第166話悪役令嬢は正体を明かす
(意識が戻ったの!?)
あの日、学園に戻りすぐに治療を受けたクレアは、"いつ目覚めてもおかしくはない"と診断されたにもかかわらず、なかなか目を覚まさなかった。
ご両親もタイミング悪く王都を離れているらしく。
しばらくは学園預かりで様子をみるとのことで、寮の医務室で眠っていたはずだけれど。
途端、廊下の向こうから必死な女性の声で、
「いけません! まだお目覚めになられたばかりでそうも動かれては……っ!」
「ティナ!」
追いかけて来る声はきっとクレアについていた世話係。
その制止を振り切るようにして、髪を下したまま簡素なワンピースにカーディガンを羽織っただけのクレアが、私へと距離を詰める。
クレアはガシリと私の両肩を掴んで、
「怪我は、傷は!? 魔力をあんなに使うなんて、身体は無事なわけ!?」
確かめるようにして、私の頬やら背やらをペタペタ触りながら確認しているクレア。
必死な様に、私はされるがままになりながら、
「えと、私は大丈夫。それよりも、クレアのほうが――」
「本当に、大丈夫だったの?」
強い声で私を見つめる瞳には、不安と恐怖。
気付いてしまった私は安心させるよう、にこりと微笑んで、
「うん、本当に。ちゃんとお医者様にも看てもらったから、安心して」
「……よか、った。よかった、ティナ……!」
クレアが感極まったようにして、正面から私を抱きしめる。
「お願いだから、もう二度と一人でいなくならないでよ」
涙交じりの弱々しい声と、ぎゅうと力が込められた腕。
こんなにも不安にさせてしまったのだと、申し訳なさに胸を締め付けられながら「うん、本当にごめんね。クレア」と彼女の背を撫でた瞬間、
「……ティナ」
低い声はヴィセルフのもの。
「いつからその女を愛称で呼ぶまでに、仲を深めた」
「へ? ――っ!!」
(し、しまったあああああああ!!!!!)
いつもの"クラウディア嬢"スタイルじゃないから、思わず……っ!
「あ、あのですね、これは……っ!」
必死に言い訳を考えていると、今度はダンが「ん? ちょっと待て」と顎先に手をなりながら思い出すようにして、
「"クレア"って名前に、その髪の色……まさか、冬まで王城にいた"クレア・ハズホーン"か!? ティナと同室だった……!」
「!!」
(クレア、やっぱり王城では偽名を――)
ヴィセルフが「どういうことだ」と厳しい表情でダンを睨む。
「王城の使用人は身元調査をするだろうが。まさか、素性がわかってねえ状態で侍女にしたってのか」
「あー……とな」
ダンは苦々しそうに頬を掻いて、
「その調査には"貴族の推薦状"も含まれるんだよ。王家との繋がりを目論んで、自ら推薦してくる場合もあるし、利害関係の一致する有力貴族が他家の子息令嬢を推薦したり、後見人として支援している平民を取り立てたり。ほら、"少し前"まで、王城の使用人は入れ替わりが激しかっただろ? だから"貴族の推薦状"を持つ希望者ってのは、たいていはそれ以上の調査なく採用されていたんだ。とくに王家にとって、馴染みのある名の推薦状はな」
「ほう? それでまんまと"存在しない人間"を採用してたってか」
「ヴィセルフ、非常に言いにくいんだが、こういったことは昔からあってだな……国王様も容認しているんだ。問題を起こせば当然罰される。けれど"名を偽った"とて、問題なく勤めを果たしていたのなら、罰することは出来ない」
チッ、とヴィセルフが忌々しそうに舌を打つ。
すると、エラが「ティナ……」と不安気な表情で私を見遣り、
「ティナは、知っていたのですか」
「っ、それは……」
言い淀んだ私に、レイナスがはっとしたようにして、
「まさか、王城で同室だった時から、彼女に脅され口止めを……?」
「違いますっ、クレアは私を脅したりなんてしません! 王城にいた時も私がどれだけ迷惑をかけたって、クレアはいつも優しく助けてくれて……それこそ、数えられないほどで……!」
「ですが、僕たちはクラウディア嬢がティナ嬢を執拗に疎んでいる姿しか知りません。同室の時は"優しかった"というのなら、その姿こそ偽りで、ティナ嬢がいいように利用されていたのでは」
「そんなことは――っ」
「ティナ、ありがと。……アタシも、やっと覚悟が出来たから」
「クレア……?」
クレアは私ににっと笑むと、皆に向かってを一歩を踏み出す。
「ティナは、何も知りません。この学園で再会してから、一度たりとも"クレア"かと尋ねられたことはありませんし、私から素性を明かしたこともありません。気付いてはいたようですが……こちらから話すまで、見守っていてくれたようです」
お願いがあります、と。
クレアは決意の滲む声で、深々と頭を下げる。
「どうか、皆様のお力を貸してください。ティナを、守るために」
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