第171話港の商船にお出かけでございます

 攻略対象キャラの記憶が甦るのは、実際にそのキャラと対面し、かつフルネームを知っている場合。のはず。

 だからクレアが悪役令嬢だったってことも、"クラウディア"の名前を知った時に思い出した。


(なのになんで、"クラウディアルート"は思い出せなかったの!?)


 乙女ゲームにおいて、全キャラ攻略後にルートが解放されるキャラがいるのはそう珍しくはない。

 けれど今回はその対象が"悪役令嬢"だったことで、それはもうゲームファンの意見は分かれに分かれた。


(クラウディアルートのために始めたっていう男性ファンの人もいたっけ)


 ただまあクラウディアルート、とはいっても他の男性キャラのように、わかりやすいイチャイチャとしたスチルはなくて。

 婚約破棄イベントが発生した後、寮へ戻ろうとしたもののふらふらと庭園にきてしまったエラの元へクレアが来て、先ほどの"一緒に国を出よう"というやりとりを交わすのだ。


「こんなにもあなたは美しいのにさ。微塵も理解しないどころかアタシなんかに騙されて、簡単に捨ててしまえる男には勿体ないって。アタシと一緒に、"自由"を探しにいこうよ」


 そうしてエラは、クレアの手をとり。

 星空の下、ドレスのまま学園から逃げ出すエラとクレアのスチルがどーん!!

 暗転して、庶民の服をまとった二人が仲良く見つめ合いながら船に乗っている姿が浮かび上がり、クレアルートはお終いとなっている。


(え、ちょっと待って。ってことはまさか、今のエラは攻略対象キャラを全員クリアしている状態ってこと!?)


 でもでも、それならクレアが誘うのはエラであって私ではないはずだよね!?


(この世界では"二週目"なんて無理だから、クラウディアルートが混在しちゃった可能性が高いのかな……?)


 ゲームとは違ってヴィセルフとエラの関係は良好で、婚約を破棄する気配はない。

 おまけにクレアの告白をきっかけに、エラとの距離も近づいた。

 それらが影響して、"クラウディアルート"がエラとの友情エンドに変化したのかも?


(で、丁度良く"友人"の位置にいた私が、クレアとエラで発生しきれなかった場面の回収要員になったとか?)


 となると、クラウディアルートを思い出せなかったのは、存在しない二週目のシナリオである上に発生条件が変化してしまってた影響とか……。


「――ナ。おいティナ、聞いてたか?」


「ひゃい!?」


 飛び上がる勢いで返事をした私に、対面に座るヴィセルフが「聞いてなかったんだな……」とじと目でため息をつく。


 現在の場所は揺れる王家の馬車の中。

 昨日、翌日は休日だから色々と情報を整理しながらのんびり過ごそうかと画策していた私に、ヴィセルフが突如「明日、出かけるぞ」と宣言してきたのだ。


 なんだかヴィセルフの急なお誘いにも、すっかり慣れっこになってきた。


 迎えに現れたヴィセルフはシャツにベストと、王城にいる時よりも動きやすそうな服装で。

 対して私は「しっかりいいドレスを着てこい。夜会用じゃないやつな」と指示されていたものだから、学園に持ち込んでいた、以前ヴィセルフやエラ達に贈られた日中用のドレスに身を包んでいる。


「申し訳ありません。ちょっと、別の件に気を取られてしまいまして……」


「……俺が目の前にいんのにか」


「へ? すみません、馬車の音が」


「なんでもねえ」


 ヴィセルフは先ほどよりもハッキリとした声で、


「もうすぐ目的の場所につくから、心構えをしとけ」


 どこか不貞腐れたような顔をするヴィセルフに、疑問が残るけれど。


「あの、心構えが必要なほどの目的地というのは、いったい……?」


「――港だ」


「港?」


 ということは、海!?

 見遣った窓の外には、遠巻きながらキラキラと輝く青い海が。


 わあ~~~なんてつい気分が浮つくけれど、"しっかりいいドレス"で海に来る用事って……?

 そんな私の戸惑いを読んだようにして、ヴィセルフが肩を竦める。


「先に言っておくが、俺は乗り気じゃなかったんだからな。けれどアイツが、そろそろ挨拶くらいさせろって。でなきゃ船をださねえなんて言いやがるから……」


「ええと、その"アイツ"ってのは……?」


 ヴィセルフは嫌々とした口ぶりで、


「王家おかかえの商船"クリスティーナ"の船長、ジークだ」


***


 澄んだ空と眩い陽射しを背に、高く伸びた三本のマストの下部では纏められた帆の端と数多のロープがはたはたと揺れる。

 船首からは斜めに長い柱が伸びていて、なんだか角のよう。

 明らかに周囲とは比べ物にならないほどに、大きく立派な商船なのが私にもわかる。


 行き交う船員も多いけれど、ヴィセルフが"何者か"に気が付いている人はほとんどいなくて。

 どちらかというと、場違いなほどに着飾った私のほうが異質なのだろう。

 不思議そうな目で会釈をする人が、何人かだけ。


 ヴィセルフもまた、自身の横をすり抜けていく男の人達の間を当然のように進んで行く。

 そして、いよいよ船の側まで歩み寄ったその時、


「ジーク!」


 叫んだヴィセルフの声に、ざわりと周囲に動揺が広がる。刹那、


「やあーっと連れて来てくれたんスね。俺達に幸運を与えてくださった、"紫の乙女"を」

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