第177話港の商店に突撃です!

「ティーナ、お待たせ」


 軽やかな声に顔を向けると、「じゃーん」とクレアが腰に手をあてポーズを取ってくれる。

 ここは港添いの商店街。

 人々の行き交う大通りではなく、細い路地を進んだ先にあるこじんまりとしたお店が、クレアがお忍びで働きに通っている商店だ。


 今日は学園の休日。クレアに連れて来てもらった店内は様々な異国の品が並んでいて独特な雰囲気だけれど、見ているだけで楽しいし、時間がゆったりと流れているようで心地良い。


 珍しい商品ばかりが並ぶ商品棚を眺めながら、お店の制服に着替えるからと二階に上がっていったクレアを待つこと数分。

 満を持して現れたクレアに、「クレア、かっこいい……っ!」と口元を覆ってしまった。


 だ、だだだだって、張りのあるジャケットに、白いシャツにはキラッと大振りの宝石がついたループタイ。

 この世界の女性には珍しいすらっとしたスラックス姿なんて、ゲームのスチルにもなかったし!?

 おまけになんといっても――。


「って、ク、ククククレア!? 髪の毛は!?」


 いつも美しく靡いている赤い髪が、前下がりのショートボブになっている。

 カッコよさへの賞賛と無くなってしまった髪への衝撃に混乱する私に、クレアは「ああ、コレ?」と悪戯っぽく笑って、


「ウィッグってやつだよ。王族や貴族はもちろん、平民にまで広まっている国があるんだって。アタシは自分の色と似たのにしちゃったけど、自分の髪色とは違う色をつけて楽しんだりもするんだってさ」


(へー! "ウィッグ"がある国もあったんだ……!)


 ゲームでも、"ティナ"としても見たことがなかったから、てっきりこの世界には"ウィッグ"というものが存在しないのかと思ったけれど。


(ラッセルフォードとか、カグラニアとか。ゲームで知っている国以外の存在を感じると、やっぱりここはひとつの"世界"なんだなって実感するなあ……)


 触ってい良いよ、と了承を得た私は、指先でクレアのウィッグを確かめながら、


「これもクレアが仕入れたの?」


「うん、面白いなって思って。けど、あんまり売れ行きは良くないんだよね」


「ラッセルフォードの女性は髪を短くしないし、男女共に色を変える習慣もないもんね……」


 この国の"淑女"はエラやクレアのように、長く美しい髪も条件の一つ。

 さらには自身の魔力の特性が髪や目の色に出やすいためか、男女問わず自分の"色"を大切にする傾向が強い。


(なぜか私は髪も目も紫の色で、魔力の"緑"がどちらにも出ていないけれど……)


「あ、そういえば」


 私ははたと思い当たり、


「前にヴィセルフ様が髪色を変えてたの、もしかしたらウィッグだったのかも」


「え? ヴィセルフ様が髪色を変えたって、いつ?」


「急に街に行くから着替えてこいって言われて、クレアに準備を手伝ってもらった時があったの覚えてる? あの時、髪色がいつもと違ったんだけど、今思えば髪の色を変える魔法を使える使用人って思い当たらないなって」


「確かに……王家なら異国の品を献上されててもおかしくはないよね。特に、誰よりも"姿を隠す"場面に遭遇する可能性が高い身分だし」


「この国の人は髪の色を変えることがほとんどないでしょ? だから髪の色だけでも変わったら、その人だって簡単には分からないのかも。そういう"変装"を必要としている人に気づいてもらえれば、こっそりと広がっていかないかな」


 って、思いつきでしかないけれど。

 そう苦笑した私に、クレアは「なるほど、変装……"おしのび"かあ」とブツブツ呟くと、


「ありがと、ティナ。いい売り込みが思いつきそう」


 真剣な表情だったクレアがニッと笑んだ、その時。


「へえ、可愛い顔してるモンだからぽやっとした"箱入り"な嬢ちゃんかと思いきや、案外頭が回るじゃないか」


「マダム!」


(あ……"マダム"ってたしか、この店の店主さんだ……!)


 二階から降りて来た貫禄たっぷりな白髪の女性は、クレアの話では五十を過ぎているはずなのに、もっと若々しく見える。

 豊かな胸元を晒しているにも関わらず、色気というよりは豪快さを感じさせるマダムは、


「ようこそ我が愛しき宝物庫へ! お嬢ちゃんも"食い扶持"をご希望かい?」


「あ、いえ、私は……」


「違うよ、マダム。アタシが連れて来たの。"デート"ってやつ。カッコいい姿を見せたくってさ」


 私の手をぐいと引き寄せ、顔に頬を寄せるクレアに「わわっ!」と顔が赤くなる。

 そんな私の姿が可笑しかったのか、マダムは「はあーん? そういうことかい」と階段を降りきり、


「可愛いお嬢ちゃん、親でもないアタシが言うのもなんだけれどね、その子は中々の上玉だよ。器量はいいし目利きも悪くない。商売に必要な狡猾さも持っていて、男と張り合える度胸もあるときた。女同士、分かり合えることも多いだろう? ここらで手を打ってみたらどうだい?」


「珍しいじゃん、マダムが褒めてくれるなんて」


「そりゃあ、アタシだって商人の端くれだからね。上物じょうものを売り込まずにはいられない性質なのさ」

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