第187話私が選べる未来の在り方

「それは……」


 言い淀んだ私に、ミリーは「そんなことだろうと思いましたわ」と腕を組み、


「嫁ぐとなれば、女はこれまでの全てを捨て、相手方の"夫人"となりますのよ。オリバー様とアナタは旧知の仲のようですから、多少の融通はきくのかもしませんが……商家の夫人が国の運営する店に勤務するなど、あり得ませんわ」


 言葉を引き継ぐようにして、ローザが「ですが、それもティナ嬢の選択次第なのですわ」とひとさし指を立て、


「例えばティナ嬢が王家に連なる関係者……そうですわね、近い方ですとダン様が該当しますわね。もしもダン様に嫁ぐとなれば、ティナ嬢は夫人となってからも"mauve rose"に携われる可能性が高いですわ。王家をお支えするという意味でも矛盾はありませんし、従者の奥様にでしたら運営を任せるのも不自然ではありませんから」


 今度はマリアンがにこりと笑んで、


「レイナス様に嫁ぐとなれば他国の王子妃となってしまいますが、レイナス様は弟殿下ですし、ヴィセルフ様との仲はいわずもがなです。両国の友好関係を示す証として、カグラニアに国の直営店として"mauve rose"の二号店を作ることも可能なのではないかと思いますわ」


「そ、そんなことが……」


 すると、エラが「せっかくですので」と小さく手を挙げ、


「婚姻後の自由度であれば、テオドールもティナの意志を尊重してくれるはずです。"mauve rose"の調度品はブライトン家の伝手を使って私が選別しましたし、その気になれば料理人の方々にも、雇用先の変更を提案できるだけの資金もあります」


「エラ様まで……」


「なにをおっしゃいますの。エラ様に感謝すべきですわ」


 ミリーはきっと目尻を吊り上げ、


「ティナ嬢がこの国の伯爵令嬢である以上、いずれ殿方に嫁がねばならないのはあなたも承知しているでしょう? ご両親に選択の余地を与えられているだけ良いものですわ。親の決めた顔もしらない、十よりももっと離れた年の男に嫁がねばならない令嬢だっているのですから」


(そうだった……この国では前世とは違って"令嬢"は家門のために結婚するのが当然だから、可哀想な女性も少なくないんだよね)


 頭に過ったのはあの森で悲しい最期を迎えることになってしまった、リア嬢とコレット嬢。

 この学園にも、あの二人のように望まない結婚に苦しむ女生徒がいたっておかしくはない。


「……いいこと、ティナ嬢」


 ミリーは少々前のりになると、私の目をまっすぐに覗きこむ。


「アナタのことですから、地位と権力のある男性からのアプローチは自分にとって"贅沢"だと考えるでしょう。まったく、アナタは自分自身のことが一番良く見えていませんわ。ティナ嬢は"選ばれる"のではなく、"選ぶ"側の人間ですの。家門の格に惑わされて、安売りなどしてはなりませんのよ。オリバー様はともかく、ティナ嬢はまだ卒業まで時間がありますわ。よく考えて、アナタが選ばなければ」


 話は済んだとばかりに姿勢を戻したミリーは、優雅にお茶を傾ける。

 すると、マリアンはおっとりとした口調で「クッキーはいかがですか?」と私の小皿に取り分け、


「ミリー様は本当に心配されてらしたのよ。情熱的なのは良いことですけれど、このままではティナ嬢が勢いにおされて求婚を受けてしまいそうでしたから」


 そうですわ! とローザは少し怒ったようにして、


「オリバー様はもうじき卒業ですから焦っていらっしゃるのでしょうけれど、こちらはまだ一年なのですもの。もう少し猶予を与えてくださってもいいのに!」


 確かに、ゲームでもオリバーはエラが二年生の時の卒業パーティーに現れて、攫うようにしてエラを連れていってた気がする。

 なのにこんなに私の答えを急ぐのは、なんでなのだろう?


(レイナスの告白が関係してるから? それにしたって、なんだか圧が強いっていうか……"オリバー"らしくないっていうか)


「ありがとうございます、ミリー様、ローザ様、マリアン様。今後を含めて、もっとよく考えてから結論をだそうと思います」


「当然ですわ。あ、それと、お相手をお決めになったら教えてくださいな。わたくしの家業にも影響がありますから」


「へ!? ど、どどどうして私のお相手がミリーにご影響を……? あ、もしかして、ミリー様の婚約者候補としてオリバー様があがっていらっしゃったのですか!?」


「見当違いもいいところですわ。アナタね、自分に近づいてきた人間の家門くらい調べておくべきですわよ。私の一族は、ここラッセルフォードの造船業を統括しておりますの」


「造船業……」


「"mauve rose"のおかげで、ヴィセルフ様が王家専属の商船をお作りになられたのはご存じですわよね? あの船を用意したのは当家ですのよ」


「あのクリスティーナ号をですか!?」


 ミリーは「ええ」と紅茶をこくりと飲み、


「その様子だと、既に船も見てきた様子ですわね。ともかく、それ以来当家は王家の支援を受け、船の研究も規模を拡大しましたのよ。要するに、"mauve rose"の今後は造船業にも影響しますの。"mauve rose"を起点に他国への取引を増やす商家が増えれば、それだけ船も必要になりますでしょう?」


(私の選択が造船業にまで影響するなんて……)


 プレッシャー。そんな言葉が背中にずんとのしかかってきたような心地がする。

 ぎゅ、と手を握りしめたのは無意識。

 すると、宥めるようにして背を優しくポンポンと撫でられた。クレアだ。


「一番に大切なのは、ティナの気持ちですわ。影響だの経済だのは、当事者が考えることです」


「クラウディア様……」


 今度はエラが「その通りです」と、力の入った私の手をそっと包み込み、


「それこそ結婚に拘らずとも、働き続ける道を選ぶ女性も少ならかず存在します。どうか固執した考えにとらわれず、ティナが望むのなら、わたくしが力になれることを忘れないでください」


「エラ様も……。皆様、本当にありがとうございます……!」


(固執した考えにとらわれず、か……)


 そうだよね。お父様もお母様も、私が結婚は嫌だって言えば了承してくれそうな方々だし。

 エラのところで働けなくなったとしても、ヴィセルフならきっと、私が働きたい! って頼めば、また王家で雇ってくれるだろうし。


(エラとヴィセルフが結婚してからも、二人の側で働けたらきっと楽しいだろうな)


 その時は跡継ぎ問題とか出て来るだろうけれど、それはその時に考えればいいよね!


(よし、オリバーとのお出かけも気負わずに楽しんでこよう!)

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