第170話隠しルートな悪役令嬢攻略ルートでした!?

「いい暮らしかあ……」


 私はううーんと頭をひねる。


「私にとっては"今"があまりにも恵まれすぎてるっていうか、当たり前なものじゃないから考えたことなかったなあ。でも、皆の"友人"だって立場を利用していろいろ頼んじゃってるし、言うほど無欲ってわけじゃないよ。やりたいことを、好きなようにやらせてもらってるし。ドレスや宝飾品ではないけれど、充分贅沢な"いい暮らし"だと思ってる」


「……そっか」


 やっぱりティナらしい、と嘆息交じりに笑んで、クレアは夜空を見上げる。

 穏やかなのにどこか物憂げなその横顔に、私はぎゅっと自身の胸の前で決意を握り込めて、


「あのさ、クレア。もし……このままヴィセルフ様とエラ様がご結婚されたら、クレアはどうなっちゃうの? その、すごく……怒られるでしょ?」


「ん? んー……そうだね。お母様のいる領地に追いやられるのが一番だけど、お母様と一緒に家を追い出されてもおかしくはないかな」


「え!? い、家を追い出し!?」


(そっか、クレアのお父様が結婚して子供を作ったのも、復讐のためだったわけだけだから、"用済み"になったクレアとお母様が捨てられてもおかしくはないっていうか、ゲームでも婚約破棄されたエラは家を追い出されてたもんねそういえば……!)


 衝撃とか、困惑とか。色々な感情が入り混じって、絶句してしまう。

 言葉を発せずにはくはくと口を動かすだけの私に対し、クレアはとっくに覚悟が決まっていたかのように微笑んで、


「内緒だよ、ティナ」


 蠱惑的に瞳を細めたクレアは、優雅な仕草で唇の前に人差し指をたてる。


「アタシね、実は港にある商店の店主と仲が良くってさ。侍女をしていた時、休みの日にこっそり通ってたんだよね」


「そうだったの!? てっきり、他の侍女の子みたいに街に行っているものかと……」


「そう思っててくれて助かったよ。……どこからバレるか分からないから、誰にも話す気なかったし」


 悪戯っぽく肩を竦めるクレアに、瞬間、既視感が過った。


(あ、れ……? なんだろ、私、この感じ知っているような……)


「その店主さ、アタシのこと"クレア"って名前しか知らないくせに、色々よくしてくれたんだ。前に、ティナのドレス一式をプレゼントしたじゃん? あれ、その店でアタシが仕入れたヤツ」


「え!? クレアが仕入れたの!?」


「そ、他国帰りの商船から買い取ったの。だからこの国の流行とはちょっと違ったデザインだったでしょ? ティナが可愛く着こなしてくれて、大満足」


 にこりと笑んだクレアの、視線が落ちる。


「……ティナにだから言うけど、アタシ、本当は商人になりたかったんだよね。色んな国を周って、その土地の珍しいモノを他の国で売ったりして。部屋の窓から見上げるちっぽけな星空じゃなくて、こう、両手を広げたって届かないくらい大きな、遮るモノが何もない満天の星空の下で、寝っ転がったら気持ちいいだろうなって。ずっと、憧れてた」


 立ちあがったクレアが、両手をいっぱいに広げる。

 ふわりと靡いた赤い髪と希望に満ちた瞳は、夜空で瞬く星々さえも演出の一つのようで。


(って、あれ? こんな光景、前にもみたことが……)


 刹那、クレアの肩からするりとショールが滑り落ちた。

 あ、と私は腰を浮かせてかがみ、クレアに声をかけようと拾い上げた、次の瞬間。


「一緒に行かない? ティナ」


「へ?」


 眼前の、ほんの数センチという距離に、クレアの顔。

 優美な笑みを携える彼女は、片手でそっと私の頬に触れ、


「こんな面倒な男だらけの国なんて捨ててさ、一緒に色んな国を周ろうよ。気に入った国を見つけたら、定住してもいいかも。……この国にいる限り、アタシ達に本当の意味での"自由"なんて望めないじゃん? アタシはさ、やっと見つけたティナっていう星が壊されるのが、一番イヤ。だからきっと、私があの森でコレット嬢に選ばれたんだと思う」


「あ……」


 自ら毒を飲み命を絶ったリア嬢と、彼女のためにと"夏に咲くスノードロップ"を探し続けていたコレット嬢。

 その後の報告で、あの二人の身に起きた出来事が知らされた。


 常に行動を共にするほどに仲の良かった二人。

 けれどもある日突然、リア嬢に早急な結婚話が持ち上がったのだという。


 相手は既に成人間近な子供のいる、四十も年上の侯爵家。

 正妻の生前から何人もの愛人が噂されているような人で、たまたま学園に赴いた際にリア嬢を見かけ、ぜひ妻にと求婚の書面を送ってきたのだという。


 当然、学園も辞めるしかなく。

 リア嬢の話はあまりの"悲劇"として、女生徒を中心に学園中に広まった。

 ――リア嬢とコレット嬢が失踪したのは、それから間もなくのことだった。


(きっと一緒に他国へ逃れたのだろうって希望を抱いていた人も多かったからこそ、当時の生徒達のほとんどが彼女たちのその後について話題にすることを避けてたんだっけ)


 己の意志など関係ない。家の取り決めには、逆らえない。それが"貴族"。

 逃れたいのなら、国を出るしかない。

 ――クレアも、私も、同様に。


「……私の家においでよ、クレア」


「え?」


「舗装された道路なんてないし、人よりも動物の方が多い田舎だけれど。木々は綺麗だし、領地の皆は穏やかで優しいし、夜は星もいっぱい見えるところなんだよ。私はまだ、クレアのこともクレアのお父様のこともよくわかってないけれど、クレアがまだ"家族"を諦めきれないでいるのは分かってるつもり」


「ティナ……」


「それこそ私にはヴィセルフ様をはじめとする、強力な"友人"がたくさんいるし。元侯爵令嬢だろうが家から追い出されようが、絶対に住めるようにしてあげる。あ、もちろん、クレアのお母様も大歓迎」


 だから、と。

 私は頬に添えられた指に、自分のそれを重ねる。


「国を出るかどうかは、一緒にゆっくり考えよう。私は図太いから、そう簡単に壊れないよ」


「……まさか、ティナから私にプロポーズしてくれるなんてね」


「へ!? ププププロポーズ!?」


「似たモンじゃない? 領地においでって、一緒に住もうって言ったじゃん。撤回するの?」


「しないよ! けど、そんな、プロポーズなんてたいそれたつもりじゃ……」


「わかってるって、ちょっとからかっただけ。……嬉しかったから」


 クレアは私から手を退き、小指を立てる。


「その時は、ちゃーんとアタシを連れていってよ? ティナ。約束」


「……うん、約束ね」


 私も小指を合わせ、いつかのための約束を交わす。

 これはお守りだ。この約束が、これから戦う私達の、小さな宿り木になってくれる。

 へへ、と笑みを交わして、手を引いた。その時だった。


「っ!?」


 ぐらりと視界が揺れ、傾いた身体をクレアが「ティナ!?」と支えてくれる。


「ちょっと、大丈夫?」


「あ……うん、ちょっと、目にゴミが入ってびっくりしただけ。驚かせてごめん」


 ありがと、と笑みを作りながらも、私の心臓はバクバクと速度を上げていく。


(どうして、なかなか思い出せなかったんだろ)


 見覚えがあるはずだ。

 だってこれは全キャラ攻略後に発生する隠しルート、悪役令嬢のクラウディアを攻略した時のスチルと一緒だ……!

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