第165話生徒会室の扉を開いたのは

「コレット・ロザンジュと思われる遺体が見つかったよ。もっとも、すでに骨と化していたようだけれどね」


 生徒会室でテオドールがそう告げたのは、リアの身体が山から下ろされた翌日のことだった。

 リアの身体を覆っていた氷はニークルの推察通り、山から離れた途端に融けはじめたと聞いている。

 静まり返って聞く私達に、テオドールは重々しく言葉を続け、


「リア・ビスタールの方は肉体が残されていたから簡単に結論付けられたけれど、コレット・ロザンジュの方は少し時間がかかりそうだよ。なんせ彼女たちが行方知れずとなったのは、十年ほど前のようでね。衣服の損傷も激しく、唯一はっきりと残っていたのは、ポケットに入っていたハンカチだけだというし。その刺繍をたよりに情報を集めていくようだね」


「ハンカチの刺繍って……もしかして、桜の刺繍ですか!?」


 詰め寄るようにして訊ねた私に、テオドールは瞠目しつつ私の両肩に手を置き、


「なぜキミがそれを知っているんだい?」


「ニークル……精霊王が見せてくれたんです!」


「精霊王が? 見せる? もっと分かるように説明を――」


「ティナだけではありません」


 するりと私とテオドールの間に割り入るようにして私を引き寄せたエラが、言葉を引き継ぐ。


「洞窟にいた全員が、ニークル様のお力によってあの洞窟内で起きた出来事を知っています。桜の刺繍が施されたハンカチは、リア・ビスタール様の持ち物です。彼女の死を知ったコレット・ロザンジュ様が、あの洞窟から持ち出したのです」


 同意するようにしてレイナスが口を開き、


「付け加えるのならば、リア嬢はそのハンカチで雪食虫の羽を砕き、服用していました。どこまで残存しているかは分かりませんが、一度調べられても良いのではないかと」


 次々と発覚する洞窟内での出来事に、言葉を失っていたテオドールが頭をおさえて深いため息をつく。


「そのような重要な話を、どうして黙っておられたのですか……」


「あ? 誰も訊ねて来やしなかったからだろうが」


 さらりと告げるヴィセルフに、テオドールは「それはそうですが……」とますます難しい顔になる。

 ダンは苦笑交じりに肩を竦めて、


「"精霊王"が絡んでいるからな。その名が出るだけで信憑性を疑う者もいるだろうし、他に証明できるモノもないから、"証言"としては弱いと思ったんだ。まあでも、情報の一つとして提供するっていうのなら、報告書を作るぞ」


「……精霊の姿を見たのは、僕とオリバーだけですからね。とはいえ重要な内容に変わりはないですし、渡すだけ渡して、どう判断するかはあちらに委ねましょう。お願いいたします、ダン様」


「わかった。急ぎで作っとくな」


("精霊王"の名が出ると疑われるっていうの、本当だったんだ……)


 妖精の姿すら希少となったこの国で、精霊王の存在は伝承に近い。

 見た、と言ったところで真偽など確かめようもないし、妄言とされるのが"普通"だと聞いたことがある。


 私がニークルのことを黙っていたのはエラに近づけたくないってのもあるけれど、実はこの状況も関係していたりもする。


(ただでさえヴィセルフに近い位置にいるし、気を引きたいがためのでたらめだ! とかって騒がれても困るしね)


 ニークルがくーちゃんであることを知っている私はともかく、"精霊王"の存在を知ったヴィセルフがああも通常運転なのがおかしいんだよね……。


 まあ、"精霊王"周りの事情もよく知っているダンなら、きっとうまいこと"いいように"作ってくれるのだろうし。

 絶対悪いようには書かれないって安心感は、何にも代えがたいよね!


「そ~~じゃん、ティナ。水臭くない?」


「わあ!?」


 背後からにゅっと伸びて来た両腕と背にのしかかる重みに見上げると、オリバーが不服そうに片頬をむうとさせている。


「ティナの身体が心配で忘れてたけどさ、精霊王の話とかまったく教えてもらってなくねえ? どんなヤツだった? つーか、変なこととかされてない? ティナ可愛いし、めちゃくちゃ心配なんだけど」


「なっ!? ななななななにを変な心配をされてるんですか!! 普通に! あり得ません!! オリバー様は幼馴染のひいき目で、他のご令嬢方よりも私が近しく感じるだけです!」


「んなことないって、ティナは可愛いよ。前から言ってんじゃん?」


「ですから、その"可愛い"は幼い頃のままの意図で――」


「いつまで触ってんだ。離れやがれ」


 ベリッ! と音がしそうなほどの勢いで背後ろのオリバーが消えたと思ったら、ヴィセルフが。

 随分とイライラとしているようで、とにかく顔面の治安が悪い。

 ヴィセルフはオリバーを睨みつけたまま、


「ティナ、俺が許可する。アイツが"キャロル"の跡継ぎだろーと関係ねえ。気遣い無用で拒んでいい」


「あーね? 王子様は知らないかもだけど、俺とティナにとってこれくらいフツーなの。ね、ティナ?」


(なんか一触即発の雰囲気……!)


 エラの取り合いならともかく、なんで私相手にこんな不穏な空気に!?

 やっぱりエラ攻略のキーパーソン認定されているから!?


 は! わかった!

 貴族男性には珍しい"女の子相手も気にせず触れる気さくさ"をアピールして、エラにもワンチャン狙っているオリバーVS、それを察知して阻もうとしているヴィセルフってこと……!


(つまりここでの正解は――)


「オリバー様!」


「ん? 俺んとこ戻ってくる?」


「私は幼少期からの経験があるからいいとして、他の女性にはむやみやたらに触れたりしてはいけませんからね! 特に高位な立場にある方には、慎重な態度を心がけるべきです!」


「んーと? 今ってティナの話じゃなかった?」


「それから、ヴィセルフ様!」


「あ?」


「ご心配はもっともですが、やはりそろそろしっかりと! 直接! お伝えされたほうがよろしいかと」


「……俺は、伝えてんだけどな」


 先ほどまでのピリピリした空気はどこへやら。

 なぜか二人には気の抜けたような気配が漂っている。


 あれ? と見遣ったエラは「さすがはティナですね」とニコニコと微笑んでいて、テオドールがそれに「ええ、感動すら覚えます」と同意していて、さっぱり要領を得ないし。

 と、レイナスがふわりと私の右手をとり、


「さ、ティナ嬢。華麗に捌かれたところで、お茶でもいかがですか? まだ本調子に戻ったわけではないのですから、適度に休息をとらねばいけませんよ」


「んじゃ、俺はお茶の用意でもしてくるかな。ティナ、ちゃんと座ってるんだぞ」


「申し訳ありません、レイナス様、ダン様。私の回復が遅いばっかりに、お気遣いいただきまして……」


 その時だった。

 給湯室へと向かったダンが、扉前で「ん?」と歩を止め、


「なんだ、ダン」


「あ、いや。なんか外が騒がしいような――」


「――ティナ!!」


 バンッ! とノックもなしに開かれた扉。

 生徒会室の扉を!? とか、ダンがうまいこと避けてて良かった! とか。

 瞬時に過ったアレコレは、そこに立っていた"彼女"の姿に全て吹き飛んだ。


「ク、クレア……!?」

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