第167話悪役令嬢の真実と願い

 医務室に戻ったクレアはまだ安静が必要とのことで、ベッドに戻された。

 それでも話はさせてほしいと医師を説得し、私とヴィセルフ、ダンにレイナスとエラだけが部屋に残され、クレアは枕を背に上体を起こし座っている。


 テオドールとオリバーは、王城関係者ではないことを理由に対象から外された。

 クレアいわく、


「アタシとティナが王城の侍女をしていた頃の話が含まれますので、当時を知る方々にお話をさせていただきたいのです」


 テオドールとオリバーは不服そうだったけれど、仕方ないと部屋を出ていった。

 扉が閉められてからしばらくの間をおいて、クレアが口を開く。


「結論から言います。このままでは、そう遠くないうちにティナの身が危険にさらされます。おそらくは、そのご家族も。……アタシの、お父様によって」


「ど、いうことなの、クレア……?」


 クレアは「ごめんね、ティナ」と弱々しい苦笑を浮かべ、


「ティナは何ひとつ悪くないよ。悪いのはアタシのお父様。それと……それを分かっていながら止められず、"良い娘"であり続けようとしたアタシ」


「順を追って説明しろ。テメエは何を知っている」


 腕を組んだヴィセルフの問いに、クレアは「話が長くなりますことをお許しください」と前置き、語り始めた。


 クレアのお父様であるティレット侯爵と、エラのお父様であるブライトン公爵は、この学園で同級生だった。

 そしてティレット侯爵は、ある一人の女学生に心を奪わたという。


 けれどもあっけなく振られてしまい。程なくして、その女学生は想いを寄せていたブライトン公爵に思いの丈を伝えた。

 ところがブライトン公爵は、ほんの一言で女生徒を一蹴した。


「男女問わず人気の高かったブライトン公爵にとっては、多くの内の一人だったんでしょう。彼にとっては、何一つ特別などではなかった。ただ、それだけのことなのだと、アタシですら理解できるというのに」


 クレアは静かに目をつむり、


「ティレット侯爵……お父様にとっては、どうしても許せない蛮行だったのです。それこそ、己のその後の人生を全てかけて、復讐を誓うほどに」


「復讐って……クレアのお父様が、エラ様のお父様に? もしかしてその女学生が、クレアのお母様?」


「ううん、ぜーんぜん。その女学生とは、結局それきりみたい」


 クレアは「ほーんと、よく分からないでしょ」と肩を竦め、


「恨みを抱いたお父様は、どうにかしてブライトン公爵に屈辱を与えようとした。けれども当然、そう簡単にはいかなくて。学園を卒業してからも、ブライトン公爵が婚姻を結んでからも、その一点に思考を支配されていた。そんな最中、王妃様が身籠ったことを知った。で、お父様は考えた。自分の子をつかって王家の縁者となれば、憎きブライトンよりも有力者になれる。ブライトン公爵にも、屈辱を与えられるだろうって」


「そんな、まさか……っ」


 思わず口を覆った私の予感を肯定するようにして、クレアはにこりと微笑んだ。


「お父様はとにかく"顔の良い女"を急ぎ娶り、子を成した。時を同じくして、ブライトン公爵夫人も身籠ったことを知った。それぞれの子供たちが生まれた時、お父様は嬉しさに震えが止まらなかったんだって。なぜなら王家の子は男児で、ティレット侯爵家とブライトン公爵家の子は、女児だったから」


 必ずブライトンの娘を蹴落とし、王太子妃の座を射止める。

 そう決めたティレット侯爵は、娘を"完璧な淑女"に育てることに躍起になった。


 厳しい躾に耐える我が子を見ていられないと、夫人が領地にこもってしまっても変わることはなく。

 そうして手塩に掛け教育を施した娘は、見事王子の婚約者候補のひとりとなった。

 けれど――。


「王子の婚約者には、"ブライトン"が選ばれた」


 どこか傷ついたような表情で告げたエラに、クレアが「その通りです、エラ様」と笑む。


「あの日からお父様は、王子の婚約者となったブライトン家の娘――エラ様を排し、娘である"クラウディア"を新たな婚約者の座につかせることが全てになりました。……数年前まで、社交会ではエラ様とヴィセルフ様の不仲がよく噂されていたのを覚えていますか? あれも、お父様が噂の火種を作り、人を使って広めたのです。そして私は"クレア"の名で、王城の侍女となるよう命じられました。ヴィセルフ様の"お好み"を知り、この学園生活で確実にお近づきになるためです」


 すると、ダンが「ああ、そういうことか」と納得したように頷き、


「あの課外授業で感じた引っ掛かりはこれか。クラウディア嬢はこれまでティナを敵視していたから、てっきり排除が目的なのかと思って俺も警戒していたんだ。それがどうにも妙に、"気にかけている"ように見えてな。クラウディア嬢はティナを守るために、ヴィセルフから遠ざけようとしてたってことか。あるいは、ヴィセルフの近くにても"なんの脅威もない"存在だと、周囲に印象付けたかった」


「おっしゃる通りです、ダン様」


 クレアは頷き、


「ヴィセルフ様がティナを側に置き続ければ、近いうちに必ずお父様の目に留まります。そうなればたとえ、ヴィセルフ様とエラ様の仲の良さが周知の事実となっていようとも、お父様は"危険因子"を排除しようとするでしょう。エラ様との婚約を破棄した後に、ヴィセルフ様の目に留まるのは"ティレット"でなければなりませんから。……ティナが傷つけられるのを分かっていながら黙って従うだけだなんて、アタシにはもう、耐えられません」


「クレア……」


「だから、皆様にお願いしたいのです」


 クレアは私達へと強い瞳を向け、


「今回の件で、アタシ一人ではティナを守れないことを痛感しました。そして同時に、ここにいる皆様なら、必ずティナを守ってくださると。侍女として働きながらこの目で見て、確固たる信用を持てたからこそ、こうして全てをお話しようと決めたのです」


 どうか、お願いいたします。

 クレアは深々と頭を下げ、


「ティナを守るための知恵と力をお貸しください。"娘"とは名ばかり。ただの道具にすぎないアタシには……お父様を、止められないのです。ティナの安全さえ守られるのなら、アタシはどうなろうと――」


「それは駄目!」


 思わずクレアの首元に抱き着いた私に、「ティ、ティナ?」とクレアが困惑の声を上げる。

 私はますますぎゅうぎゅうと頬を寄せ、


「クレアが傷つくのは、私が嫌。言ったでしょ? クレアのこと、本当に本当に大好きだって。クレアは私にとって必要な人だって。私を守るためなら自分はどうなってもいいだなんて、言わないで」


 鼻の奥がツンとしてくるの必死に耐えながら、言葉を続ける。


「私はたしかに頼りないだろうけれど、大切な人を守るためなら全力で戦えるんだから。クレアがこれまで守ってきてくれたぶん、今度は私に頑張らせて。クレアのこれからも、私自身のことも……どっちも、諦めたくない」

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