第8話 満月

 店を飛び出した少年は「こんな筈じゃなかった!」と、自戒の念も込めて呟いた。


 憧れにも似た感情だった。

 未知なる、大人の女性への好奇心もあった。

 幼くして母親を亡くした少年には、異性が身近にいない。ましてや、ネクラと言われる性格の故に、女友だちもいない。


 下卑げびた笑い声をあげているクラスメートの輪にも、入れない。遠目に見るだけの少年だ。しかし不良のたまり場とされるあの店に行けば、異性と誰もが話をできる、そう思いこんだ。


 話をーどんな話を…?  

 逡巡していた時の、思いもかけぬ女からの言葉に、ただただ混乱するだけだった。


 17歳 ―― Rolling Age 。


 翌日の夕方、Go-Go-Snackの店先で、一人のフーテン娘が焼身自殺を遂げた。遺書のないこの事件は、世界各地で頻発していた「ベトナム戦争への抗議の自殺」と同列に扱われ、こぞってテレビで報道された。

 

 白い埃だらけのこの舗道を、笑いながらしかし涙を流す少年が歩いていたのは、この事件が報道された夜更けのことだった。

 月は、満月だった。

━━・━━・━━・━━・━━・━━・━━・━━・━━

1969年

1月18日 東大安田講堂陥落

3月30日 パリにおける「ベトナム反戦」焼身自殺。


1970年

3月14日 大阪万博の開幕。そして大盛況。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブルーの住人 第3章 ブルー・ふらめんこ としひろ @toshi-reiwa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る