第168話悪役令嬢は和解する

「ティナ……。ほーんと、変わらないよね。むしろ、前よりも我儘になった?」


 くすくす喉を鳴らしながら、クレアがそっと私の頭を撫でる。


「ありがとう、ティナ。アタシもどっちも守れるよう、もうちょっと足掻いてみる」


「うん。約束だからね」


「……不躾ながら、ひとつ確認をさせていただきたいのですが」


 何やら慎重なレイナスの声に顔を向けると、彼はどこかぎこちない笑みを浮かべ、


「ティナ嬢の言う"大好きで必要な人"というのは、もちろん、とても良い友人としてという意味で違いはありませんよね? 僕たちよりも妙に距離が近しいのは、侍女時代に同室として苦楽どころか寝食も共にしていたが故に、気心が知れているからこその無防備さであって、けして他意のあるものではないと――」


(急にどうしたんだろ? なんだかいつもより早口だし)


 っていうか、"他意"ってなんだろ?

 クレアに対する、"友人"とは違う他意?


「あ、でも確かに私、クレアには"友人"以外の感情も持っているかもしれません」


「はい!?」


「クレア、本当にいつも助けてくれて。ちょっとだけ、"姉がいたらこんな風なのかな"とか考えたこともあるといいますか」


「んだよ、驚かすなよ……」


 なぜかヴィセルフが疲れたようにして、盛大な息を吐く。

 よく見ればエラやダンも安堵したような顔をしているし、レイナスに至っては「いえ……それはそれで……そうかその手がありましたか」とか呟いているし。


「へえ? ティナってアタシのこと、そんな風に思ってたんだ?」


「ごっ、ごめんねクレア! 私がしっかりしてないから面倒見てくれてただけなのに……!」


「んーん? アタシは構わないよ? あ、"姉様"って呼ぶ?」


「よ、呼ばない!」


(ああああああ思わずとはいえ何てこと言っちゃったんだろ!!?)


 同じ年齢どころか前世の私からしたら年下のクレアに向かって、お姉さんみたいだなんて……っ!

 恥ずかしさにあわあわしている私を、さぞ皆生暖かく見ているのだろうと思いきや。


(あ、あれ? なんか妙に険しい顔をしているような?)


「あーと、ともかくだな」


 ダンがパンと軽く手を叩き、


「俺達に絞ったのは正解だったな。テオドールが知れば"ブライトン"の後継者として黙っているわけにはいかないだろうし、オリバーに関しては商人だからな。正直、俺にも出方が予測つかない」


「ええ、同感です。ひとまず状況を整理して、策を練る必要がありますね。ティナ嬢の心情を察するに、ことは慎重を期して進めるべきでしょう。感情任せに動いてはいけませんよ、ヴィセルフ」


「うっせえ、分かってる。チッ、くだらねえ昔話に巻き込みやがって。ティナが庇う相手じゃなきゃ即効潰してやんのに」


 怒りを滲ませるヴィセルフに、クレアは申し訳なさそうに頭を下げ、


「本当に、ヴィセルフ様とエラ様には、どれほどお詫びを申し上げればよいか……」


「クラウディア様」


 エラが優しい声で呼んだかと思うと、ふわりと微笑み、クレアへと歩を進めた。

 震える手に、そっと己の手を重ねる。


「わたくしも幼き頃から、"完璧な淑女"であることを求められ続けてきました。ヴィセルフ様とのご婚約も、喜んだのは両親です。わたくしたちは、似た者同士のようですね。……ティナを介して、己の意志で動く勇気を得たことも」


 頑張りましょう、と。

 エラは励ますようにして、にこりと美しく笑む。


「わたくし達はきっと、"貴族の娘"としての"当たり前"を変えていけます。いえ、きっとそれが出来るのは、ティナという道しるべを得たわたくし達だけ。同じ志を持つご令嬢が増えて、とても嬉しく思います。共に励みましょう。……女性だからこそ出来ることも、多いでしょうから」


 さっっっっっすが圧倒的で絶対的なヒロインのエラ……っ!!

 聖母のごとき慈愛に満ちた微笑みは太陽よりも眩しく、この場にいる誰もがその清らかな心に感動を覚え心を奪われるのも仕方ない……って、まずいまずい!!


(悪役令嬢枠だったクレアと和解してくれたのは嬉しいけど、一気に皆の好感度上がっちゃうじゃん!?)


 ど、どどどどどうしよう!!

 とにかくなにか、何でもいいからヴィセルフの株を上げないと……っ!!


「クラウディア・ティレット」


 ヴィセルフの声に、思わずピッと肩を跳ね上げて顔を向ける。

 と、ヴィセルフは仕方ないといった風な顔で、


「ひとまず、生徒会に入れ。テオドールには俺から言っておく」


 へ? と声を出した私の隣で、クレアも驚いたようにして「よろしいのですか?」と目を丸める。

 ヴィセルフは「ティナのためだ」とため息交じりに、


「お前が倒れたことは父親に報がいっている。つまり、すでにティナの存在は耳に入っている可能性が高いってことだ。組んでた相手は俺じゃなくてダンだったし、ティナが王城の侍女だったことは調べりゃすぐにわかるだろうから、その繋がりだろうと考えるのが自然だろうが……侯爵の情報がねえ現時点では、少しでも確率を上げておきたい。俺がお前を生徒会に引き込んだとしておけば、侯爵は今回の件をきっかけにお前に興味を持ったと考えるはずだ。ティナの存在など、それほど気にしないだろ」


「……よろしいのですか? エラ様も、それでは校内でどんな噂が立つか」


「わたくしもヴィセルフ様に賛同いたします。意にそぐわない噂が広まったのなら、都度対処法を考えていけば済むことですから。取り急ぎ、ティナを侯爵様の目から隠す方が先決かと」


「そうだな。それに、クラウディア嬢にも生徒会に入ってもらったほうが、何かと連携も取りやすくなるし」


「決まりですね。して、先輩方にはどう言い訳を?」


「あ? んなの、俺が決めたってだけで充分だろ。こういう時に"王子"の名を使わねえでどうする」


「ヴィセルフ……まさかあなたの横暴っぷりがこうも役に立つ日が来るとは思いもしませんでした」


「テメエは口先は良く回るってのに、頭が鈍ってんな、レイナス」


「あーほらほら、とにかく俺達は急ぎ体制を整えなきゃだろ? まずはテオドールとオリバーにクラウディア嬢の生徒会入りを伝達して、それから今後の作戦会議!」


 ダンの仲裁で、ヴィセルフとレイナスが口を噤む。

 刹那、


「……皆様、本当にありがとうございます」


 感極まったようなクレアの声に、私は混み上がる感情を必死に押しこみながら笑む。


「改めて、これからもよろしくね、クレア!」

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