第179話これぞ餡バターです!

「ふ、ふふ、ふ……そろそろ……いい感じに……よし!」


 鍋をふつふつと煮ていた火を止め、最後にお塩を少々加えてかき混ぜる。

 私はやり切った! と手の甲で額を拭って、心配気な面持ちで見守る料理人たちを振り返った。


「お待たせしました、完成です! その名も――餡子!」


 ほくほくと白い湯気の立ち込めるここは、学園の厨房。

 そう、クレアの商店でマダムさんから購入してきたのは、なんと"小豆"!


 特別に許可を得た私はさっそくと厨房に持ち込んで、せっせと餡子作りを始めた。

 集うは学園の総料理長と、料理人さんたちがずらっと。

 そして話をしたら「絶対に行くからな!」と鼻息を荒くしていた王城の料理長と、顔馴染みの料理人たちが大集合している。


 料理長に至っては、「どうして学園の厨房なんだ!? こっちじゃないのか!?」って騒ぎ立てていたけれど。

 理由は簡単。王城の厨房で作業するには、次の休日まで待たなきゃいけないから。

 対して学園の厨房なら、授業が終わってしまえば融通がつくのだから、そりゃあこちらを選ぶわけで。


 だって餡子。餡子だよ?

 私は、いますぐにでも食べたいんです……っ!!


(餡子は小豆とお砂糖、それとお塩がちょっとあれば作れるシンプルさもありがたいよねえ)


 緩む頬を隠し切れない私と鍋の中を交互に見て、料理長は「また妙なもんを作ったな」と眉を顰める。


「赤っぽい小さい豆にも驚いたが、こんなにも黒ずんで……。焦げているんじゃないよな? ティナが言うモンだから、美味いんだろうが……」


 同意するようにして、心配気な表情の総料理長が同じく鍋を覗き込む。


「正直に申し上げるのなら、とても食欲をそそる見た目ではありませんね……。豆にあれほど大量の砂糖を入れていたということは、甘いのでしょうが……味の想像がつきません」


 双方の料理人たちも同じ意見のようで、うんうんと頷いている。


(まあ、気持ちはわかるけど)


 餡子はもちろん、お豆腐や味噌みたいに豆を加工して食べる習慣は、この国にはない。

 豆はお肉料理のソースやスープに加える具材の一つって認識が強いから、そもそも豆だけを食べるのも不思議だろうし。


(だからこそ、マダムさんの所で残っていてくれたんだろうけど!)


「とにかく食べてみましょう! 総料理長、お願いしていたパンは焼けていますか?」


「はい、出来ていますよ」


 さっと差し出されたのは、籠に入った温かな数種類のパンたち。

 私が小豆を煮込んでいる間に、食堂で残っていたものをリベイクしてもらった。


「ありがとうございます。では……」


 私が選んだのは丸いパン。三分の一ほどを手で切り取り、更に上下にさいたなら、その間に餡子を臆せずたっぷりと。

 よし、とパンを戻したら、即席ミニ餡バーガーの出来上がり。


「はい、これは料理長に」


「お、おお……」


「それと……はい、こっちは総料理長」


「あ、ありがとうございます」


「そーしーて……これは私ので」


 まずは代表して、三人で。

 緊張の面持ちで見守る料理人たちの視線を受けながら、「いただきます!」とミニ餡バーガーにかぶりついた。

 口内に広がっていく、もったりとしつつも少々ざらついた食感と、解けるような優しい甘さ。


(~~~~これこれこれーーーーーーーっ!!!!)


 溶けるようにしてなくなっていく餡子は、まさに前世で刻まれた懐かしいあの味!!

 心の中で感動に涙を流しながら、自信満々で「どうですか?」と一緒に食べた二人を見遣る。と、


「……マズくはねえ。どちらかっていやあ、"美味い"に分類されんだが……」


「なんとも判断が難しい味ですね……。なんというか、見た目に比べぼんやりとしているというか」


(あ、あれ? もしかして、口に合わない感じ??)


 難しい顔をしながらもぐもぐと咀嚼する二人に、焦りが勝ってくる。


(和風の甘味って洋風のお菓子とは全然違うもんね……食べ慣れていないと、抵抗あるのかな? なら、なにかを加えて餡子を洋風に出来たら――)


「……あ」


 ぴん、と思い当たった私は「総料理長!」と声をあげ、


「バターはありますか?」


「はい。持ってこさせましょうか」


 総料理長の視線を受けた学園の料理人数名が、頷くと同時に立ち上がった。

 ほんの瞬きの間に、木箱に入ったバターを持ってきてくれる。


「バターを混ぜるのか?」


 興味深々といった風にして尋ねてくる料理長に、


「いえ、ちょっと違います」


 パンの籠から、今度はちょっと硬めのバゲットを手に取る。

 カットされていたそれをさらに半分にして、餡子を塗ったらその上に切り取ったバターの欠片をオン!

 これぞ、前世でも大人気の餡バター!!


「料理長、総料理長! こっちも試してみてください!」


「な、バターを溶かしたり混ぜたりしなくていいのか!?」


「はい! そのままがぶっといってください!」


「ティナ様がそうおっしゃるのでしたら……ではっ!」


 意を決したようにして、料理長と総料理長があむりとバゲットを口に放り込む。

 祈るような心地で手を組む私の眼前で、ごくりと咀嚼した二人がほぼ同時に口を開いた。


「――うまい!!!!」


「!?」


「"餡子"とやらの甘さが控えめだからか? バターの塩気と奥深い甘味が混ざって、何度も噛みしめたくなるような新しいうま味になっている……!」


「食感もいいです。ほろほろとした餡子に、口の中で徐々に溶けていく滑らかなバター……! そして硬めのパンがしっかりとした噛み応えを与えてくれるおかげで、満足感も非常に高まります!」


(おお、国でもトップを争う料理の情熱家が共鳴してる!)

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