第178話緑茶に出会えたので確保します!
(クレア、本当にマダムさんと仲が良いんだ)
楽し気な様子の二人に、どこか安堵に似た感情が湧き上がる。
クレアにとって自宅は"クラウディア"として息の詰まる生活を強いられてきた場所だし、学園生活もその延長線のままだ。
ヴィセルフたちに事情を伝えられたことで、ゲームよりは友好的な関係になれたのだろうけれど、"友達"のように接しているようには見えない。
けれどここは、クレアにとって息のつける温かな場所のよう。
「ティナ? にこにこしちゃって、今の状況分かってる?」
「へ!? あ、ごめん、なんかクレアとマダムさんの仲良い姿見てたら、感動でじーんとしてきちゃって……。いい居場所が見つかって良かったね、クレア!」
「なんだい、せっかくアタシが売り込んだっていうのに、アタシ達を見てぼんやりしていたってことかい」
「それがティナなんだって。可愛いでしょ? ありがとね、ティナ。色々と心配かけてばっかりだったもんね」
クレアはそっと私の両手を掬い上げると、
「人目があるから素っ気なくなっちゃうけど、学園生活も楽しくなったんだよ。生徒会に入れてもらえたおかげで、ティナと一緒にいても不審がられないでしょ? だから今度は、一緒にお昼食べよ?」
コテリと小首を傾げて上目で見上げてくるクレアに、「いいの!?」と思わず声が弾む。
「私も一緒に食べたい!」
「じゃ、決まりね。どこがいいかなあ。食堂で見せつけるのもいいけれど、温室の方が邪魔が入りにくいだろうし……」
そうだよねえ。
私と楽しくご飯を食べてる姿を見て、"クラウディア"に苦手な印象を持っている人達のイメージも変えられたら一石二鳥だし。
ミリーにローザ、マリアン達は中々の情報通だ。
そんな彼女たちがまだ"クラウディア"を警戒しているということは、きっと生徒達の間でもまだ、私達が和解する前の"クラウディア"の印象が根強いってこと。
「クレアが優しい人だって、早く皆に気づいてもらいたいな……」
呟きながら指先を握り返すと、クレアは虚をつかれたように目を丸めた。
「眩しいねえ」としみじみ呟いたのはマダムで、クレアは数度、躊躇ったようにして口を開閉すると、
「ティナが知っていてくれたら、それで充分」
「クレア……」
見つめたクレアは、なんだかいつもよりも頬が赤い。
クレアはどこか照れたように視線を逸らし、
「だからティナが、ずっとアタシのことを見ててよ」
「……マ」
「マ?」
「マダムさん!! この店で一番いいお茶をクレアにお願いしますっ!!!」
「あいよ! アタシに任せておきゃ心配ないよ」
「ティナ!? 急に喉が渇いたの!?」
いやだって!? こんっっっな胸キュンイベントを課金なしの無料で!!
しかも直接手を握ってなんて畏れ多すぎるでしょ!!?
「うん……そう、喉がね……だから一緒に飲んでくれると嬉しいな……」
「え? なんかちょっとぐったりしてない? こっち座って、ティナ」
「あ、大丈夫。なんというか、尊さに浄化されたっていうか、クレアってやっぱりつよつよだなって再認識していたっていうか」
「突然妙なこと言い始めるの、相変わらずだよね。褒めてくれてるっぽいから、嬉しいけど」
ひとまず座って、と導いてもらった椅子にありがたく腰かけると、お盆を手にしたマダムが「ほら、持ってきてやったよ」と優雅に歩いてくる。
お盆に乗せられていたのは、ティーカップが二つにティーポット。
(珍しい紅茶なのかな?)
私の疑念を読んだようにして、側の机にお盆を置いたマダムがパチリとウインクしてみせる。
「今のアタシの"とっておき"だよ。心して飲むんだね」
いくつもの指輪がきらめくマダムの手によって傾けられたポットから、カップに液体が注がれる。
途端、心臓がドキリと跳ねた。
だって、この色、この香りは……!
「東の国でよく飲まれている"緑茶"って茶だよ。綺麗な新緑の色だろう? "太陽の石"と呼ばれるペリドットとよく似ていると思わないかい」
(りょ、緑茶だーーーーーーー!!!!!!)
「マ、マダムさん! いただいてもいいですか?」
「ああ。焦って火傷するんじゃないよ」
急く気持ちを必死に抑えて、ふうふうと吹き冷ましてコクリと喉に流し込む。
途端、鼻を抜ける若々しい緑のかおり。舌に残る渋さの中にも、まろやかな甘みが潜んでいる。
「りょ、緑茶だ……っ!」
「ティナ? もしかして飲んだことあるの?」
「あと! 前に本で! 読んだことがあって! ほら、この国では紅茶以外のお茶って流通していないから、飲んでみたいなーって思っててさ……!」
(あ、危ない危ない。懐かしすぎてつい心の声が漏れちゃった)
コクコクと再び喉に通すと、遠くに追い去られた記憶が甦るようにして懐かしさを運んできて、ちょっと涙が浮かびそうになる。
("ティナ"は緑茶なんて飲んだことないはずなのに、やっぱり記憶が味も覚えてるんだ)
これまで作ってきたお菓子にも言えることだけれど。
前世で日常的に飲んでいたものだと、感動もひとしおというか。
「いい飲みっぷりだね。ほら、お代わりもまだあるよ」
「ありがとうございます、いただきます!」
「良かったね、ティナ」
アタシも飲んでみよ、とカップに口をつけたクレアが、「ん、ホントだ」とぺろりと舌で唇を舐める。
「紅茶とは少し違った味と香りがするけど、思ってたより飲みやすいね」
「だよね!? あの、マダムさん……この茶葉って販売されていますか?」
「ああ、そう多くはないけれど用意できるよ。それにしても、本で読むほど東の国に興味があるのかい? なら、ソイツを飲みながらちょいと待ってな」
そう言って再び奥の部屋に消えたマダムが戻ってきたのは、クレアがポットに残る最後の緑茶を注いでくれた時だった。
マダムは両手で抱えていた子犬ほどの麻袋を机上に置くと、「こっちは知っているかい?」と袋の口を開く。
衝撃に口を両手で覆ってしまったのは、仕方ないと思う。
だって。だってまさか、"これ"にまた出会えるなんて……っ!
「マダムさん! これも可能だけ買わせてください!!」
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