第183話噂が学園中に広まってしまいました

(どうして……どうしてこんなことに……っ!!)


「はい、ティナ。あ~~ん」


「いえ、私は自分で食べれますから……」


 多くの生徒で混み合う、昼時の食堂。

 隣の席を陣取り、ロースト肉をさしたフォークを向けてくるオリバーに、やんわりと制止を伝える。

 けれどもオリバーは「えー、いいじゃん。俺がやりたいんだし」とどこ吹く風。

 どころか私の顔を覗き込むようにして小首を傾げると、ニッと口角を吊り上げ、


「俺さ、好きな子には何でもやってあげたいタイプなんだよね」


 あ、聞こえる。

 数メートル離れてこちらをチラチラと伺っていたご令嬢方の、歓喜とも妬みともとれる声なき悲鳴が。

 おまけにこそこそと、


「ねえ……もしかしてあの噂、本当なのかしら?」


「オリバー様がご婚約者候補だって話?」


「なんたってあんな平凡な子が……」


(うんうん、わかるよ。私も激しく完全同意だもの!!)


 レイナスとオリバーの衝撃的な告白を受けてから、早二週間。

 これまでは彼なりに気を遣ってくれていたんだって痛感するくらい、オリバーは私を構い始めた。

 おまけにどこから漏れたのか、私とオリバーの"約束"も噂になってしまっていて……。


(普段はエラとクレアが一緒にいてくれているから、まだマシなんだけどな)


 今日は成績上位者による、昼食会の日。

 エラとクレアは勿論、ヴィセルフやダン、レイナスも出席対象で。

 心配だから一緒に来ていいと言ってくれたけれど、さすがにそこまで迷惑はかけられないと断って食堂に来てみたら、オリバーに掴まってしまったのだ。


(これもヴィセルフとエラが相思相愛だからこその、変化なのかな?)


 本来恋すべき対象であるエラが、すでに未知なるヴィセルフルートに入っているとして。

 他の攻略対象たちがエラに恋慕することなく、別の女性に心を向ける仕様になっていても、納得は出来る。

 けれどその相手が私っていうのは、正直全然理解が出来ない。


(オリバーに関してはお父様たちの"約束"があるから? レイナスは……たまたま一番近くて関わりのあったこの国の女性が、私だったからかな)


 でもオリバーはともかく、レイナスがそんなお手軽な理由で私に好意を抱くって。

 彼の人と成りを知っている私からしたら違和感だし、もしもこれが"ゲームの強制力"なのだとしたら、あまりに理不尽すぎて……。


「……ねえ、ティナ。今、俺以外のヤツのこと考えてない?」


「へ!? いえ、そういうことでは」


「んじゃ、なに?」


「えっと……とりあえず、ご飯が食べづらいなって」


 チラリと周囲に視線をやると、あからさまに顔を背ける周囲の生徒たち。

 混んでいるはずなのに、私達の周りの席はぽっかりと開いていて、明らかに目立っている。


(おまけに私達の会話に聞き耳を立てていることは丸わかりだし……気になってご飯どころじゃないよ!)


 オリバーもまた、「あーね」と周囲をさっと見渡して、


「今度から別の場所で食おーよ。二人きりになれそうなトコ、探しとくからさ」


「な!? だ、大丈夫です! そもそも、お昼はいつもエラ様やクラウディア様とご一緒しているので……!」


「んじゃ夕食にしよっか。街にデートもいいんじゃない?」


(いや、いいんじゃないじゃなくって……!)


 途端、オリバーは「……俺もさ、悪いとは思ってるんだよ?」と苦笑を浮かべ、


「でもさ、俺がこの学園でティナと関われるのって、あと少しじゃん? 焦ってんだよね、正直。ティナのことは、絶対に諦められないから」


「オリバー様……」


 切実に訴える瞳に、思わずドキリと心臓が跳ねる。

 実のところオリバーには先日、謝りにいった。


 まさか本当に私を、恋愛対象として好いていてくれたとは思っていなかったこと。

 オリバーの気持ちは嬉しいし、お父様同士の"約束"も魅力的だけれど、今の私はオリバーと同じ意味の"好き"を返せないこと。

 私の話を黙って聞いてくれていたオリバーは、「わかった」と頷くと、


「なら、これからは遠慮なんてしないから。ティナには絶対、俺を選んでほしいし」


「……へ?」


 と、なぜか余計に火をつけてしまったようで。

 眼前のオリバーは、「ね、ティナ」と上目遣いで私を見て、


「デートくらいしてくれたっていいじゃん? 俺のこと、嫌いってわけじゃないんでしょ?」


「それは……」


「ティナが言ってた通り、俺達って小さい頃から知ってるワリに、一緒に過ごせた時間は少ないし。学年も違うしさ。俺にも、知ってもらえるチャンスをちょうだい?」


(確かに、オリバーの言う通りかも)


 そもそもオリバーが私を好きになるなんて思っていなかったから、彼の言葉は全て"社交辞令"として受け流していた。

 こんなにも真剣に気持ちを向けてくれているのだし、私もちゃんと、"私"として彼と向きあわなきゃ失礼になるよね。


「そうですね。今度、一緒に出掛けましょうか」


「いいの? やっぱりナシとか言わない?」


「はい。私ももう少し、オリバーのことを知りたいですから」


 すると、オリバーは「やった!」と嬉し気に拳を握り、


「張り切ってエスコートするから、楽しみにしててよ。いつがいい? 俺はティナのためなら、いつだって身体空けるよ」


「えと、日程については確認が必要なので、また後程――」


「――ティナ嬢」


 オリバーとは反対側の耳元に落とされた、優美な声。

 驚愕に顔を向けると、キラキラとした笑みを浮かべたレイナスが。

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