第180話温室での試食会にございます

「朝飯や簡単な軽食に良さそうだな。だが気になるとしたら、これは"焼き立てのバゲット"を使ったからこその美味さだってことだな」


 料理長の指摘に、そうなんだよねえと額に手を遣る。

 この国のバゲットは、前世のそれよりもパサついていて硬い。


 焼き立てを楽しめる貴族はジャムやレモンカードをつけて食べることもあるけれど、平民を含め大抵の場合はスープやソースに浸すのが主流だ。

 総料理長もうんうん唸りながら、


「それに、正直な所やはりこの黒い見た目では手を出しづらいかと……。我々はティナ様への信頼から口にしましたが、それでも勇気のいる判断でしたし」


(ううーん、大衆化を狙うなら、バゲットじゃないレシピにしないとかあ)


 もっと柔らかいパンで、餡子が見えないように……。


「あ」


「いい改良方法が思いついたのか? 材料はここでなんとかなりそうか?」


 さすがは付き合いの長い料理長。私のたった一言でピンと来てくれたよう。

 私は「はい!」と頷いて、


「料理長、総料理長! お力を貸してください……!」



***



「急なお誘いでしたのに、試食会に集まってくださってありがとうございます!」


 万全を期して迎えた三日後の授業後。学園の温室に集うは、麗しき生徒会の面々。

 新しいスイーツを考えたので、時間がある方はぜひ試食をお願いしたいと話したところ、ありがたいことに全員が集まってくれた。


(思えばこうして落ち着いて温室に勢ぞろいするのは、初めてかも)


 いつもの生徒会室とはまた違って、ガラス張りのせいか視界がキラキラと眩しい。

 それこそ野次馬の一人や二人いてもおかしくはないだろうに、温室内はもちろん見える範囲の室外にも人影ひとつないところを見るに、このキラキラマックスな美の圧に耐えられなかった生徒が多数のよう。


(うん、気持ち、わかるよ……!)


 私だって前世を含めたこれまでの耐性がなければ、このメンバーを前に平然としていられたか怪しいもの。


「エラ様、どうぞこちらへ」


 席まで案内しようと、先頭のエラの手をとってエスコートする。すると、


「誘っていただけて嬉しいです、ティナ。ここ数日頑張っていたようですが、無理はしていませんか?」


(ホントにエラはいついかなる時も圧倒的透明感な美しさと優しさを持ち合わせた超絶完璧ヒロインだよね……!)


 ここ数日餡子スイーツのことで忙しくて、授業中以外ではあまり顔を合わせていなかったからかな?

 心配気なエラの顔がジンと沁みる。

 心の中で拍手を送りながら、「はい!」と笑んで、


「お気遣いありがとうございます、エラ様。昨晩はぐっすりでした! あとは、今回のスイーツがお口に合うと嬉しいのですが」


 と、エラの対面の席に腰かけたヴィセルフが、


「新しい食材を手に入れたから、料理長や総料理長とあれそれ試したいって言ってたやつか。その様子だと、納得できるモンが出来たみたいだな」


「ヴィセルフ様が早急に学園長に話をつけてくださったおかげで、なんとか。本当にありがとうございました」


「……ティナが頼んで来たんだ。叶えるに決まってるだろ」


 ふいと視線を逸らしたヴィセルフの耳が、ほんのり赤い。

 エラの前で頼もしさアピールが出来たから、照れてるのかな?


(相変わらずヴィセルフがエラを大好きで良かった良かった)


 生徒会に顔を出せていなかったこの数日間、誰かがエラにアプローチを仕掛けないかちょっと心配だったんだけれど、この様子なら大丈夫だったみたい。

 胸中でほっと息をつくと、「それにしても」とヴィセルフの隣に座ったダンが口を開く。


「料理長と話をしたんだけど、"ありゃ我が国におけるスイーツの革命になるぞ!"って感動していたぞ。さすがはティナだな」


 ニッと向けられた爽やかな笑みは、頼もしいお兄さんな慈愛付き。

 うん、これはこっそり結成されていると噂に聞いた"ダン様に憧れ隊"のご令嬢方が泣いて喜ぶ笑顔だ。


(ゲームだと女生徒絡みではレイナスとオリバーが罪な男ってイメージだったけど、実は一番罪深いのはダンなのかも……)


 なんだろう。本気で真摯な恋心を抱くご令嬢を、無自覚に増やしちゃうというか。


「ダン様が王城と調整してくださったおかげです。料理長や馴染みある料理人の皆さんがいてくれたので、遠慮なく出来ました!」


「それは良かった。ティナが楽しく出来ることが一番だからな」


(これで裏がないんだもんなあ~~~~!)


 ううーん、やっぱり罪深い!


 そうこうしているうちにエラの隣にはレイナスが。そしてその隣がクレアことクラウディア。

 ダンの隣にはテオドール、オリバーと腰を下ろしたのを確認して、私はよし、と用意していたお皿が並ぶ別の机に向かう。

 すると、


「――手伝うよ」


「へ? あ……テオドール様!?」


(あれ? さっき確かに座っていたはずなのに……っ!)


 隣に立つ姿に慌てて、


「そんな、テオドール様のお手を煩わせるわけには……っ!」


「一人でいったい何往復するつもりだい? 第一、ティナは侍女ではなく、僕らと同じ"生徒"だろう? 僕の申し出を断る理由はないと思うけれどね」


(確かに……人数も多いし、待たせちゃうよりは手伝ってもらったほうがいいかも)


 何よりテオドール自身が手伝ってもいいってわざわざ来てくれたわけだし、無理に断って戻ってもらうほうが申し訳ないし。


「それじゃあ……お願いしてもいいですか?」


 テオドールは満足そうに目元を細め、


「そうこなくちゃ。次はもっと早くに僕を頼るといいよ。ティナに頼られるのは、嫌いじゃないからね」


 ぽん、と私の頭を軽くなで、「皿は僕が運ぶから、ティナはそこのお茶を淹れておきなよ」とテオドールが皿を二つ運んでいく。


(テ、テオドールってやり方がスマートなんだよねえええええ)


 思わず顔に熱が上がるのは、しかたないと思う。

 あんな綺麗な顔で微笑まれたら、条件反射みたいなものでしょ……!


(なんか、テオドールって本気出したら男女構わず籠絡させそう……)


 ギャップでぐわん! って心臓掴んでから、丁寧にじっくり囲って自分なしじゃダメにしていきそうというか。


(って、せっかく時間を作ってもらったんだから、急いでお茶を準備しなきゃ)

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