第182話好きになる相手を間違えていませんか!?

「ひとまず、情報を集めてみてはいかがでしょうか」


(レイナス?)


 視線を向けると、レイナスはにこりと優美に目元を緩め、


「整理しましょう。まず、ティナ嬢の考えたこの"餡子とクリームのパンケーキサンド"は商品化に値する味でした。"小豆"という新しい食材を用いた画期的なスイーツだと思います。これを考案したティナ嬢の功績はもちろん、新たな可能性を知ることが出来たというだけでも、この会はとても価値のある会でした」


「レイナス様……」


「この先は商品化を視野にいれた行動が必要です。主な方法として、仕入れについては二つの手があります。この国の商船を先の国に送る方法と、我が国と行き来している現在のクリスティーナ号のように、安価に仕入れている中継国から仕入れる方法です。まずは周辺の友好国で、東の国と取引をしている国がないか調べてみるべきでしょう。その辺りは、ヴィセルフの仕事ですね」


「テメエに言われなくともわかってる」


 ヴィセルフが睨むも、慣れっこのレイナスは穏やかに首肯して、


「僕も、義姉上に手紙を送ってみます。この国よりは、義姉上の母国の方が東の国に近いですから」


 諦めるには早いですよ、ティナ嬢。

 立ち上がったレイナスは、私に近づき右手を掬い上げる。


「目的を達成するために、最後まであらゆる手を試し続ける大切さを教えてくれたのはティナ嬢です。背負うものが増えるほどに心を配る相手が増え、徐々に諦めがちになっていくのは僕にも身に覚えがありますが、ティナ嬢にはまだ、その眩い羽をもがれてほしくはありません」


 流れるような仕草でレイナスが私の指先に唇を落とした瞬間、ガタガタッと椅子を引いた音が幾重も響いた。


「テメッ、レイナス……!」


 一番近い席にいたヴィセルフがレイナスの腕を弾き、私を背にして間に割り入る。

 ダンもまた、無言ながらレイナスの横に立ち、次の挙動はいつでも制止出来るとでも示すようにしてレイナスを見つめ続けている。

 当のレイナスはやれやれと肩をすくめ、


「ヴィセルフ、あなたはそうして僕とティナ嬢の間に割り入れる立場ではないでしょう? 警戒を露わにしながらも、手も口も出さず控えるダンを見習ったらどうですか」


「なんだと?」


「今一度明確にしておきますが、僕はティナ嬢に求婚をしている身です。ティナ嬢が拒むのであれば控えましょう。ですが彼女と"ただの友人"であるあなたが僕たちの交流を妨害するするのは、お門違いです」


「……っ」


 ぎりりと奥歯を噛みしめたヴィセルフの横顔は、今にも叫びたいのを必死に堪えているよう。

 レイナスはそんなヴィセルフを鼻で笑うようにして、


「どいてください」


 ヴィセルフの肩を押しのけ踏み出たレイナスが、私の眼前に立つ。

 戸惑いながら見上げた私に、レイナスは苦笑を浮かべると、


「これを」


 懐から差し出された用紙を、不思議に思いながらも受け取る。すると、


「この数日間、ティナ嬢が東の国の食材に奮闘しているのだと、総料理長から聞きまして。なにか力にはなれないかと、図書室にある東の国に関する書物のリストを作ってみました」


「え!? 調べてくださったんですか!?」


 急ぎ紙を開くと、綺麗な字で並ぶ書物のタイトル。

 ご丁寧に、何番目の棚に収められていたのかまで記されている。


(東の国の書物って、そもそも数も少ないから、探すのも大変なはずなのに)


「仕入れに関しても、知識をつけることで新たな道が見えて来る場合もありますから」


「ありがとうございます、レイナス様。とても助かります……!」


 正直、"東の国"といっても私の知識はほとんどないに等しい。

 前世の日本とどれだけ似通っているのか、小豆や緑茶以外にも知った食材があるのか。


(レイナスの言う通り、交易を願うのなら、まずは知識をつけないと)


 そのためにもこの会が終わったら、さっそくいくつか借りに行って――。


「元気が出たようですね」


 微笑んだレイナスは自身の胸元に片手を添え、


「ティナ嬢、僕は誰にでも優しいわけではありません。ティナ嬢だから尽くし、甘やかしたくなるのです」


「え、えと、レイナス様、なにを……」


「僕を意識してください、ティナ嬢。あなたを僕の婚約者として連れ帰りたいという想いは、冗談でもなく、紛れもない僕の願望です。あなたのことを、心から愛しく思っています」


(え……これって、からかわれているんじゃなくって?)


 私を見つめるレイナスの瞳は真剣で、だかこそ混乱する。

 だって、レイナスが好きになるのは、"ヒロイン"のエラのはず。


 無意識に皆をきょろりと見渡すと、それぞれの表情はとても"からかっている"相手を見るそれではない。

 ヴィセルフでさえ、怒っているのか驚いているのかよくわからない顔をしていて、きつく握られたその手は白んでいて細かに震えている。


(まさか、本当に……?)


「レイナス様、その、本気で……?」


「はい。もう少しゆっくりと進める予定でしたが、他者と合わせて"一番"を逃すのは嫌なもので。……返事は急ぎません。僕が母国へと戻る卒業までに、心を決めてくだされば。そして願わくば、それまでは僕の好意を避けずにいてくれると嬉しいです。そのメモも然り、ですね」


「…………」


 つまりレイナスは、本気で私を好いてくれている。

 私の心が決まるまでアプローチを続けるけど、変に避けないでほしいってこと。


「~~~~っ!!!!」


 理解が追い付いた途端、一気に頭まで熱が上がってきた。

 それはもう、ボフンと音がたちそうなほど。


(だ、だって、本気で"愛しい"だなんて言われたことないし!? おまけに相手はレイナスだし!!?)


「その可愛らしい顔をみるに、やっと意識してくれたようですね」


「か、可愛らしい……っ!?」


 つい声が上ずった私にレイナスはくすくす笑って、私の頬を指裏でそっと撫でる。


「今日はこの程度にしておきましょう。そのメモは、ぜひ役立ててください」


「っ、は、はい!」


 こくこくと頷く私に、レイナスはやはり楽し気にクツクツ笑みながらも席に戻る。


「座ってください、ダン、ヴィセルフ。それとも、気分を害したとここを去りますか?」


「……クソッ」


 どさりと腰を落としたヴィセルフに、未だ硬い表情のダンが続く。

 エラとテオドールもまた、いつになく緊張の面持ちで座席に腰を落とした。

 クレアとオリバーだけは、ずっと座ったまま。


(うう、こういう時、どうしたらいいのか全然わからない……!)


 いくら前世で乙女ゲームをたっぷり嗜んでいたとはいえ、現実的な恋愛力は残念ながら無に等しい。

 普段から多くの好意を向けられている"メインキャラ"ならともかく、モブ令嬢でしかない私にはスマートな対応なんて全然わからないよ……!


「ティーナ」


 重苦しい空気をものともしない軽い声に顔を向けると、オリバーがにこやかにひらひらと手を振っている。

 私を招く仕草に、「どうされましたか?」と近寄ると、オリバーは机に膝を付きながら、


「口、あーってして」


「? あー……っ!?」


 口内にずぼりと差しこまれたのは、切り分けられたパンケーキ。

 オリバーは「おすそ分け。ティナの分、ないんでしょ?」と口角をにっと吊り上げ、


「俺のこと、忘れてない? ティナ。俺のがずっと前からティナのこと好きだし、ティナが卒業したら婚約出来るって楽しみにしてたのに」


「へ?」


「まさかとは思ったけど、ホントに信じてなかった感じ?」


 オリバーは「ひどいんだけど」とワザとらしい泣きまねをしたかと思うと、突如私の頭後ろに手を伸ばして、ぐいと顔を近づける。


「よそ見なんかしないで、俺にしときなよ、ティナ。ティナのこと、一番に理解してるのは小さい頃から知ってる俺なんだからさ。大事にするよ?」


 え……?

 ええええええええ~~~~~~~~!!!!!????

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