第162話少女は氷に眠る

 少女を追うニークルが指示してくれたのか、数歩前を飛んでくれている精霊の光源を頼りに進んで行く。

 森の奥の、木々が密集しうっそうとしたそこで、少女が制止したのが見えた。


 ニークルに遅れて、私を抱えたヴィセルフが歩を止める。

 ダンはクレアを抱えてきてくれていた。


「……行き止まりか?」


 呟いたヴィセルフに、ダンが「みたいだな」と視線を上げる。

 少女が見つめる先は、木や草に覆われた岩肌が上へと伸びていて、とても進めそうにない。


「――おかしいです」


 息を荒げながら追い付いたエラの側には、ランタンを手にしたレイナスが。

 エラはぐっと上体を起こし、


「わたくしの記憶が正しければ、学園に保管されている地図にこのような場所は描かれていませんでした。ここは他と変わらない平地のはずで――」


「リア。やっと、戻れた」


「!」


 少女が草に覆われた岩肌に手をかざす。途端、淡い光を帯びて、周囲の草や岩肌が消えた。

 変わりに現れたのは、ぽっかりと開いた空洞。


(――洞窟!?)


「遮断魔法か」


 チッ、と舌打ち交じりにヴィセルフが呻く。

 少女がすっと中へ踏み入れたのを追うようにして、ヴィセルフも急ぎ中へと踏み入れた。


 刹那、言葉を失った。

 女の子が、いた。淡い桜色の髪をした、私と同じ制服。


 背を岩肌に預けるようにして座り、目を閉じる姿は眠っているよう。

 けれどもそうではないと分かるのは、その全身が透明な氷で覆われているから。


「リア。見つけたの。"夏に咲くスノードロップ"」


 氷に覆われた少女の頬を撫で、金の髪の少女がスノードロップをその手に寄せる。


「約束、守ってね。……これで、ずっと一緒」


 金の髪の少女が、愛おし気に伸ばした腕で眠る少女を抱きしめた。

 次の瞬間、眩い光が溢れたかと思うと、解けるようにして光の粒が飛び交い、姿が消えた。


 残されたのは、暗闇で眠る氷漬けの少女と、転げ落ちたスノードロップ。

 それから唖然と立ちすくむ、私達。


「ど……いうこと?」


「あるべき所に還った。やっとな。……こっちはとっくに、離れていたようだが」


 少女を見下ろし告げるニークルに、ますます混乱する。

 と、ニークルはそんな私へと視線を向け、


「知る覚悟があるのなら、見せてやる」


「見せるって……」


「ここで起きた、過去の"記憶"だ」


「!」


(それってつまり、この二人がどうしてこうなったのかを見せられるってこと?)


「……やめておけ、ティナ」


「ヴィセルフ様?」


 見上げた私に、ヴィセルフは苦々しく眉根を寄せ、


「ティナが知る必要はねえ。どうしてもってなら、俺が見て後で説明してやる」


「いえ、そんなご迷惑は……」


「迷惑なんかじゃねえ。……俺が、ティナには見てほしくねえんだ。こいつらのせいで死にかけたっていうのに、事情を知ればティナは同情してやるだろ。なんでこれ以上、ティナが心を痛めなきゃならねえ。よりによってティナを巻き込みやがって、本当は今すぐにでも焼き払ってやりてえくらいだってのに。……ティナは、許しちまうだろ」


「っ、それは……」


 彼女たちが何らかの"事情あり"なのは、この異常ともいえる光景から簡単に推察できる。

 その"事情"を知ってしまったら。

 たしかに私は、仕方のない行動だったと共感してしまう気がする。


(でも……)


 私はちらりと、ダンに抱えられたクレアを見遣る。

 私よりも症状が深刻だったのだろう。呼吸は穏やかながら、未だその瞳は閉じられたまま。


(皆の助けがもう少し遅かったら、クレアは、もしかしたら――)


「……気を配っていただき、ありがとうございます、ヴィセルフ様。ですが私も、大切なモノを失いかけました。いったいなぜ、こうも傷つけられなくてはならなかったのか。彼女たちの事情を知っておきたいのです。そして……それがどんなに悲劇的な内容だったとしても、彼女たちを"許す"ことは出来ません」


「ティナ……」


「私だって、そこまで"人が良い"わけではありませんから」


 ですので、お願いします、ヴィセルフ様。

 そう彼を見上げると、ヴィセルフは盛大なため息を吐き出した。


「ティナ自身が危険にさらされたことも、許すんじゃねえぞ」


 念を押すような口調に、私はちょっと面食らってから、「はい」と頷いた。

 私がクレアを傷つけられたことを許せないように、ヴィセルフは、私を害されたことが許せないということなんだろう。


 "大切な友人"としてくれているから。


 私は顔だけで後方を振り返り、他の皆を見渡す。

 心配そうだったり、呆れたようだったり、ちょっと怒っているようだったり。

 三人とも、それぞれ何か言いたげな顔をしていたけれど、頷いてくれた。

 私は感謝に頷き返し、ニークルへと視線を戻す。


「ニークル、お願い」


 ニークルもまた、含みのある目で私を見たけれど、何も言わないまましゃがみ込んだ。

 地面に片手をつき、口を開く。


「この地に眠りし銘々の同胞たちよ。我が声を聴き、我が願いに応えよ」


「! 洞窟が……っ」


 ニークルの指先から淡い光がほとばしり、洞窟内が次々と光を帯びていく。

 それはまるで、ニークルの言葉に呼応しているような。


「精霊王、ニークルの名をもって命じる。還りし御霊の残痕をここに現せ」

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