乾燥赤茄子ドライトマトとジャム! 幸い塩と砂糖はあるからね。新鮮なうちに作っておきたくて! あと……夕食用に魚も焼きたいんだけど……」


 ちょっと甘え過ぎかな? と、ちょっと遠慮しつつ言ってみる。もしイグニスが疲れてしまったなら薪で焼いてみようと思う。


「いいよ〜! 僕もお料理得意になっちゃいそうだねぇ〜」


 くふふ! と、イグニスは蜜でテカテカの平たい口で笑った。



 さてさて、お昼……と言っても、もう昼三刻という夕方手前。手早く食べたら簡単な保存食作りと夕食の準備もしなければ。


 せっかく食材があるのに食いっぱぐれるなんて絶対に嫌!

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