第181話餡子とクリームのパンケーキサンドでございます!

 和スイーツと合わせるのだからと、紅茶ではなく緑茶を用意してみた。

 当然ながら急須に湯呑なんてないから、ティーポットとティーカップだけれど、これはこれで"あり"だよね。


 茶葉を二つのティーポットに入れて、しばらく蒸らしたらメインテーブルにセットしてしたそれぞれのカップに淹れていく。


「こちらは東の国で愛飲されている"緑茶"というお茶になります。運よくご縁がありましたので、お菓子に合わせて用意してみました」


 私の説明に、ヴィセルフたちは興味深々といった風にして緑茶を覗き込む。

 途中でポットを変えて、全員分のカップに注ぎ終えた頃には、テオドールも皿の配膳をすませ席についていた。


「ありがとうございました、テオドール様」


 にこりと笑んだ私は、「それでは!」と居住まいを正す。


「どうぞ、ご賞味ください。餡子とクリームのパンケーキサンドです!」


 皆に配ったお皿に乗るは、小ぶりのパンケーキが二つ。

 どちらも一枚目の上に餡子と生クリームを乗せ、再びパンケーキを乗せたサンドウィッチ風になっている。


「餡子……? この黒いやつのことか」


 ナイフとフォークでパンケーキを切ったヴィセルフに、「その通りです」と首肯し、


「"小豆"という豆を砂糖で煮た、東の国の甘味になります。料理長と総料理長によると、そのままでは色や食感に少々抵抗があるとのことでしたので、滑らかな舌触りの生クリームと合わせ、パンケーキで挟んでみました」


 と、さっそく食べてくれたらしいダンが「お、うまいな!」と声を上げ、


「噛むたびに豆の少しザラザラした食感にクリームが混ざっていくのが面白いな。甘さがそれぞれ違うのも変化があって満足感があるし、そこにパンケーキのバターの風味と塩味が丁度良く合ってて、新しい味だ」


「な、おいダン! なに先に食ってんだ!」


「なにって、食べていいって言われただろ?」


 ほわほわと答えるダンに、目尻を吊り上げて詰め寄るヴィセルフ。

 その眼前でエラははくりとパンケーキを含んでから、綺麗な仕草で緑茶に口をつけ、


「"緑茶"とは、紅茶とはまた違った爽やかな風味のお茶なのですね。舌に残った餡子をすっきりとしてくれるだけではなく、ほのかな甘みを感じる葉の香りがよく合います」


(ですよね、ですよねえ~~~~!!)


 エラのキラキラとした瞳を見れば、気に入ってくれたのは一目瞭然!

 まさかエラと餡子と緑茶の良さを共有できる日が来るなんて……と感動に浸っていると、「それで? ティナ。まだ終いじゃねえだろ」とヴィセルフ。

 随分とご機嫌斜めな顔でパンケーキを咀嚼すると、じとりとした目を私に向け、


「わざわざこの大きさにしたのも、理由があるんだろ? 今みてーにナイフとフォークを使うことを考えてんなら、わざわざ小さくする理由がねえ」


(う、さすがヴィセルフ。鋭い……!)


 そんな心の声が顔に出ていたのか、ヴィセルフはニヤリと口角を吊り上げると、


「ティナのことだ。俺サマが気付かないはずがないだろ?」


 小首をくいと傾げる姿は、まさしく乙女ゲームのイケメンキャラ……!


(いいよー! なんせエラの眼の前というベストポジション!! アピールしてこ!)


 心の中で手を叩きながら、「ヴィセルフ様のおっしゃる通りです」と彼の側に寄り、


「ヴィセルフ様、ちょっと失礼しますね」


 座席の横から彼のお皿へと手を伸ばすと、ヴィセルフが微かに肩を跳ね上げた。

 驚かせちゃったかな? と思いつつも、用意していた紙でパンケーキをくるりと巻き、


「どうぞ、ヴィセルフ様」


「あ? ああ……」


 戸惑いつつも紙に巻かれたパンケーキを受け取ったヴィセルフが、不可解そうに私を見上げる。

 まあ、ヴィセルフをはじめとするこの場に集まる皆は"貴族"の出だから、戸惑うのも無理はないか。


「こうすれば、そのままかぶりついて食べれます。ナイフやフォークを用意せずとも、席を探さずとも、片手で簡単に食べるためにその大きさにしてみました」


「! そういうことか」


 ヴィセルフは躊躇なくパンケーキにかぶりつき、咀嚼する。

 甘い豆のパンか、と呟くと、


「"mauve rose"が出来てから、あの周辺では手軽な軽食を出す店が増えたからな。座れる場は常に人が溢れていると聞いている」


「はい! "mauve rose"で販売しているお菓子は座らずとも食べれるモノも多いですが、それでも立ちながら楽しまれる方は稀です。なのでこのパンケーキサンドで、歩きながらも食べれることをアピールしていけたら、お店の宣伝も兼ねて新しい顧客層を呼び込めるのではないかと」


「……試してみる価値はありそうだな」


 真剣な眼差しでパンケーキを観察するヴィセルフの脳裏には、実現に向けた色んな段取りが次々と浮かんでいるのだろう。


「……悪くない案だとは思うけれどね」


 重いテオドールの声に視線を移すと、


「近頃は安価な紙の流通も増えてきたから、この程度なら工面は出来るはずだよ。けれど、この餡子を作るための"小豆"という豆は、東の国のものなのだろう? 我が国からでは東の国まで七日はかかるし、"小豆"とやらがどのくらいの値でどの程度の量を輸入できるのかも、情報が足りない」


(七日……そんなに遠いんだ)


 今の"mauve rose"に必要なスパイス類は、ジークたちの乗るクリスティーナ号が運んでくれている。

 彼らを東の国に向かわせるとなると、他の商品にも影響が出てしまうのは明らかだし、長距離の航海はそれだけ危険も伴うし……。


(つい先走っちゃったけれど、"mauve rose"で販売ってなると難しいかも)

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