第164話学園に戻りましょう

(そうだった。一部の特殊な魔法以外は、術者が傷ついたり亡くなった場合には、解除されるのが普通のはず)


 すると、ダンが同意するようにして、


「この森は学園の管理下にあります。行方不明者が出た際はもちろん、定期的に巡回の者が入っているはずですが、遺体を見つけたという報告が入った記憶はありません」


「……学園側に協力者がいるってことか? そうでなくても、遺体を隠蔽してたのは確実で――」


「いや」


 ヴィセルフの推察を、ニークルが遮る。

 ニークルはそっと土壁に手を添え、


「森が、アレを受け入れたようだ」


「……どういうことだ」


「初めは異物にすぎなかったが、肉体を無くし、長いこと共にあったことでアレも己たちの一部としたんだろう。ヒトには認識できずとも、この国のあらゆる命には、多かれ少なかれ魔力が宿っている。この森はアレの意志を汲み、魔力を補い、肉体を隠した。精霊王たる俺でも破れないほどの複雑な遮断魔法が発生していたのも、残ったままの氷化魔法も。おそらくは、そうした理由だ」


 ニークルは私達へと顔を向け、


「アレは本懐を遂げ、あるべき所に還った。隠されていた肉体も、今ならば見つかるだろう。こちらの氷は……未だ残っているところを見るに、これに込められた願いは、肉体の維持といったところか。森から連れ出せば、自ずと溶けるはずだ」


「……なぜ」


 エラの微かに震える声が、洞窟内に響く。


「なぜ、ティナだったのでしょうか。この森での課外授業は、毎年行われていると聞いています。長いこと花を探されていたのなら、もっと早くに生徒を引き込めたはずです。なのに、なぜ。今になって、ティナが」


「…………」


 ニークルの窺うような眼が、ちらりと私を横目で見遣る。

 ここがゲームの世界で、"夏に咲くスノードロップ"というイベントが存在すると知るのは、私とニークルのみ。


 本来はヒロインのエラと、一定数まで好感度を上げたダンの二人で発生するはずのイベントで。

 それがどうして、私とクレアで発生したのは不明だけれど。


 ――"私"が選ばれたのは、前世の記憶を持っているからかもしれない。

 ニークルも、同じ可能性を疑っているはず。


(でも、皆にこの話をするのは、ちょっと)


「……お人好しが過ぎるからだろう」


「っ!」


 跳ねるようにして投げた私の視線を受けとめたニークルは、どこか呆れたような声色で、


「ヒトでなくなった存在も、森も、その者の姿かたちではなく本質を見極める。"魔岩石"と呼ばれる石も、似たものだろう。加えてティナは、"花を咲かせる"魔力を持っている。目的に近しい能力を察知し、反応したとしてもおかしくはない。それと」


 ニークルは視線をダンに抱えられたクレアに向け、


「その者にも、アレを引き寄せる"理由"があったはずだ」


「クラウディア嬢に……?」


(攻略対象キャラでもなければ緑の魔力持ちでもないのに、どうしてクレアが……)



***



 ニークルに案内してもらい、私達はリアの眠る洞窟を後にして、学園の近くとなる山道の入り口まで戻ることにした。


 支えがあれば立って歩けるまでに回復したのだけれど、ヴィセルフに「まだ危ねえだろうが」と一喝され、引き続き運んでもらうことに。

 とはいえさすがに横抱きは大変だろうと、背負ってもらっている。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません、ヴィセルフ様」


 こんな長時間、きっと腕も辛いだろうな……と謝罪を口にした私に、ヴィセルフは前を向いたまま、


「迷惑なんかじゃねえ。あと、あんまり喋るな……」


(やっぱり疲れてきちゃったよね……本当、ごめんヴィセルフ!)


 と、レイナスがすすすと近づき、


「そろそろ疲労が蓄積してきたのではありませんか? ヴィセルフ。僕がティナ嬢をお連れしますよ」


「あ!? こんなんで疲れるか! 渡すわけねーだろ!」


 あれ? 疲れてるわけじゃなかったんだ?


(ヴィセルフもレイナスも魔力をたくさん使ったはずなのに……やっぱりメインキャラはつよつよだなあ)


 途端、「お」と気が付いたような声をあげたのは、クレアを背負ったダンだった。


「明かりが見えてきたな。誰か待っててくれているみたいだ」


 先生たちかな?

 は! そういえば、私達のことって学園側にどこまで伝わってるんだろ!?


 私達に気が付いたのか、黒い影がゆらりと動き、


「――姉様! ご無事ですか!? ティナ・ハローズは……っ」


「あれ? テオドール様!?」


「ティナ! 良かった……ほーんと、心臓が縮んだよ」


「オリーまで……!」


 ランタンを手に私達を迎えてくれた二人は急いで来てくれたのか、制服ではない。

 テオドールはシャツとスラックス、オリバーは柔らかな生地の服を着ている。

 二人はヴィセルフに背負われた私の顔をみてほっとしたように息をつき、


「いきなり精霊が現れただけでも驚いたというのに、キミとクラウディア嬢が遮断魔法で隔離されたと知らされた僕の気持ちが分かるかい? ……姉様、ご無事でなによりです。お伝えした女生徒の名は役に立ちましたでしょうか」


「ええ、おかげで助かりました、テオ。ただ、伝えなければならないことも多く……」


「わかりました。ひとまず学園に戻りましょう。先生方には他の生徒を誘導していただき、学園に戻ってもらいました。学園長の許可を頂き、医者もすでに待機させてあります。まずは皆様、必要な治療を受けてください」


(さっすがは秀才のテオドール。段取りが完璧すぎる……!)


 すると、テオドールは「それと」と辺りをきょろきょろと見渡し、


「精霊王様は、どちらに……?」


「へ? あ、あれ?」


 私達も周囲を見渡すけれど、ニークルの姿はない。


「さっきまで一緒だったのに……」


 と、ダンが「仕方ないさ」と励ますような声で、


「精霊王は本来、人前に姿を現さないって言われているしな。あんなにも協力してもらえただけでも、奇跡に近いよ」


「そういえば、ティナ嬢は精霊王を"ニークル"と呼び、やけに親し気に見えましたが……もしや、既に面識がおありで?」


「あえ!? え、えとですね……っ」


(どっ、どうしよう! どこからどこまで話したら……っ!)


 これまでニークルのことを黙ってたのは、エラと接触させたくなかったからだったけれど。

 もう会っちゃったうえに、精霊まで扱っちゃったし……っ!


 "ニークル"と縁があるのも彼が"くーちゃん"だからだけれど、正直、前世の話をするのは怖い。

 ぐるぐる回る頭で必死に考えていると、ヴィセルフが「うるせえ」と歩きだし、


「んなことどうだっていいだろうが。それよりも、医者を待機させてるって言ったな? ティナ、さっさと診てもらえ」


「い、いえっ、私よりもクラウディア嬢を先に……!」


「ティナが終わったら次に診せる」


 スタスタと進むヴィセルフに、「それもそうですね」と納得の雰囲気が漂い、皆も歩きだした。


(ヴィセルフ、もしかして助けてくれた……?)


 そういえばヴィセルフって、私のニークルの出会いとか細かいことは聞いてきたことがないような?

 途端、ヴィセルフの前に「ヴィセルフ様」とオリバーが立ちふさがり、


「ティナのこと、ありがとうございました。ここからは俺が連れてくんで。ほら、ティナ。おいでー」


 両手を広げるオリバーに、ヴィセルフは怒気をはらんだ声で、


「どけ、邪魔だ」


「ティナだって、ヴィセルフ様より、俺のが安心だよね? だってどんなに近くたってヴィセルフ様は王子様で、俺は両家公認の婚約者候補なわけだし。学園に戻るんでしょ?」


(あ……そう、だよね)


 学園では沢山の好機の目が待っているはず。

 このままヴィセルフの背におぶられていっては、不敬どころかあらぬ噂までたってしまうかも。


(その点、オリバーなら邪推されても、実は幼馴染だって話をすれば落ち着く可能性が高いし)


「……本当にありがとうございました、ヴィセルフ様。ここからはオリバー様に手助けを――」


「だから、渡さねえって言ってんだろーが」


「え?」


 ヴィセルフは私を下すことなく歩きだし、オリバーの横を通り過ぎる。


「所詮、候補は候補だろうが。せいぜい指をくわえとけ」


「ヴィ、ヴィセルフ様!?」


(もしかして、俺の功績を横取りするな系!?)


 そりゃ、エラは事情を知っているから、妙な噂がたっても誤解することはないだろうけれど!

 でも厄介なことになるのは確実だし! ヴィセルフにとっても不本意でしょうが……!


 なんとか説得してみようと試みたけれど、ヴィセルフの「舌噛むぞ」の一言で封じられてしまって。

 これからの火消しに頭を悩ませながらも、私は結局ヴィセルフの背に身を預けていた。

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