第174話知らないうちにルート横取りしてました!?

「なあっ!?」


「私が!? ヴィセルフ様と!? ち、ちちちちち違います!! ヴィセルフ様にはエラ様というとっても素敵で仲も良いご婚約者がいらっしゃいますし、私もエラ様が大好きで、以前からお二人のご結婚を心待ちにしているんです!!」


 あまりに勢いよくまくし立てたもんだから、ゼーゼーと息がきれる。

 でもここでちゃんと否定しておかないと!! 妙な誤解で拗れたくないし!?


「ああとですね、ヴィセルフ様が私に良くしてくださっているのは、あくまで"友人"としてなので……。そもそも特に功績も持たない辺境の伯爵家の出である私を、侍女である時から気を配ってくださったばかりか、こうして"友人"としてくださるヴィセルフ様の寛大さには日々感謝するばかりなのですが」


「……ほーん、なるほどなるほど」


 ジークは何やら意味ありげに呟いて、自身の顎先を指で撫でながらヴィセルフをちらりと見遣った。

 それから即座に私へと太陽のように輝く笑顔を向け、


「ティナ様のお気持ちはよおーーーく理解しました。いやはや、権力と富がありぁ何でも手に入るだろうと夢見てたモノですが、そう簡単には出来ていない世の中ですねえ」


「ええ……と?」


「ああ、いや。お気になさらず。それよりも、せっかくこうしてご縁が出来たことです。帰国中はいつでもお好きなだけ訪ねて来てください」


 ジークはするりと私の手をとり、ちゅっと指先に音をたてる。


「我が麗しの乙女のためならば、どんなお願いだってききますよ。今じゃすっかり首輪付きとはいえ、元は狙った船は確実に仕留める"鷹の羽"って呼ばれてたくらいですから。ティナ様が望むものは、なんでも手に入れて参ります」


「あ……」


 動揺に瞬いた、ほんの一秒後。


「ジィィィィクゥゥゥゥーーー!!」


 ヴィセルフの怒気をはらんだ低い声と、ジークの腕をはらわんと勢いよく振り上げられた腕が重なる。

 けれどジークは笑顔のままひょいと華麗に避け、怯えるどころか楽し気に「あっはは」なんて笑っている始末。


「若いっすねえ、ヴィセルフ様。この程度、お貴族様なら挨拶のうちじゃないっすか」


「ティナに触んな!」


「自由を奪えば奪うほど、逃げられる可能性が高まるってモンですよ? 逃げるのを追いたいのなら止めませんけど、幸運の羽を手折りたいと言うようなら、全力を持って逃がしますからね」


「するわけねえだろ! 余計な心配してねえで、テメエの仕事をしやがれ……っ!」


 なにやらジークとヴィセルフの会話が弾んでいるようだけれど、頭にツキンとした痛みが走った私はそれどころじゃない。


("鷹の羽"のジークって、オリバールートに出て来る重要キャラじゃん……!)


 ダンルートで発生する森での失踪イベントのように、オリバーにもルート独自のエピソードがある。


 学園生活でもヴィセルフと上手くいかないばかりか、悪役令嬢であるクラウディアたちによる嫌がらせに、心のない噂。

 だんだんと疲弊していくエラを見かねてか、ある日オリバーが「ちょっと息抜きに行こうよ」とエラを休日に連れ出す。


 やってきたのはこの港。

 今は学園生活があるからほとんど乗ってないけれど、とオリバーは自身の商船にエラを乗せ、「ヘーキヘーキ、親父に許可は貰ってるし」と船を出港させる。


 初めての船と、どこまでも続く大海原に感動するエラ。

 オリバーはそんなエラの隣に並び、


「ね、エラはさ、行ってみたい国とかないの?」


「……考えたこともありませんでした。私に求められているのは、ヴィセルフ様の婚約者として、完璧な淑女となることですから」


 海というのは、とても大きく美しいのですね。

 遠くを見遣りながらどこか寂し気に呟いたエラに、オリバーがそっと手を伸ばしたその時。


「オリバー様! 船が! 海賊です!」


「!? こんな時に……っ!」


 オリバーがエラの手を掴み、「こっち!」と誘導しようとした刹那。


「おおっと。悪いがそれ以上は動かないでくれな、キャロル商会の坊ちゃん。こっちも"極悪非道"なんてのにはなりたくねえんだ」


「っ、その眼帯……"鷹の羽"のジークってヤツ?」


「これはこれは、かの花形商会であるキャロルの坊ちゃんにご存じ頂けているとは。光栄の限りですね。じゃ、話が早い。積み荷を全て頂いていきやすよ。大人しく奪われてくれたら、誰一人怪我なく国に戻れますんで。俺はこーみえて平和主義者なんですよ」


 この! いかにもな悪役として現れるのがジークなのだ!!

 エラとちょっとクルージングのつもりだった船に、当然ながら積み荷などなく。

 残念だったね、と小馬鹿にするオリバーに、ジークはやれやれと首を振る。


「んじゃ、仕方ないっすね。積み荷がないんなら、そこの美しいお嬢さんで手をうちやしょう」


 なんと! エラが狙われてしまうのだ!! 圧倒的ヒロイン!!

 それまで大人しくしていたオリバーも、これでプッツン。


「あーあ。俺、怒っちゃったかんね? ……俺の一番の"宝"を狙ったこと、たっぷり後悔させてあげっから」


 オリバーの持つ緑の魔力は、触れた物のポテンシャルを最大値まで引き上げる能力。

 その魔力を自身と、部下に投げ渡された剣にまとわせたオリバーは、あっという間にジーク達を制圧。

 姫を救い出す王子さながら、「怖い思いさせてごめんね」とエラを側に抱き寄せ、ジークを見下ろし、


「あ、そーだ。俺って"優しい"からさ、選ばせてあげる」


「……海の藻屑になるか、牢住まいからの絞首刑かって?」


「海賊って物騒だよねえー、こわいこわい。んじゃ、そのどっちかを選ぶか、俺の部下になるか、どれがいい?」


 そう!! こうしてジーク達は、オリバーの部下として商船の乗組員になることを選択!

 後日、エラはオリバーを通して、ジークからお詫びと忠誠の羅針盤を贈られるのだ。

 つまり……。


(まったく気がつかなかったけど、私がかんっぜんにオリバールート横取りしているよね!!?)

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